Yayga!

イェイガ!(Yay!+映画)- 叫びたくなるような映画への思いを書き殴ります

『BLUE ブルー』

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監督:吉田恵輔 キャスト:松山ケンイチ木村文乃柄本時生東出昌大/2021年

皆さん、こにゃにゃちは。
現在、2021年中で最も精神的&肉体的に疲弊した状態につき更新が滞ってしまいました。幸い我が家族には問題なく、まぁ周囲のことね。こんな年にもなりゃ色々あらぁな。「次にブログ書くのは『今年観た映画ベスト10』とかになってしまうかも・・・」と思い始めていたのだが、急に「あ、ブログ書きたい」という衝動に襲われたのでした。

その理由がさ、めちゃめちゃ疲れている状態のときに、何人かの人の情熱に触れたためだと思う。例えば、70歳を疾うに超えた叔父が、描き続けてきた絵の個展を沢山の人の協力を得て開催したことだったり、その間の楽しそうな雰囲気や盛況に終わったと報告してくれたときの満足そうな様子だったり。
または、娘のサッカーのコーチが曲げずに言い続ける「技術よりゴールより、一生涯サッカーを好きでいてほしい」という熱い言葉と、その言葉と矛盾しない子供達への忍耐強く優しい指導の姿勢だったり。または、ついにブレイクしたCreepy Nutsの曲を改めていいなぁと思い、彼らがこれまでの紆余曲折と、変化した考え方、ものの観方を語るのを聞いて胸を打たれたり。

そんなことが丁度重なって、その人たちの情熱が伝播したというか力をもらい、何か吐き出したいという気持ちになった私が2021年11月の今を生きています(誰かのパクリだなコレ)。ではここで、Creepy Nuts『かつて天才だった俺たちへ』を聞いてください。

苦手だとか怖いとか 気付かなければ 
俺だってボールと友達になれた
頭が悪いとか 思わなけりゃ 
きっとフェルマーの定理すら解けた
すれ違ったマサヤに笑われなけりゃ 
ずっとコマ付きのチャリを漕いでた
力が弱いとか 鈍臭いとか 
知らなきゃ俺が地球を守ってた hey

破り捨てたあの落書きや
似合わないと言われた髪型
うろ覚えの下手くそな歌が
世界を変えたかも ey

かつて天才だった俺たちへ
神童だったあなたへ
似たような形に整えられて
見る影もない

いい歌詞!!

気を取り直して、本日は『BLUE/ブルー』です。前書き一ミリも関係ありません。誤字脱字勘弁だゼ。あ、これから観る人は予告観ないでくださいね。あの予告、だめでしょ、あれ。

 

◇あらすじ

誰よりもボクシングを愛する瓜田は、どれだけ努力しても負け続き。一方、ライバルで後輩の小川は抜群の才能とセンスで日本チャンピオン目前、瓜田の幼馴染の千佳とも結婚を控えていた。それでも瓜田はひたむきに努力し夢へ挑戦し続ける。(映画.comより)

『ヒメアノ~ル』(2016)、犬猿(2018)の吉田恵輔監督が自身のボクシング経験を活かして書いたオリジナル脚本だそうだ。『ヒメアノ~ル』は、濱田岳ムロツヨシコンビの、コンプレックスを拗らせすぎて過剰に自意識を育てちゃった感じとか妄想癖がキモかったなぁ。濱田が意中の女のコとセックスするんだけど、彼女が思いのほか積極的で経験豊富であったことに引くところに、もうキモ要素が凝縮されていたよね。さすが古谷実というべきなのか、吉田監督を褒めるべきなのか(映画自体はそんな好きじゃないが)。『犬猿』は観てません。『空白』(2021)はこないだ観て来たんだけど、よかったですねぇ。

本日もチャーッと適当に他作品を流したところで、もう、本作の松山ケンイチを見てほしいの。お芝居に詳しくないので感覚的な話しかできないのだけど、画面越しにも「空気感が作られる」ことを実感することができ、改めてケンイチ好きだなって思いました。

