Yayga!

イェイガ!(Yay!+映画)- 叫びたくなるような映画への思いを書き殴ります

『ザ・ハント ナチスに狙われた男』

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監督:ハラルド・ズワルト キャスト:トーマス・グルスタッド 、ジョナサン・リース=マイヤーズ/2017年
 
皆様は漫画や本を、巻ごとに本棚に並べる?私は気にならないんです。そりゃ引っ越した時に作者や本の大きさで、ざっとはまとめました。けど、漫画を一巻から順に並べていく、そんな必要性を感じなくて。
 
先日、マークスの山のドラマを観た後、夫が高村薫の原作を読もうと本棚を探していて(高村薫は私の大好きな作家なので私のテリトリーにある)「上巻はあるけど下巻がない・・・」と言う。結果、斜め右下の棚にあったのですが、上下巻が並んでいないのが理解できないというのです。ヘンな人ですよねえ?それに、上巻を読んでから考えればよくない、下巻のことは。
 
またあるとき、「ねえ、『動物のお医者さん』って2巻で終わり?んなことないよね?」というの。よく探しなさいよ、そのずーっと右側に3巻あるじゃないの。それもモヤモヤするというのです。変わった人でしょ?
 
私はなんとなーく目の端で、どの本がどこにあるか把握しとるんですよ。
ところが困ったことが起きた。私は中学生くらいの頃からエロイカより愛をこめてという漫画をこよなく愛し大事にしています。美術品専門の怪盗「エロイカ」とNATOのドイツ人の少佐「鉄のクラウス」が、国際的な事件に巻き込まれてはひっちゃかめっちゃかする半分スパイ半分ギャグの漫画なのですが、昔から、とにかく少佐が理想の男性だったの(だから彼氏が全くできなかったのかな)。
 
その『エロイカより愛をこめて』の21巻がない・・・どこにもない。ないよ~。どこにいったか知りませんか~。
 
本日は、少佐繋がりで、ナチス親衛隊少佐に追われるノルウェーレジスタンスの逃亡劇を描いた映画です。同じドイツの少佐でもこちらはSS、『エロイカ』の少佐はお父さんが国防軍だったので、こりゃドエライ違いですね。一緒にしたら、鉄のクラウスに怒られます。でも『エロイカ』の中でも主張される「国防軍ナチスとは違う!」は都市伝説だと思います。そうとでも考えなきゃ、敗戦後のドイツ国民は立ち直れなかったのでしょう。
 
 
◇あらすじ
第二次世界大戦中、ドイツ占領下のノルウェー。ロンドンに逃れた亡命政府は抵抗を続けていた。イギリスで訓練を受けたヤン・ボールスルド中尉を始めとする12人の工作員は、ドイツ軍の航空管制塔破壊の任務のため、ナチス支配下の祖国に潜入する。しかし作戦は実行前に失敗。ただ1人逃れたヤンは雪の中、ナチスの追跡を避けながら中立国スウェーデンを目指す。
 
戦争と雪の組み合わせと聞けば、観ない手はない。と言っても、そんなに沢山の選択肢があるわけではないので、最高峰はやはりスターリングラード』(1993年)ということになってしまうのだけど。過酷を極めたと言われる東部戦線で、ソ連に侵攻したドイツ軍がスターリングラードの極寒の冬に阻まれ悲惨に敗戦していく様子を描いたもの。キャッチコピーを知っていますか?「この世で最も美しい、涙さえ凍るマイナス50度の氷の戦場」。
いつかレビューを書きたいと思いつつ、あまり書ける気がしない。
 
さて本日の映画は『スターリングラード』とは逆に、ドイツが追う側となっております。
ナチスに祖国を侵略されたレジスタンスが、イギリスの自国亡命政府の指令で、破壊工作に挑む。以前どこかで読みましたね。そう、『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』(2016年)
 

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きゃー、キリアン!
 
