Yayga!

イェイガ!(Yay!+映画)- 叫びたくなるような映画への思いを書き殴ります

『オフィシャル・シークレット』

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監督:ギャビン・フッド キャスト:キーラ・ナイトレイレイフ・ファインズ/2019年

こんにちは、金曜日ですね。
以前、私の親友リエコが唱える「主婦の味方はスタローンではなくシュワちゃんである」説を紹介しました。しかし、先日会ったとき、「私もスタローンについて考え直した」というの。何でもNHKの番組で、登山中に遭難した男性のドキュメンタリーだか実体験を基にしたドラマだかを観たんだって。その人は滑落して足から骨が飛び出る大怪我を負ってしまい、ランボーでスタローンが傷口を松明の火で焼いて消毒するシーンを思い出し、同じように処置したのだそうだ。

リエコNHKさんが『ランボー』を認めた瞬間だった。『ランボー』もそんな風に現代の人の役に立っているんだね、病床のトンコツラーメンとか頼んでもないピザとか言ってごめんね」

なんか、むかつくわ。理由は分からないんだけど、ムカつく。

リエコ「でもね、その人、傷口に蛆が湧いちゃったんだって!医者が言うには『温められてハエの温床になるので傷口を焼くのは間違い』だって。『ランボー』が間違っていると証明された瞬間ww」

うっせぇうっせぇうっせぇわ!あなたが思うよりあの山は寒いです!

怒りを鎮めるために『オフィシャル・シークレット』を観ました。


◇あらすじ

2003年、イギリスの諜報機関GCHQで働くキャサリン・ガンキーラ・ナイトレイは、アメリカの諜報機関NSAから驚きのメールを受け取る。イラクを攻撃するための違法な工作活動を要請するその内容に強い憤りを感じた彼女は、マスコミへのリークを決意。2週間後、オブザーバー紙の記者マーティン・ブライト(マット・スミス)により、メールの内容が記事化される。(映画.com)

映画に限らず法廷ものと新聞社ものが好きです。『オフィシャル・シークレット』は、同じ状況をアメリカの新聞記者を通して描いた『記者たち 衝撃と畏怖の真実』(2017)と併せて観ました。
当時の情勢をチャッと振り返っておこう。誰のために。将来このブログを読む娘のために(こんなもの読ませるんかい)。
9.11の同時多発テロをきっかけにテロとの戦いを宣言したアメリカは、2002年1月ブッシュ大統領イラク、イラン、北朝鮮の三国を「悪の枢軸」であると批判。政権内でネオコン新保守主義)の中心人物ウォルフォウイッツ(当時国防副長官)らがイラクへの武力行使を画策していた。アメリカは大量破壊兵器の存在を口実にイラクに査察団を受け入れさせたが、見つかったのは湾岸戦争時の遺物のみで、噂されたような移動式最新兵器等の存在は証明できなかった。そのため、アメリカ・イギリス以外の国連安保理常任理事国は攻撃反対の意を示していたが、ブッシュはイラクでの人権抑圧やフセインアル・カイダとの関係を理由として国連決議なしでイラクに侵攻、2003年3月に空爆を開始した。

『記者たち』は、「ナイト・リッダー」社の記者たちがこの戦争に道義はないと発信し続け、しかし奮闘空しく戦争が始まってしまうところまでを描いた映画だ。「ん?新聞記者?」と目を疑うほどゴツいウディ・ハレルソンジェームズ・マースデンが汗を拭き拭きネタを掴んでは裏を取り、デスク(監督のロブ・ライナーだ)にケツを叩かれながら大きな体を縮めて執筆する、たまに他社に抜かれて悔しがる・・というゴツめの本筋に、爆撃で半身不随となった若い兵士のストーリーを交え、この戦争が如何に間違った判断であったか、湾岸戦争と合わせてどれほど多くの兵士を無為に死なせたかを糾弾する内容になっている。

ブッシュの一般教書演説、パウエルの国連代表団に向けた演説などの実際の映像も多く差し込まれ、さらにジェームズ・マースデンの恋の話にまで広がるので若干目まぐるしいのだが、手際のよい編集のおかげで当時の状況や雰囲気が分かりやすく伝わる。そのせいなのかそのせいでないのか、ストーリーの面では上がり切らなかったなぁという印象。ロブ・ライナー「我々は他人の子を戦争にやる者の味方ではない、自分の子を戦争にやる者の味方だ」と社内に奮起を促すシーンや、ウディ・ハレルソンが難攻不落の情報提供者から重要な情報を得るシーンで「こっから反撃じゃあ」と胸が躍るものの、最後はイラクでの爆撃を見守るナイト・リッダーの面々の無念の表情を映して終わってしまうもんで、私の胸の小躍りも尻切れトンボとなったんである。

 

