Yayga!

イェイガ!(Yay!+映画)- 叫びたくなるような映画への思いを書き殴ります

『ヘレディタリー 継承』

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監督:アリ・アスター キャスト:トニ・コレット、アレックス・ウルフ、ミリー・シャピロ/2018年

 

職場で数人だけ、このブログを読んでくれているのですが、そのうちの久保さんが、「長い~、文章長い~、追いつけない」と言うのです。頑張って読みなさいよ。あと「『ヘレディタリー』お勧めだよ」って言ったら「絶対観ないから話を教えて」と即答されました。勧めてるんだから観なさいよ。

亀のような歩みの久保さんが、いつここまで追いつけるでしょうか、楽しみ。

さて、話題の『ヘレディタリー 継承』を朝の歌舞伎町で観てきました。感想の前半は考察アレコレ、後半は如何にこのホラーがユーモラスであったかの話となります。ネタバレ不可避だぜ?

 

 

◇あらすじ

祖母エレン・リーが亡くなったグラハム家。娘アニーとその夫スティーブン、二人の子供ピーターとチャーリーの兄妹は、エレンの死をそれほど悲しむことなく、淡々と葬儀を執り行う。それ以来、グラハム家では奇妙な出来事が起こり始める。

よそよそしく会話の少ない家族、不快指数の高い音楽、家族を意味ありげに見つめる視点の映像などから、『聖なる鹿殺し』系の、得体の知れない力により不条理な運命を辿る家族の話であろうと予想する。ただ最終的には「継承」の題名が表す通り、アニーが、母から継承されようとするものに打ち勝つのか敗北するのか、その戦いと葛藤の話であるとの理解でよいでしょう。

アニーはミニチュア作品のアーティストで、「家」にテーマを置き、家族のワンシーンを切り取ってミニチュアで再現している(これがアートとして成り立つのかは私にはわからん)。
十三歳の娘チャーリーは、特異な容貌と奇妙な行動のため周囲から浮いており、息子ピーターは近寄りがたい母に距離を感じている。歪な人間の寄せ集めを、唯一理性的な夫スティーブンがまとめているといった家族構成だ。  

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(C)2018 Hereditary Film Productions, LLC

 

冒頭から家族間のよそよそしさや風変わりな行動がピックアップされ、不穏な気配が長々と続く。そのため、なかなか映画の輪郭が見えてこないのだが、それだけにピーターとチャーリーに起きる事件はショッキングだ。

さっぱりとネタバラすと、チャーリーはある事故で死ぬ。強烈な死にざまと、そのことをアニーが知るまでの演出が非常に意地が悪い。何も知らないアニーに対し、起きたことを知っている観客は、母親がほどなく恐ろしい現実を目にすることも知っており、それまでのなんとも表現しがたい数十秒を、ベッドでじっと横たわるピーターと同じ思いで体験することとなる。またこの演出について、ほとんどの観客が「直接は映さずに母の絶叫から悲惨さを想像させる狙いなのだな」と解釈すると思うが、そう思った瞬間、絶妙なタイミングで裏をかかれることになる。そこに意地の悪さを感じて、画面に映るモノには失礼ながら、フッと笑ってしまうシーン。

チャーリーの死が必然であることは、冒頭に映されるある紋章が、事故現場にも刻まれていることに示唆されている。また、実は彼女の死のきっかけはアニーにある。その時のアニーの言動は実に不可解で、彼女の意志でない力が働いたと考えざるを得ない。

祖母エレンの目的は、崇拝する悪魔ペイモンを、チャーリーの肉体を経由したのち、ピーターに降臨させることだ。←大真面目に書いていると笑えてくるが、そうなんだ。憑代は男でなければならず、不幸な死に方をしたと説明されるエレンの夫と息子も、恐らくはその候補となり、耐えきれずに死んだということなのだろう。ハトが教室の窓に激突するシーンで説明される通り、ペイモンは当初チャーリーに宿っている。チャーリーの死以降は、彼女の一部を宿したペイモンが、ピーターに乗り移ろうと彼を付け狙う展開となる。

一方、アニーが以前からペイモンの存在と母の目的を直感的に知っていたことは、序盤の集団カウンセリング(すみません、もっと後かも)の独白シーンで説明される。曰く、ピーターを身篭った際、孫を熱望する母に本能的な危機を感じ、彼女からピーターを遠ざけた。だが結局は抗いきれず、次に生まれたチャーリーを母に「与えた」という告白だ。母がアニーへ「継承」させようとするものにアニーが屈すれば、自らも夫も犠牲となり、さらに息子を悪魔に捧げることになる。アニーは、悪魔への無意識の服従と、それに抗う意志との間で引き裂かれているわけだ。つらいわ。錯乱するのも無理からぬ話である。

 

 

◇ミニチュアの話

アニーは、エレンへの無意識の恐怖や不快感をミニチュアに投影することで、現実の家族を守ろうとしていたが、恐れていた悲劇が現実となって以降、彼女にとってのミニチュアの役割は変化する。すなわち、災いを代わりに引き受けてくれる依代としてミニチュアを作り始めるのだ。

