Yayga!

イェイガ!(Yay!+映画)- 叫びたくなるような映画への思いを書き殴ります

『ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命』

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監督:ニキ・カーロ キャスト:ジェシカ・チャステインダニエル・ブリュール、ヨハン・ヘルデンベルグ/2017年
 
皆さん、こんにゃちは。
 
こないだ、超素敵な高校生男子を見たんですよ。朝、駅に向かうために家の近くの道を自転車で渡ろうとしていた時のこと。車が多い道で、歩行者の方の信号は押しボタン式になっているんですが、このボタンがある場所が狭い上に電柱が立っていて、自転車で入るには億劫な場所で。
 
私が家を出るのは朝早いので、車が通っていなければさっと渡ってしまうのですが、その日は途切れる様子がなく、こりゃボタンを押しに行かなければならないか、と思っていたとき。反対側から歩いてきた男子高生がチラリと私を見て状況を悟ったらしく、自分は横断歩道を渡らないのに通り抜けざま押しボタンを押し、軽く会釈をして通り過ぎて行ったのです。
 
↓これ図解ね。
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自転車が描けません。
 
素敵過ぎじゃない!?さりげないのが、またいい。
そんな行動を取る高校生がいると思わなかった私は、びっくりして見送ってしまった。恥ずべき四十代です。私も年と共に図々しくなり、例えば小学校で娘の友達に会えば「●●ちゃーん」とダッシュして驚かせたり、娘の友達が遊びに来て「トイレを貸して下さい」と礼儀正しく言えば、「いいとも言えるし、ダメだとも言える」と返して相手が凍り付くのを楽しむなど(娘が「もーお、お母さん!」と飛んでくるのがまたカワイイ)、修行を積んできたのですが、その時は咄嗟に「ありがとう」も言えなかった。
あの少年に幸があって欲しい。
 
全然関係ありませんが、本日はユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命』というモタッとした題名の映画をご紹介します。
 
 
 
あらすじ
1939年の秋、ドイツのポーランド侵攻により第2次世界大戦が勃発した。ワルシャワでヨーロッパ最大規模を誇る動物園を営んでいたヤンとアントニーナ夫妻は、ユダヤ人を強制居住区域から救出し、動物園に匿う。夫婦によるこの活動がドイツ兵に見つかった場合、自分たちやわが子の命も狙われるという危険な状況にありながら、夫婦はひるむことなく困難に立ち向かっていく。(映画.com)
 
 
またしてもナチスの悪行とユダヤ人を救った人々の「実話」の映画化となる。皮肉な言い方になってしまうのは、単純にどれだけ作りゃ気が済むんだい、というくらいナチス関連の映画が量産されているからだ。もはやこの問題は、様々な形でいじくり回されるコンテンツになってしまった。その上、「事実に基づいた物語」」と聞けば、どうしても「まーた、実話を掘り出してきて有難がるのか」と醒めた気持ちが先に立つ。
かつては友達に「前世でナチスに何かされたのか?」と言われるほど、さんざっぱら、この種の映画を観てきた私も、最近は余程興味を惹かれなければ手に取らなくなった。
 
大体、近年のヒトラーを捏ね繰り回した映画が好きじゃない。ヒトラーを親しみやすくコミカルに、ましてやカッコよさげに描いたり、こういうのって、他人が迂闊に踏み込むべきでない境界線をズカズカ越えるような無遠慮な印象を受けてしまうんだよね。
 
そういうわけで、私は帰ってきたヒトラー(2015)も好きじゃないし、ジョジョ・ラビット』(2019)にも懐疑的な視線を向けているわけ(未見だけど!)。例えば『コリーニ事件』(2019)のように、ドイツが己の過去の所業に真摯に向き合おうとする映画の存在を知れば尚更だ(いや、コリーニも公開前だけど!)。
 
いきなり脱線したが、新たに作られるナチス関係の映画を観るときは、「今、何故、これを?」のフィルタがかかる。この映画に対しても「動物が可愛そう」とか「なんて崇高な行動。これが実話とは・・・」なーんてカラッポな反応はしませんことよォォオッ。
 
 
 
◇美しい映画ですね
全編を通して、「美しい」映画と言えるでしょう。それを体現するのはもちろん、戦時中であろうとも見目麗しいジェシカ・チャステイン。大好きな女優である。けぶるような眉と、眉と目の間がすっごい狭いのが好き。作品は、なんといってもゼロ・ダーク・サーティ(2012)とクリムゾン・ピーク(2015)が良い。『ゼロ・ダーク・サーティ』は、まだブログを始めるずっと前、昔のインスタかなんかに「今年観た中で最高」と書いていたわ。
本作では、空襲やドイツの施策によって愛する動物たちを失う中、迫害されるユダヤ人を一人でも国外に逃そうとした実在の夫婦の妻を演じる。
 
この映画でのチャステインは、上の出演作に加えて女神の見えざる手(2016)やモリーズ・ゲーム(2017)などからイメージする強い女ではなく、使命を抱きながらも決して強靭とは言えない女性。物語は、ファッショナブルな格好で自転車に跨り、動物園の様子を見て回る生き生きとしたチャステインの姿で始まる。現場主義型のオーナーである彼女は、飼育員たちからの信頼も厚く、動物に「あなたは美しいわ」と自らリンゴを与えるような愛情深い人物であることが描き出されていく。
 
だが、それに注力するあまり、「動物園」と「戦争」が添え物になってしまったと感じたのは私だけだろうか・・・
空になった動物園にユダヤ人を匿い、国外に逃がすサスペンスフルなストーリーである。となれば、処分される動物たちに、虐殺されるユダヤ人の姿を重ねるのが定石なのではないだろうか?
 
