Yayga!

イェイガ!(Yay!+映画)- 叫びたくなるような映画への思いを書き殴ります

『オーケストラ!』

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監督:ラデュ・ミヘイレアニュ、キャスト:アレクセイ・グシュコブ、メラニー・ロラン、ドミトリー・ナザロフ/2009年

 

友達に結構なシネフィルがいて、名字に「し」がつくからS氏と呼んでいます。S氏は人の好みを一切考慮せず、自分が好きな映画だけをひたすら勧めてくる面倒くさい奴です。

スピルバーグイーストウッドの信奉者で、自称「スピルバーグの唯一の理解者」なのですが、先日なんかあったらしくて(←説明されたけど忘れた)スピルバーグの親善大使を降りたんですね。しかしまたなんかあったらしく「なぜ大衆はスピルバーグを理解しないのか。俺は親善大使への復帰を決めた」とメールが来ました。好きにすればいい。

ある日、しつっこく勧められた黒沢清の映画を観た後に、ごく純粋な疑問を呈したならば、「まあトーシロにはわかんないよね。ゴダール観てないと」みたいなことを言われて私がブチ切れたので、そっからは恐る恐る勧めてきますよね、「あの、○○のレンタルが始まりましたよ・・・」と。それでも勧めてくるのよね。
そんなS氏にいつも付き合ってやっている私が、逆に彼に勧めて「うん、合わなかった」と一言で切り捨てられたのが、この『オーケストラ!』です。

なおS氏は夫の元同僚で、なんで私と友達になったのかわかりません。

 

◇あらすじ

かつて巨匠と呼ばれたボリショイ楽団の指揮者アンドレイ・フィリポフ。三十年前、体制に逆らったためにその座を追われ、現在は劇場で清掃員として働いていた。ある日パリのシャトレ座から届いた公演依頼のFAXを偶然手にしたフィリポフは、現在のボリショイに代わり、自分達がシャトレ座で演奏することを計画する。かつての仲間たちを集め、オーケストラの要となるソリストに、パリで活躍するヴァイオリニスト、アンヌ=マリー・ジャケを指名する。

多種多様な物語とキャラクターが詰まった映画であるし、私がこの作品を好き過ぎるのでこのまま書くとぐちゃぐちゃに脈絡がなくなってしまいそう。なので、敢えて整理をしてみようと思います。私がこの映画につけたテーマは多軸多様です。

 

◇複数の物語軸

フィリポフは三十年前、特別な思いで臨んだ演奏をブレジネフによって中断され、以来宙ぶらりんな思いで人生を送っている。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲に狂気じみた執着を抱く一方、ある理由で自責の念に苛まれており、彼の苦悩を中心にドラマ軸が展開する。パリでのチャイコフスキーの演奏は、フィリポフにとって三十年前の呪縛を解く絶好の機会だった。

悩むフィリポフを尻目に、周囲の人々が巻き起こす騒動が、映画にユーモラスな色を加える。元オーケストラの面々がパリに出発するまでのドタバタ劇、パリ到着後、出稼ぎに散って一向に戻ってこない団員達、このコメディパートがとても楽しい。
フィリポフに、シャトレ座との折衝を任されるガヴリーロフ。フィリポフと知己でありながら、上述の演奏を中断させた旧体制側の人物で、今も楽団員たちと犬猿の仲にある。だが、彼のマネジメント能力は今回の計画に欠かせないものだ。期待通りのゴリ押し交渉で我儘な要求を通していき、シャトレ座の支配人デュプレシを辟易させる。またガヴリーロフは共産党員であり、パリの共産党大会で演説をするという悲願がある。 

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ガヴリーロフinロシア VS デュプレシinパリ。ハゲ対ハゲ。交互に映される交渉場面はテンポがよく楽しい。

団員たちにはパリに行く金も楽器もパスポートもない。物資問題は、陽気なロマ人の元コンサートマスター、ヴァシリがハチャメチャに解決していく。空港でジプシー達が偽のパスポートに写真を貼り付け、バンバンスタンプを押していくシーンもまた楽しい。
金の問題は、絶望的にチェロが下手なお坊ちゃまを、ガヴリーロフがヘッドハントすることで乗り越える。代償としてやむを得ず坊ちゃんをオーケストラのメンバーとする訳だが、この点をラストで回収し笑わせるのも、細かいプラスポイント。

