Yayga!

イェイガ!(Yay!+映画)- 叫びたくなるような映画への思いを書き殴ります

『フロム・ヘル』

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監督:アルバート・ヒューズ、アレン・ヒューズ キャスト:ジョニー・デップヘザー・グラハム/2001年

先日娘の小学校の授業参観がありました。毎回その後に保護者会、さらに学童の集まりがありますが、私は参観が終わったら帰る派です(派といっても一人)。娘に「お母さんは何で保護者会出ないの?」と訊かれ、「どうせ無益な話しかしないっしょ?」と言ったら夫にはたかれました。

保護者会をサボるのには崇高なポリシーがありますが、しかしついでに、役員を決める学童の集まりもサボるのは良くありません。バチが当たりました。

学童の父母会長のなんとかヒラさんから電話があり、「不在の方々から役員のくじ引きをさせて頂き、あなたが当たりました、パンパカパーン!おめでとう!」と言われました。

「マジですか、女王蜂のチェキ撮影会には外れたのに?私が当てた役はなんでしょうか」
「『れんきょう』です」
『れんきょう』?蓮舫じゃなくて?
「はい、『れんきょう』です」
「それはどんな役でしょう?」
「実は私も『れんきょう』についてはよく分かっていません」

いや、困る。秘密組織なの?何の略かだけでも教えて。

「全部で七人で、代表を決める必要があります」
「マジですか、れんきょうが何ものかも分かってないのに、代表ですか」
「最初にやなぎやさんにお電話していますので、この場で引き受けてくださればOKですし、ダメとなると次の方に回ります」
不幸の手紙みたいですね」
「どうしましょうか、代表はいかがですか?」

なんとかヒラさん、やり手?私の性格を見抜いている?そんなわけで、やなぎやは謎の組織「れんきょう」の代表となりました。連絡なんとか協議会とかの略らしい。仕事は未だ不明です。

謎の組織繋がりで、本日は『フロム・ヘル』です。
世の女性から支持を得た『シザーハンズ』にはそれほど感銘を受けず、それでも一時期はジョニー・デップの映画を沢山観ていました。中でも『ブレイブ』(1997年)、『スリーピー・ホロウ』(1999年)、『ナインスゲート』(1999年)は良いですが、『フロム・ヘル』(2001年)がピカイチ好き。ネタバレだよ。

 

◇あらすじ

1888年、ロンドンのイースト・エンド。娼婦の連続殺人事件が発生し、スコットランドヤードのアバーライン警部(ジョニー・デップ)は死体に残された手がかりや、王室の侍医ウィリアム卿(イアン・ホルム)の助言を頼りに犯人に迫る。また、捜査に協力する娼婦のメアリー・ケリー(ヘザー・グラハム)と互いに惹かれ合う。

未解決の『切り裂きジャック事件』には様々な犯人説が唱えられているが、中でもマニアックな英国王族犯人説をベースとして独自解釈を加えたストーリーになっている。

事の始まりは、娼婦の一人アンが、富豪のアルバートに見初められて結婚し、赤ん坊を産んだことだった。ある日メアリー・ケリーらの目の前で、アンとアルバートは見知らぬ男達に連れ去られ、赤ん坊だけが残される。直後から娼婦を狙った連続殺人事件が起こり、捜査を担当するアバーライン警部は、メアリー・ケリーの話から、二人を連れ去った男達とアルバートの素性が鍵であると睨む。

 

アブサン中毒ジョニデ最高

ジョニデ演じるアバーライン警部は、妻子を失った失意から、私生活ではアヘン窟で沈んでいる。捜査のためにアヘン窟に入り浸れないときは、代わりに自宅でアブサンを摂取する中毒者である。

ゴミ溜めと称されるイーストエンドの薄暗い映像を基礎に、時に背景の空を真っ赤に染めたりとおどろおどろしい雰囲気が協調されるが、ぼんやりした緑色がまた特徴的だ。地獄よりやってくる馬車のランプが不吉な緑なら、アブサンの色も酩酊状態のアバーラインが見る予知夢も緑色である。

説明不要だろうが、アブサンは幻覚症状を引き起こす上、強い中毒性があるとして製造・販売が中止された酒。伝統的な飲み方の一つが、劇中でもアバーラインが行っているスタイルだ。グラスに渡したアブサンスプーンの上に角砂糖を乗せ、アブサンを沁み込ませて火をつける。最後は角砂糖を落として飲むのだが、液体の緑といいアブサンが燃えるときの青い炎といい、なんとも幻想的。

二十代の頃、私はオーセンティックなバーでバイトをしており、たまに「アブサンある?」なんて客もいた。代わりにアブサンの後継者『ペルノー』を勧めるのが定石であったけど(これは透明だけど水を入れると白濁するの)。
強烈な酒なのに、アバーラインはそこに「追いアヘン」し、むちゃくちゃな飲み方をする。彼は死にたいのですな。

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風呂につかりつつ、追いアヘンするアバーライン警部

 

この映画でのジョニデの何が好きって、人間味のない世捨て人である点だ。スリーピー・ホロウでのイカボットは同じく淡々とした捜査官でありつつ人間らしい人であったが、本作のアバーラインは、世間にも他人にも興味がなく乾いている。

例えば警視総監と対話するシーンでは、総監の「犯人は商人か屠畜人だろう」との暴言に対して眉一つ動かさず「色々な可能性を探っています」と答え、「証拠もなく決めつけてはいかんぞ」というブーメラン発言(お前がまず証拠なく決めつけている)には微苦笑で対応。