確か、ふかづめさんが『シネトゥ~ふかづめあばれんぼう列伝~』松山ケンイチの話してたから、久々にふかづめ召喚するか(※)。
ふむふむ・・・。あれ~、松山ケンイチの話をいつかどこかでしてたと思ったのに見つからない。あれは夢?幻聴?どっかで言ってた気がしたんだよね、「日本屈指のメソッド俳優」って。それとも、ちっとばかし記憶力には自信があると自惚れているうちに衰えているのかしら。こないだも、ふかづめさんに「(黒澤明の)『生きる』が好きだったよね?」と聞いたら「好きじゃありません」と冷たく言われたし。てか、ふかづめ召喚意味なかったやん。

つまりジェイクと同じってことよね。私はメソッド俳優が好きってことよ。友人のS氏などは、役柄によって太ったり髪抜いたりして役になり切るロバート・デ・ニーロを嫌っていて、確かに何の準備もせずにぶらりと現場に現れてさっと芝居して帰っていく役者はカッコいいと思うんだけど、でもジェイクのように徹底的に役作りをする人には、やっぱりすごいもん見せてもらったなと思うよ。

※「ふかづめ召喚」は名詞です。映画の話をぼんやり投げつけると、イイ感じに言語化したり説明したりしてくれます。あまりやると無視されるので、ここぞというときにしか使えません。


◇本題

アヴァンタイトルの雰囲気が好き。所属するジムの会長にバンテージを巻いてもらう試合直前の瓜田松山ケンイチの姿が映され、ジャージ姿でブラブラ現れた小川出昌大)が、廊下に駆け出した楢崎柄本時生に「なに、緊張してんの?」とからかい気味に声をかける。会長に「お前もウォーミングアップしとけよ」と怒られた東出は生返事をしつつ、松山ケンイチに「千佳が送ってきたんですけど」と携帯の写真を見せて笑い合う。そこから松山ケンイチが花道を歩いていき、スローでリングに上がる姿にタイトルが重なる、という始まりだ。

後輩の東出がチャンピオン候補であり、松山ケンイチはその前座を務めるレベルの選手であること、また前者の磊落かつ豪胆であるのに比べて、後者は控えめで柔らかな性格であることが示されるシーンでもある。冒頭に持ってきたのは、この試合が二人にとって重要な試合であり、映画の中で重要なターニングポイントの役割を果たすからだ。
時は少しだけ遡り、この日に至るまでの、ボクシングに熱中する男たちの姿が描かれていく・・・(それにしても、松山ケンイチの役作りは徹底していて、試合の前とそれ以外のシーンでは身体の作り方が違った)。

松山ケンイチが演じた瓜田は、ボクシングを愛し、練習の後は進んでリングを掃除するような勤勉で誠実な人物。しかし、戦績は2勝13敗と負けが込み、ジムの後輩たちから見下されている。自分のみならず仲間の対戦相手の分析まで行うが、実績を伴わない彼の言葉に耳を貸す者は少なく、それでも嫌な顔ひとつ見せずに「確かにオレは勝てないけどさ、基本は大事だよ」と諭す。

そういった松山を見ている間中、胸が苦しくて痛かった(それだけ松山ケンイチが素晴らしかった)。
例のターニングポイントの試合までは、少なくとも彼の「ボクシングを見る目」は的確なのだと仄めかされる。例えば、松山を「勝てないじゃないすか」とバカにする洞口(守谷周徒)を、初心者の柄本が松山の教え通り基礎を守った攻撃で倒すシーンで、観客は彼のボクシングに対する情熱は仲間への貢献で報われるのだろうなと期待するし、当然そのストーリーラインは重要な東出の日本タイトル獲得のエピソードに繋がってくることとなる。