人形に穢れを移して川に流す人形流しなどの風習は日本では馴染みが深いが、人形が災厄を引き受けてくれるという伝承は日本のみならず存在する。私が好きなホラー小説でも、人間に返るはずの呪殺術を人形へ向け、人形がボロボロになる代わりに人間は傷一つ負わなかったというエピソードがある。アニーが、ベッドに横たわるピーターの首なし死体のミニチュアを作るのも、気が触れたわけではなく、ピーターを災厄から守るための防御行為だったと理解できる。現実の家やツリーハウスがミニチュアとして映される映像は、ミニチュアの家族が災厄を引き受けてくれるのか、あるいは現実の家族を襲うのか、つまりアニーが勝つか、母が勝つかを暗示していて、そこが面白かった。

 

 

◇徐々に雲行きが・・・

とはいえである。降霊術以降のアニーが徐々に錯乱していく各所場面は、例の顔芸に代表される通り彼女の一人芝居となるわけだが、このあたりが長いィィ。顔芸とか錯乱の芝居って、そう長く観ていられるものではなくないか。夫への「プリーズ、プリーズ、プリーズゥゥ」の回数が多すぎて、「分かったから、今お前が把握していることをロジカルに述べよ」とイライラしてしまう。

只でさえ、この映画は不安を煽る映像と音楽に彩られている。前半は例のショッキングな事件によって、それまでピンと張っていた糸を、効果的に切って見せることに成功した。だが終盤はアニーとピーターの恐慌状態シーンが長く、単純に疲れるし飽きる。

夫を失ったことで完全に正気を手放したアニーは、つまりは先に述べた、母から「継承されたもの」との熾烈な戦いに敗れた。なんとも悲哀と絶望感に満ちた展開なのに、いよいよ魔手が本丸ピーターに迫るこの辺りから、笑いが堪えきれなくなる。

居間に降りてきたピーターが父の死体を見つけて立ち尽くすその後ろで、天井の一角にビタリと貼り付き、息子を見下ろすアニー。いや、そこにいる必要ある?まずこの画に吹き出す。また、ピーターが暗がりに目を転じると、男がぼんやりと立っていてニヤリと笑う。なんで素っ裸で笑ってるんだよ。設定から言っても、信者のあんたらにとってピーターは言わば王、ニヤリと笑いかけるのは不遜だろう。

もうね、怖さに関しては、これで台無しよ。

さらに、である。アニーに追いかけられて屋根裏に逃げ込んだピーター。よくある天井から梯子が降りてくるタイプの屋根裏ね。入り口をアニーがなぜかゴンゴン頭突きしてくる。その場で身を縮めていたピーターが、頭上に不吉な音を聞き見上げると・・・

アニーが何かで、ざしゅ、ざしゅ、と自らの首を切り落とそうとしている。

「どっから入ったんだよ、入れるならゴンゴンするな」と突っ込むと同時に、そのシュールな絵が滑稽すぎ、ピーターの悲鳴に同情しつつも身体を折って笑いをこらえる私。※隣の人も笑ってたんだからね!

その後、切った張ったの末、ついに肉体を悪魔に受け渡したピーターが、導かれるようにツリーハウスに入ると、室内には首のないアニーとエレン、太った裸のオヤジやらが振れ伏している。当然ながらツリーハウスの中は狭いので、信者たちはタコ詰め状態。室内は妙に暖かな光に包まれ、悪魔崇拝的な雰囲気は微塵もなく、正面に飾られた偶像の頭はチャーリーの生首だが、被せられた王冠はまるで画用紙で作ったかのよう、学芸会感と手作り感が半端ない。壁にはエレンの写真が飾ってあり、「王妃リー」とある「王妃リー」って。バアちゃん、信者じゃなくて悪魔の花嫁に立候補してるよ。

 

お願い、もうやめて。
笑いを堪えすぎて、喉が痛い…

 

また、悪魔降臨の重要場面に立ち会うには信者が少なく、この少人数で、エレンの墓を掘っちゃ首を切り、チャーリーの墓を掘っちゃ首を盗んできて、祭壇を手作りしたのかと思うと、涙ぐましくて泣けてくる・・・。

要はおばあちゃん二人の悪魔崇拝の結果の災厄なのだが、我々が「おばあちゃん」と聞いて想像する暖かさ、手作り感、そんなものが小さなツリーハウスに満ちているのである。

 

結論、このようなほっこり空間で誕生する悪魔とはなんぞや。

 

最後は悪魔に乗っ取られたピーターの顔のアップでエンディングとなるが、次々と笑いのネタを差し出された上、ほっこりさせられた私は立ち上がれず。

この映画のどこを怖がれというの。
あ、ジョーンが道の向こうから「ピーター!」って叫んでくるのは怖かったわ。

大筋は、母と娘の継承物の熾烈なる押し戻し合いfeaturingミニチュア、ラストの見どころはおばあちゃんズpresentsほっこり悪魔降臨会。

面白いから、オススメだよ★