私の、職場の上の人間に対する態度とそっくり同じなので、親近感を覚える。

もちろんこれは、アバーラインが総監に1%の期待もしていないからだ。

部下のゴッドリー巡査部長はアバーラインを慕い、アヘン窟まで頬をひっぱたきに来たり、果ては恋路まで心配するが、アバーラインは彼の世話焼きに反応を示さない。

貧富や身分の差にも鈍感であり、ゆえに娼婦のメアリー・ケリーと先入観なく距離を縮めていく。感情の乏しい人間として描かれているアバーラインが場末の娼婦に惹かれる展開が、観客の、特に女性の心を鷲掴む。店の外の暗がりで、二人がキスするシーンはサイコーだ。アバーラインが直前まで「だめだ」とキスを拒んでいたのが、またサイコーだ。

やっぱりこの頃のジョニデはよい。何で海賊になっちゃったんだろう。

 

◇ミステリー部分はさらりと

真犯人探しのストーリーは一見複雑だが、実際は観客を混乱させるための何回かのミスリードが用意されているだけだ。殺された娼婦たちの内臓が的確に切り取られていることから人体に精通した外科医では? ⇒ アンの情人アルバートが実はヴィクトリア女王の孫クラレンス公であったことを突き止め、梅毒を移された公の復讐では? ⇒ 公が売春婦と子を儲けたことを隠すための、英国王室公安部による口封じか? ⇒ フリーメーソンの儀式による処刑ではないか、と様々な方向に観客を引っ張り回す。

アバーラインは「天才」とされる捜査官で、また度々事件に関する予知夢を見るが、特に才気走った閃きを見せるわけでもなく、予知夢から捜査が進行するような手掛かりを得るでもないので、何のための設定やら。

最終的に動機は、ミスリードの一つに挙がった王室による娼婦たちの口封じであるし、真犯人もアバーラインに助言を与えてくれていた侍医ウィリアム卿と予想通りだ。

なにより、この口封じはヴィクトリア女王の「王室への脅威を排除せよ」との命令に端を発しているものと当然の如く描かれるが、イーストエンド界隈でアンとアルバートクラレンス公)の関係を知るのが数人の娼婦たちだけであるはずもない。「二人の結婚式に出席したメンバー」との線引きで口封じする不確かさに、手落ち感が否めない。

「脅威を取り除く」のに一番的確で手っ取り早いのは、当然、アンとアルバートの間に生まれた赤ん坊の排除だろう。だって、娼婦が母親の王位継承者よ?まさに英国王室がひっくり返るほどのスキャンダル。逆に言うと、この「証拠」さえ隠滅してしまえば、場末の娼婦共が何をのたまったところで無視をすればいいだけの話、手間かけて殺す必要もない。

また、何回目かのミスリードである「犯人=公安部」だが、メアリー・ケリーらはアンたちを連れ去る身なりのいい男たちを目撃したのみで、何故彼らを「公安部」と特定できたのかを説明する場面はない。にも関わらず、「公安部のベン・キドニー」の名前が突然挙がるのは、編集にミスがあったのではと思う程、いい加減な展開だ。なので、「真犯人は誰!?」的なミステリーラインは、割とどうでもよい。

楽しいのは上流階級の人間の薄汚さとウィリアム卿の悪魔化である。

 

◇ウィリアム卿、暴走

スコットランドヤードの警視総監からして、現場の状況や検視の結果も碌に聞かず「犯人は先住民だろう」「屠畜人だろう」「違う?んじゃ、ユダヤ人の屠畜人だ」と決めつける(まあ彼は真犯人を知っているのだろうが)。

アバーラインが訪ねた高名な外科医は「僕らを疑うより、外には社会主義者ユダヤ人、東洋人が屯してますが?」と冷笑する。この時代の外科医は上流階級の人々であるので、彼らにとって貧しい地区の住民や精神異常の患者など最下層の人種に過ぎない。

それにしても、最下層=肉屋か毛皮職人、ユダヤ人か東洋人と平気で繰り返すあたりに時代を感じる。今なら職業差別、人種差別と言われてしまうんだろう、少し前にはそれが殺人犯たる理由として堂々と挙げられていたのに。全くいい時代でしたよね。

全体を通して、王室周辺の殿上人と最下層の人間の対比が強調される。絵的なもので言えば、犯人の乗る馬車がターゲットの娼婦を誘い込む際、馬車から「ガシャン!」と折りたたみ式の階段が降りる画が繰り返し映される。殿上人の意志によって下界に降ろされる階段の行先は地獄、王室を含む特権階級の世界こそHELLだと連想させる。

ウィリアム卿は、膿んだ組織が排出した化け物の位置づけだ。彼の行動は女王やフリーメーソンの意向から徐々にズレていき、やがて組織での地位も立場も飛び越えて暴走する。殺人の方法がエスカレートするのは、彼の悪魔化に比例しているためだ。

メアリー・ケリー(実際は別人)の殺され方ったら、ぐっちゃぐちゃよ。

最終的に、王室が生んだ獣は王室により牙を抜かれ、黒幕たちは何もなかったように口を噤む皮肉な結末となる。だが、彼らへの報いとして、娼婦を母に持つ王位継承者がアイルランドの地で育っているという皮肉返しが用意されている。

アバーラインがメアリー・ケリーを訪ねたくとも訪ねられず、恋に進展する前の淡い感情のまま終わるのがロマンチックだ。また、ゴッドリーが訪ねてくることを予測して手にコインを握ったまま死ぬのは、最後に示したゴッドリーへの感謝と別れであり、しみじみとするラストだった。

少々陰惨なシーンもあるが、ウィリアム卿の芸術作品たる(ぐちゃぐちゃの)死体は直接は映されないので安心してください。掃き溜めに灯るラブを楽しむ目的で鑑賞するのもよいと思います。