キリアンはカッコいいけど、ああもうひどいわ、題名が。今回の作品の邦題もなかったことにしたい。なんなの『ザ・ハント』って。『ナチスに狙われた男』って。なんでも「ザ」とか副題をつければいいってもんではないよ。パッケージだけ見るとすごいB級臭だけど、最近のナチス関連映画量産の中では、なかなかに気合が入った良作だと思うんだ。原題は『Den 12. mand』つまり『12人目の男』です。
 
 
◇リレーバトンとしてのヤン
この当時、ドイツの勢いと威光の前に、ヨーロッパの小国は為す術がなかったのが実情。ノルウェーはその中でも粘って抵抗を続けた国だった。デンマークなどは速攻降伏したために、戦禍は比較的小さく済んだと言う(諸説あり)。
『ハイドリヒを撃て!』のレジスタンスが暗殺作戦実行までは漕ぎつけたのに比べ、本作はいきなり男たちがナチスに捕らえられる場面から始まる。場所は寒々しいトフテ・フィヨルド。一人はその場で銃殺、十人は拘束され、岩陰に隠れたヤンだけが雪の上を走って逃亡するのだが、なぜか片方の足が裸足だ。そして逃げ出した際に受けた銃撃で裸の親指が吹き飛び、この傷がヤンを終始苦しめることとなる。

なお、なぜ片方の足が裸足だったかは途中で判明する。
 

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長い逃亡生活のスタート地点である。
 
非常に地味な映画だ。だって、作戦が実行前に頓挫してるからね。無駄足踏んで、何なら無駄に足の指をなくし、観客はヤンが指の壊疽と、極寒と飢えに耐える長い潜伏の画を見せられることになる。
 
しかし、ヤンの悪運の強さと生への執念には鬼気迫るものがある。狭い小屋や雪山で何日も悪夢にうなされ、壊死した指を切り落とし、吹雪に阻まれ、洞窟で長い時間チャンスを待つ。観る方にとっても我慢の展開。しかし、退屈、長いなどとは言っていけない。ヤンの狂気をここで感じておいて頂きたい(私は、一体どんな立場からこんな言い方を?)。
 
注目すべきはヤンを匿う人々の連携だ。虫の息で逃げ込む先で、老若男女問わず皆が彼を助ける。それぞれが持つコネクションと土地勘を駆使し、役割を終えた者は次の協力者へとバトンを繋ぐ。途中から、ヤンは傷と憔悴のために自分では動けなくなるので、協力者たちは彼をソリに乗せて急斜面を行き、肩に担いで海の中を歩き、ヤンというバトンを文字通り運んでいくのである。
 
本作での本当の「レジスタンス」はノルウェーの国民に他ならない。ヤンはノルウェー国民の意地、その象徴だ。ナチスに一矢報いる手段も武器も失ったヤンを助ける意味はないのだが、十二人の勇者の生き残りをスウェーデンに逃すこと、ノルウェーの人々にとっては、それがナチスとの戦いなのだ。
 
厳しい捜索網と悪天候を如何に掻い潜るか。機会を待つ間に、衰弱していくヤンの生命はいつまで保つのか。じりじりする展開、また引継ぎがうまくいかず、数日間雪山に放置されるアクシデントなどが、十分にサンスペンスフルで面白い。
 
 
◇ジョナサン・リース=マイヤーズ
ヤンを追うナチス親衛隊少佐クルト・シュターゲを演じたのはジョナサン・リース=マイヤーズ。なんか、久々に聞いた!?私だけ!?
 
アル中、治ったの!?
 
トフテ・フィヨルドで、ヤンを取り逃がしたのは同じくSS将校のヴェンダースだった。彼は部下の言をそのまま入れて「この寒さで海を泳いで渡れるはずがない」と、全員死亡を国家保安本部に報告するよう主張する。
 
ヴェンダースはふくよかで色白な顔がいかにも良家のボンボン風、対してジョナサン演じるシュターゲは剃刀のような風貌の男だ。これまで反乱分子を全て捕らえてきたことを誇りとし、野心が彼の原動力である。また、もし失態を犯せば、いつこの地位から転落するかもしれない危機感を持ち、「全員死亡ってことでいいんじゃない?」「拷問しても話さないのは話すことがないからじゃないの?」など呑気なヴェンダースとの対比が、よりギラついた野心家の顔を際立たせる。
 
また、拷問の末に十人が処刑される横で、二人がそちらをほとんど見向きもせず、本部への報告をどう上げるかを議論するシーンでは、彼らの傲慢さ冷酷さが表現されている。
 
それにしてもジョナサンは怜悧な頬と猛禽類のような目が滅法カッコよく、これぞSS将校の理想像を体現してくれた。ドイツ語を喋っているところも素晴らしい。トム様は『ワルキューレ』(2008年)でのシュタウフェンベルク大佐を、英語で押し通されたからね!
 