松山は、東出の対戦相手のパンチを繰り出した後にガードが下がる癖を指摘し、その隙に顎ヘのアッパーでダメージを与えるよう助言する(彼が大事にする基礎ね)。東出は、自分ならばバックステップからの左フックカウンターにより一発で倒せるのでは?と提案する(こちらはどうやら難しい攻撃らしい)。

あまりにも残酷なのは、描かれてきた松山の努力と希望が、大事な試合の舞台でズタズタにされることだ。自分には徹底してボクシングセンスがないことを、彼は思い知る。説明しなくても、日本タイトルを見事勝ち取った小川が、どのような方法で相手を倒したのは察してもらえるだろう。
ここで、心優しい松山が一言だけ漏らした本音、醜くドス黒い言葉は、自身の連敗記録を更新したことが原因で放たれたわけではない。全てを捧げて尽くしてきたボクシングにおいて、どの側面からも報われないことに絶望したからなのだ。それをきっかけに、ボクシングも愛する女性も手に入れる東出への、抑えに抑えていた気持ちが噴出してしまう。そのときの松山の姿は、痛々しくて見ていられないほどだ。

互いに、自分にはない相手の強さを羨むという皮肉。東出は「あの人、ホントつえーわ」と松山の強靭な精神を羨む。松山は「お前、ホント強いよ」と東出のボクシングセンスを妬む。描かれているのはスポーツを介した友情や成功譚ではなく、どれだけ尽くしても手に入らないものを追い続ける男の物語だった。

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◇ドカドカドカドカ

こんな感じで終始、とにかく映画が始まったときから松山ケンイチが映る度、愛しさとせつなさと心強さの代わりに胸の痛みをいつも感じている作品なのだが、ただ、各所で差し込まれるユーモアがよかった。いや、松山と東出に比べて圧倒的に不純な動機でジムの門を叩く柄本時生の顔自体が、それもうユーモアなんだけどね。

時生が時々、歯を出して「ニパッ」と笑うのね。それがまぁ、いらっとする笑顔なわけ!
そもそも、こいつがボクシングを始めたのは「女に『ボクシングやってるふう』に見せたい」からで、松山ケンイチに胸が痛めているこちら側としては「帰れ、この野郎!!」と歯にパンチしたくなるのだ。
だが、この時生、松山のストイックな姿の後ろにちらちらと映り込みながら、なんだかんだと真面目に練習に通い続け、徐々にボクシングの魅力にとりつかれていく。初めてのスパーリングを経験しパンチの感触を噛み締める描写など、ガチの東出&松山とは異なる初々しさが微笑ましく。

ほうほう、まぁよかったじゃん。と思っていると、松山ケンイチに「うまくなりましたね」と声をかけられた時生、「いえいえ」とニパッ。

いら!所詮「やってるふう」を目指すお前が偉そうに「いえいえ」とか言っていいと思ってんのかァ。せめて「いえ」にしとけ、その「いえいえ」の重複が、調子こいてるふうでイカンのじゃ。しかも、この時生、うっかりプロテストに受かると、意中の女の前でわざとライセンス証を落とすなど実にいじこましい行動を取る!見せるなら正面から堂々見せんかい!ところが、この時生、認知症の祖母の面倒を見ながら暮らしていることが分かる。あ、そうなんだ・・・万引きしたばあちゃんを引き取りに行った帰りも、ばあちゃんを怒るわけでもなく・・・いいやつだな。

だがしかし、再び松山に「これならいつでも試合できますよ」と言われた時生、「いえいえ」「でも最近、試合してみてもいいかなって」とニパッ。

いら!ワッツ!?

「いいかな」って!?なんで、いつもちょっと偉そうなん!?だから、その「ニパッ」がいかんのじゃ。調子のんな、すっこめ!!