アンヌ=マリーにとっては長年求め続けてきた親探しの物語であるし、彼女の後見人兼親代わりのギレーヌにとっては、慈しんできた娘を本来の場所に返すか否かで悩む、葛藤の物語でもある。 

 

◇顔が良すぎる多種キャラクターたち

ガヴリーロフとデュプレシは、共に百戦錬磨の交渉人的顔つきが画面映えするし、フィリポフの友人サーシャのいかにも人好きする笑顔もよい。

前出のロマ人ヴァシリが、アンヌ=マリーの前で突然パガニーニを弾き出すところは、実は彼が類稀なる技巧を持つヴァイオリニストであることを観客に印象付け、ジプシー音楽からパガニーニに転じる瞬間に突如笑顔を引っ込めるという演技も含めて秀逸なシーン。

 

この麗しきお顔と姿。ショーシャーナーーー!!!

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この映画ではソリスト、アンヌ=マリー・ジャケでした。パリを代表する誇り高いヴァイオリニストを演じるが、終盤ではまた別の形で、彼女の美しい姿を見ることができる。以前私の知り合い(顔かわいめ性格きつめ)が、メラニー・ロランを話題にして「私、あの顔好みじゃないんですよね~」とドヤ顔で言いよった。

うっさい。お前ごときがショシャナを好みなどで語っていいと思うのか。

 

フィリポフの妻イリーナ。サクラの商売で逞しく家計を支えながら、夫への敬意と愛情を失わない、まさに全主婦が目指すべき理想の主婦。

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パリ出発前に、ガヴリーロフが「やはり無理だ」と漏らすシーン。これに対しイリーナは「あんたは夫の演奏を中断し彼の人生を台無しにした。パリで演奏させなければタマをぶった切るわよ」と怒りの涙を流しながら恫喝。ビビった夫と友人が、両脇から煙草の火を差し出す。 

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主婦、かくあるべし。

 

◇多様な民族

実はこの映画は、世界平和の訴えに満ちている。ロシア人とフランス人それぞれがお国柄を丸出しにしつつ擦った揉んだする話だし、音楽はクラシックを主流としながらヴァシリらが奏でるジプシーミュージックなどの民族音楽も織り交ぜられている。
フィリポフが協奏曲に執着する原因となっている重要人物はユダヤ人だ。また楽団員であるユダヤ人親子は、韓国製SIMカードつき中国製携帯電話をパリにて売り捌く。サーシャの別れた家族はイスラエルから父の晴れ姿を見ることとなり、デュプレシがガヴリーロフにゴリ押されてヤケクソで手配したレストランのオーナーが「俺の名前はアルカイダだ」と言うのには笑う。そして、今回ボリショイが呼ばれたきっかけは「LAフィルが公演を断ってきた」からで「LAフィルより安い」からと、ある意味LAフィルへのラブコールが送られている。(日本にも軽い目配せがあるよ)

 

◇これぞコミュニズム

ラスト二十分、シャトレ座での演奏シーンに言葉はいらない。ごちゃついた状況と団員たちをまとめ上げ、観客を惹きつけるさまを演奏で表した圧巻のシーン。

フィリポフのいう通り、「一つの世界、これぞコミュニズム」。

且つアンヌ=マリーが、フィリポフとの前日の会話の真相を、言葉でなくオーケストラの演奏から悟るシーンでもある。会場が聞き惚れる技巧を披露しながら、フィリポフや楽団員達に戸惑いの視線を投げかけるアンヌ=マリー。目線で応えるフィリポフ。彼女の演奏に、ぴったりと合わせるオーケストラ。

なぜなのかというアンヌ=マリーの疑問が、やがて理解に変わる流れを、目線と演奏だけで表現しているのが見事だ(なので贅沢を言えば、フィリポフの語りは最小限にして欲しかった)。
ラストショット、フィリポフとアンヌ=マリーの静止画が、余韻を残して美しい。

 

※なお、やなぎやは、これからしばらくドラマ「ナルコス」視聴に集中いたします。