動物園を去るものと、代わりにやってくるものの対比とか、「選別」されることの共通点とかさ、なんかシャレた工夫ができたんじゃないの?
 
だが、カメラは心を痛めるチャステインの姿を映し、動物たちは主にそんな彼女を引き立てるものとして存在する。もっと言えば、動物を愛でるチャステインを、夫が、そしてナチスの学者であるダニエル・ブリュールが「動物をかわいがるお前が一番かわいいよ」と愛でる映画だよね、これ。
 
そうじゃないって?だったら作り方が悪い!
 
チャステインの、動物に対して慈悲深い人物像も実に曖昧。「美しい」と称賛する象の出産には命がけで臨み、可憐なヒョウの子供をブリュールに引き渡すときには、抱き上げて別れを惜しむ。だが、ワルシャワ空襲時に自宅から避難する際は、息子がペットとして飼っていた動物(スカンクだかモモンガだか、もしくは別の生物)を「置いていきなさい!」と迷うことなく置き去りにする。
 
 
うん?よく分からない。
 
 
カメラは、チャステインがヒョウの子に頬ずりしてキスするさまをじっくりと映し、さらにそんな彼女に感情ダダ洩れの熱い視線を送るブリュールを映す。
動物なんか、どうでもいいんじゃないかな、この監督。
 
 
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悲劇の中で、チャステインが常に「庇護」されるが故に美しさを保っているのも、どうにも居心地が悪い。使命を共にする夫がおり、古参飼育員イエジクの彼女への忠誠は厚い。途中、ユダヤ人を匿っていることが家政婦にバレてしまうのだが、その家政婦も全てを悟りながら「奥様には良くして頂きました」と黙して職場を去るのである。
 
何と言っても、ブリュールがチャステインにベタ惚れているため、事が露見したときには死が待っているというドキドキ感がない。色仕掛けすれば何とかなるんじゃないの?と思うくらい、ブリュールはチャステインに執着しているのだが、貞操を守らせることで主人公を汚さないこの映画は、最後まで彼女主導の色仕掛けを行わせない。
 
 
何だか妙だ。
 

動物の交配と、チャステインに対するブリュールの欲望や夫婦のセックスは露骨に重ねて見せるのに、露骨な色仕掛けは禁じ、恥じらい抵抗させることで主人公の高潔を保とうとする。うまく言えないが、そのあたりが、どうもすっきりしなかった・・・。
 
そもそも、チャステインとブリュールには共通の目的もあり、ナチスであることを除けばチャステインは決してブリュールを嫌っているわけではない。利用されていたことを知ったブリュールが激怒するシーンで、本来ならば同志である二人が戦争により立場を異にする、そんな悲しさを描くこともできるはずなのに、ただ痴話喧嘩めいて終わってしまう。しかも、ここでのチャステインは、下品な口紅ばかりが目立つ。そういうわけで、私にとっては少々残念な出来の作品だった。
 
 

◇サービスタイムです
とはいえ、あれでしょ、チャステインのおっぱいに興味深々の男子一同、父兄諸君は「別に動物とか戦争とかどうだっていいよ」と思っているんでしょ。
 
苦境に耐えるチャステインがけなげ!とか、とにかくおっぱいがデカいとか、アホな感想ばかり世には転がっているに決まっているよ。そんな父兄諸君のために、私は露骨すぎて辟易したが、チャステインを愛でるのに最適なシーンを紹介しよう。
どうせお前らも、動物を愛でるお前が一番カワイイよ系の男子なんだろ?
 
初っ端の、象の出産の場面。
夫妻は客を招いて小さなパーティを催している。そこへイエジクが急を知らせにくる。象が出産したが、赤ん坊の象が息をしていないというのだ。現場に駆け付けたチャステインは、興奮して攻撃的になっている親の象をものともせず、産まれたての象を
介抱する。何事かとパーティ会場から駆け付けた人々は、象が息を吹き返す奇跡の瞬間を目撃する・・・。

ってな感じなんだけど、「しっかり!」「息をして」という度に、たださえバックリと胸元と背中の空いたドレスがズリズリと落ち、もはや象が生きるかどうかより、「落ちる!」「見える!」ばかりに気を取られてしまう罪作りな場面。
 

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ここは気が散るでぇ。
赤ん坊の象は、気が付いたら生き返っていた。
 
また、バイソンの交尾をさせる際、ブリュールが縄を引きながら露骨にチャステインの背後から身体を押し付けてくる場面では、バイソンの発情とブリュールの欲望が露骨に重ねられる。さらに、のちに嫉妬に身を焼いた夫が彼女と交わるシーンでも、やはり動物たちの交尾を連想せずにはいられないのだ・・・(なんだそりゃ?)
 
 
ごめん、あまりサービスタイムにならなかったわ。
 
 
強かにナチスを出し抜く女性像を期待したのは私の勝手だが、虐殺される動物に、ユダヤ人の姿ではなく、あくまで主人公を重ねる自己主張の強い演出にシラけてしまったというところ。チャステインの服装と髪型は好きだったな。
 
それにしても、ダニエル・ブリュールは、一体どれだけナチの間男を演じれば気が済むのかしら?