◇ようやく本題

リズムのよい編集により多くの情報を扱った『記者たち』と比べると、『オフィシャル・シークレット』で見るべきものはシンプルだ。信念に従って戦争を止めようとした女性と彼女を守ろうとする記者や弁護士たちの奮闘の物語である。ちなみに実話をベースにしている。
キーラ・ナイトレイ演じるキャサリン・ガンはGCHQ(イギリスの諜報機関)での勤務の最中、NSA(米国家安全保障局)からの機密メールを受信する。それは国連代表国の特定の数カ国を監視せよとの内容で、イラク攻撃に反対をする動きがあれば圧力をかけて賛成に転じさせることを暗に求めるものだった。彼女はかつての同僚を経由してこれを新聞社へリーク、世に不正を訴えようとする。

とにかくドキドキするのが、キーラが機密メールを印刷して外に持ち出し、震える手でポストに投函するまで。彼女は諜報員として契約書にサインしているので、この行為は「公務秘密法」違反、れっきとした犯罪行為である。キーラはもちろん情報の出所を隠したつもりだったのだが、反戦活動家の記者からオブザーバー紙の記者マット・スミスの手に渡ったメールは、文面そのままに掲載されたため漏洩元が特定されてしまい、GCHQでは厳しい内務調査が始まる。この犯人捜しのシーケンスがまたドキドキで。そして緊張の糸は、キーラが自らリーク犯であると名乗り出ることで解かれることになる。実話は時に創作よりドラマティックとでも言うべきか、メールがまんま紙面に載ってしまうところとか、いくつかの単語の綴りをオブザーバー紙の校正担当がいつもの癖でイギリス英語に直したために、特ダネが一瞬で偽物になってしまうなんてエピソードも面白かったなー。

キーラが起訴された後は、彼女を助けようとする人々が法廷でどう主張するか戦略を練る展開となっていくのだが、ここから登場する弁護士のベン・エマーソンレイフ・ファインズが頼もしい!他の弁護士たちは、判事に情状酌量を訴えるのが現実的であると提案する。自ら罪を認めれば、同情を禁じ得ない状況を鑑みて恐らく半年ほどの服役で済むだろう。しかし、それでは前科がついてしまう。そしてキーラは何より、国が国民を裏切ったのに法律に対抗できないからといって罪を認めることに納得できない。

刑事に「あなたは政府に仕える諜報員だろう」と非難されたキーラが、「私が仕えてるのは政府ではない、国民だ」と切り返すのが胸アツだった。この映画で重要なのは、被告となる人物が、勤務先こそ特殊な組織であれ一般の女性ということだったと思う。イーサン・ハントやジェームズ・ボンドのように揺らがぬ精神力を持つスパイでなく、普通の女性がブルブルと手を震わせて怯えながら意志を貫こうとするさまに、こちらも自然手に汗握る。同じテーマながら、『記者たち』では自国の兵士たちを守れと訴えるのに対し、こちらではイラクの一般市民の犠牲を憂慮していたのも良かったな。

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現在でも法廷でこんなカッコするんですな。

キーラや弁護士たちが「いかに軽い罪で決着させられるか」を話し合う中で、レイフ・ファインズがある提案をする。これが一同の発想からかけ離れたものなのだが、せっかくなのでネタバレせずにおこうと思います。

まぁ、キーラ然りレイフ・ファインズ然り、清廉に過ぎると言うか、皆が皆自分の生活を犠牲にして信念を貫けるものだろうか?とやや綺麗すぎる嫌いはあった。例えばラスト、レイフ・ファインズが検察側の友人をあくまで突っぱねるシーンとかね。あちらさんも立場が違うだけでアンタと同じく仕事だったわけだし、和解に来ているじゃないかよー。

映画の話でなくなってしまうが、妙に職業倫理について考えてしまう作品でありました。『記者たち』に物足りなさを感じたのは、恐らく私が新聞記者という職業に多分に敬意を抱いているためだと思う。彼らが各所各場面で経験する忍耐や踏ん張りは、一般企業人のものとは種類もレベルも大きく異なる。(諜報機関と並べるのはナンだが)GCHQの人々がそうだったように、国民に影響を与える情報を扱う組織には何というか、個々に一般企業ではまず見られない責任や自浄の意識があり、その点をいつも偉いなぁと思っているんだ(日本のどこ新聞は国賊だとかマスゴミがどうだとかは聞き飽きている。もっと根幹の、個人の信念の話だ)。だから、記者の奮闘を描いた作品では、どうか報われてくれと願ってしまうんだ。

キーラ・ナイトレイは口元が特徴的で、実は笑った時の顔が苦手なのだが、逆に表情があまり動かない役であったことが奏功したと思います。今日は、半分は『記者たち』と、映画に関係ない話だったので次回がんばります。

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