ナチスは極悪だが、軍服を着た将校はカッコいい。これは純然たる事実で、なんら矛盾するところはない。そりゃそうだろう、見てくれで選別された男があんなデザインのいい服着てるんだから。現実と映画は別。
 

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◇愛が一方的
しかし、このシュターゲ少佐、雰囲気猛禽類と呼ぶべきか、ヤンを逃して悔しがり、よくヴェンダースに野心を語りはするものの、切れ者たるエピソードがあまりない(民家の捜索ではヤンをほぼ手中にしながら直前で引き返すなど運も悪い)。ヤンの生存を証明するために、自ら氷点下の海に入り、途中で「チクショー、もうだめ」と上がるなど少々間抜けなのね。がんばれよ、そこは
 
従って、粘着っぽい雰囲気を醸し出しながら粘着度が足りないというか。それに、彼がヤンを意識するほど、実はヤンは彼に拘っていない。ヤンの主たる敵は己自身と指の傷。シュターゲのことは新聞で見ただけで、割と眼中にないのである。愛が一方通行。
 
唯一の二人の接触が、漁師から「捜索は沿岸に集中している」とアドバイスされたヤンが、敢えてナチスだらけのリュンスアイデドを突っ切るところ。シュターゲの勘が働き、すれ違った男が自分の追う相手であると気づく。そして雪山を逃げるヤンは、戦闘機で追撃されるのだが、絵的にはシュターゲ自ら戦闘機のパイロットを務めるくらいの執着があって然るべきではないか。いや、現実的に考えれば、少佐自らそんなことをするはずがないのだが。
 
でも、『エロイカ』では、人質として捕まった少佐がシベリアのウスペンスキー基地でソ連のミグ25をブン取って、ソ連のヘリ部隊に機関砲撃ちまくるのがめっちゃ面白かったのー。その報告の電話を受けた少佐の上司が「彼がなにかやらかしましたか?ほう、シベリアからミグ25を。。ふむふむ。なにせ任務に燃えた男ですからなあ」と電話を切ったあと、「わしが部長止まりなのはあいつのせいなのだ…」って頭抱えるのが最高に好き!だから、シュターゲも戦闘機くらい操縦せいや。21巻どこいったのかなー。
 
そんなわけで、粘着度にやや不満はあれど、ジョナサン・リース=マイヤーズは良い仕事をしました。
 
 
◇国境越えは必見
ヤンがスウェーデンへ一歩でも足を踏み入れれば、リレーバトンを繋いだ国民の勝利、シュターゲには屈辱的な敗北となる。さて、人々はヤンをスウェーデンに逃がすことができるのか?できないのか!?
 

結論から言うと(いうのかい)。
 
 
ヤンはラストでスウェーデン入国に成功する(冒頭、そのシーンから始まるのでこれはネタバレではない)。
そこまでの長く狂気に満ちた時間の描写は辛いが、国境を越える思いがけない方法と解放感を、未見の人にぜひ味わってほしい。これはネタバレしちゃいけない、楽しいから。
ノルウェー脱出の瞬間は、ヤンの眦が裂けそうな恐ろしい顔に胸が高鳴る。
 
 

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シュターゲは、ヤンの最大の協力者グドゥルンとマリウスを責め立てている最中に国境越えの事実を知って憤怒の表情を浮かべ、それに見た二人は殴られた傷だらけの顔で微笑む、このシーンが間違いなく本作の真骨頂。この逃亡劇で、勝利者は彼らである。
 
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