いや待って。時生の話がしたかったわけではない。松山と東出が、東出のアパートでタイトルマッチの対策を話し合うシーン。ここで大家がウルサイと怒鳴り込んでくるシーンは超面白かった。

大家「あんたたち、ドカドカドカドカうるさいのよ!」(何故かカーラー巻いてる。いつのコントだ)
東出「ドカドカドカドカしてないっすよ」「ねえ、瓜田さん、ドカドカドカドカしてないっすよね?」
松山「うん、ドカドカドカドカしてないです」
大家「ドカドカドカドカしてるでしょうが!うるさいって苦情来てんのよ!」

あまりに大家の顔がすごいのと、全員が繰り返すドカドカドカドカが面白くて、東出昌大は、ちょっと顔そむけてホントに笑っちゃってたもん。

そうそう、東出昌大がとにかくカッコよかったよ。上述の通り柄本時生は見事にカッコ悪い側のボクシングマンを演じ、あと、私は何気に洞口くんが好きだった。『空白』でも思ったんだけど、この監督、ワルめの若者を撮るのが上手ね。木村文乃もいい女優さんだなと思ったが、如何せんあのモサっとした髪型が受け入れがたく。。。ま、垢抜けすぎないのがよかったのかな?

世間では、とてもよいという評価もあれば、何も起こらず地味という評価も多いようで。その理由は多分、松山ケンイチ始め他の二人のパートでも、カタルシスが一切得られないためだろうと思う。ボクシング映画とゆーものは、まず才能や可能性があり、苦悩があり、成功があり、次に挫折があり、打たれても打たれても立ち上がり、最後は栄光を掴む・・・とゆーのが鉄板ではないだろうか。

しかし、この映画ではそれがない!

誰よりもボクシングを愛する松山にボクシングの女神は微笑まないどころか、東出のエピソードにおいても時生のエピソードにおいても、蓄積されたフラストレーションを払拭してくれるような、劇的な展開がないのだ。ひどい話だよ。
ただ、このモヤモヤとかやるせなさは、ラスト、職場の市場でシャドウをする松山ケンイチの姿を浮かび上がらせるショットで、「あ、やっぱりこの人強かったね」って救われるんだわ。あそこは良かったわ。
※余談ですが、「世間から身を隠したい人が流れつく職ってだいたい市場だよね」と夫に言ったら、「市場を何だと思ってるんだ」と怒られました。

 
◇後悔してる?

とても好きなのが、松山ケンイチが東出の新居への引っ越しを手伝い、木村文乃と二人になったときの場面。彼女にボクシングを始めたきっかけを問われて、答えるときの優しい顔がホントに好きィ~。「千佳が勧めたじゃーん」の言い方もすごく好きィィ。

ここで、東出と木村が出会うきっかけは松山が東出にボクシングを勧めたことだとわかる。それを受けての、木村の「後悔してる?」の台詞だ。彼女も恐らく松山が自分を想う気持ちに気付いているからこその切り込んだ言葉なのだな。松山は「してないよ、でも」と言い淀み、結局二人は話題を変えるのだが、言葉にされなかったのはもちろん、”千佳は自分のものだったかもしれないのに”という願望だ。だが、それが実現しなかっただろうことを松山は知っている。これよ、これ。あたち前回のブログで言ったでしょ!全部表に出さなくてもいいって!言わぬが花って。

ここの松山ケンイチが作り出す暖かな空気感、それに後押しされた木村の笑顔とかわいいタコ顔は必見だ~。

何度も言うが、私は瓜田というキャラクターと松山ケンイチの芝居にいつ涙が流れてもおかしくないくらい胸を痛めていたもので、彼が画面から姿を消した後は気が抜け、時生のプロデビュー戦や東出の日本タイトル防衛戦は、もうどーでもよくなっていた。振り返ってみたら107分しかない映画なのに長く感じちゃったよ。

今年観た恋愛映画三本中、堂々の第一位。
エミリア・クラークの下がり眉、アン・ハサウェイのハサウェイすぎるショートを、松山ケンイチが作り出す空気感」が上回りました。おめでとうございます。

 

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(C)2021「BLUE ブルー」製作委員会