Yayga!

イェイガ!(Yay!+映画)- 叫びたくなるような映画への思いを書き殴ります

『プリズナーズ』

f:id:yanagiyashujin:20181225153436j:plain

監督:ドゥニ・ビルヌーブ キャスト:ヒュー・ジャックマンジェイク・ギレンホールポール・ダノ/2013年

年内最後の更新となります。あとは私は『シネ刀』のアカデミー賞をコーヒーを飲みながら楽しむのみです。そのために31日は外出しない。マジだ。

前回の孤狼の血は、やっぱり松坂桃李が好きなリエコに怒られました。「罰として、桃李が出演している映画を取り上げて。『ストロベリー・オン・ザ・ショートケーキ』がいい」と。え、魚喃キリコのあの名作、映画化されてるの??と思って探していたら、多分言いたかったのは『ピース オブ ケイク』だと思われる。あと魚喃の名作は『Strawberry shortcakes』だったわ。

というわけで本日は『ピース オブ ケイク』じゃなくってプリズナーズです。ネタバレだよ。

私のように映画の知識がない人間が、人が作った作品を評価するなどとんでもない話で。一方で、映画が商業物であり表現物である以上、批評を受けるのは仕方がないのも確かで、ただ程度というものはあると思います。また、映画に対する他人の感想に、あまりケチをつけるのもどうかと思うんですけどね。
何が言いたいかと言うと、人様が作ったものに物申す時点でバツなのに、それに関する他人の意見にあれこれ言うのは避けたいんですが、今回はどうしてもこの映画への世の考察に触れてしまうのですみません。じゃあ何故、そんな映画をいまさら話題にするのか。だってジェイクがキュートなんだもん。ジェイクがキュートって話をしないと、今年が終わらないんだもん。

あと皆さん、ヒュー・ジャックマンのことをどの映画においても「ウルヴァリン」って呼ぶの止めたげてください。

 

◇あらすじ

冒頭、キリスト教の「主の祈り」の文句に合わせ、ヒュー・ジャックマン演じるケラー・ドーヴァーが息子に鹿狩りを教える様子から、まずはケラーがどんな男であるかが説明される。彼は「常に備えよ」のモットーに従い、災害など物理的な困難に対しては日用品の備蓄を怠らず、家族を襲う不幸には強さで対峙する覚悟を持つ男だ。また重要な点として、車内や胸にかけられた十字架から、敬虔なキリスト教徒であることが示される。

友人のバーチ宅で感謝祭を過ごす中、遊びに出た両家の少女たちが忽然と姿を消す。警察は、兄によるRV車の目撃証言から、アレックスという青年を容疑者として拘留するが、彼は十歳程度の知能の持ち主だと診断される。決定的な証言や物証が得られないまま警察はアレックスを釈放。無力な警察に業を煮やしてアレックスを監視していたケラーは、彼が事件に関わっていることを証明する決定的な言葉を耳にする。ケラーはアレックスを監禁し、拷問という非合法な手段により娘の居場所を吐かせようとする。

この辺りの一連の場面では、カメラが物を隔てて対象物を意味ありげに映す画が、特徴的に何度も用いられる。例えば二家族の集うバーチ家を樹木越しに、道を歩く子供たちを車内から小窓越しに、地道な捜査活動を続ける刑事を曇った窓ガラス越しに。え、このカメラワークの狙い?不気味さの演出ではないでしょうか。下手なこと書けないんですよね、読んでくれてる人にシネフィル、それも最凶レベルが数人いるから。。。
真面目な話、これから起こることを冷静に観察せよと観客に警告するかのような、意図的な画である。 

最初に説明される通り、ケラーはよく言えば勤勉、悪く言うと融通の利かない人物だ。捜査を担当するロキ刑事は、のっけから警察(というより他人)を信じていないケラーの「あれはしたのか?これはどうなんだ?」との猜疑心に満ちた追求に、「全て考慮した上で、十時間容疑者を尋問した」と答える。プロの自分が、素人の思いつくことは全て想定した上で尋問したが何も出ない、つまりアレックスは犯人でない可能性が高いと暗に告げるのだが、ケラーは譲らない。しかもこの時点では、アレックスは「事件に関わっていることを証明する言葉」を発しておらず、ケラーは思い込みだけで、アレックスを犯人と確信しているのだ。

そもそも、困難や災害を想定して入念に準備するケラーは、家族への庇護精神を見ても、やや強迫観念めいている。平常時なら神経質で真面目な人ですむところ、非常時においては思い込みで突っ走り、逆にそれが障害になるタイプだ。ロキはそれを見抜いて諌めるのだが、ケラーは留まらず、件の確信を得てからは暴走する。この両極端の2人の性格と、ゆえにぶつかるさまを、ジャックマンとジェイクがうまーく表現していることに、とても好感が持てる。

さああなたならどうする、と課題を投げかけられた観客は「父親として人間として論」に迷うことになる。気持ちは分かるとか、いや逆に合理的でない、あるいは非人道的であるなど。だが、ケラーの行動について賛否を論ずることは、迷路に迷いこんだも同然だ。アレックスの怪しげな容姿や態度は先入観を刺激するが、実際に彼が白か黒かは誰にも分からない。カメラワークの部分で述べた通り、観客は冷静な観察者でなければならない。 

 

◇宗教色への考察あれこれ

始めから「そういう映画ですよ」とアピールをしている通り、とにかく宗教的な比喩に満ちている。敬虔なキリスト教徒であるケラーは神(ここではキリストを指す)の代理となる者、子供を攫い続ける犯人側が悪魔。さらに犯人の動機自体が「神への挑戦」と直接的なものでもあるので、主題は神と悪魔の戦いであるという捉え方が一般的だし、もちろん意図的にその構図が描かれているのだろう。

もう一人重要なキャラクター、ロキ刑事が、フリーメーソンの指輪をしていることが画面上で強調される。ケラーと犯人が神と悪魔であるのに対し、ロキが果たす役割は異教徒あるいは無宗教の立ち位置だと解するレビューが多い。また多くが、神を信じたケラーが勝ち、信じきれなかった犯人が敗北し、神を信じる立場でない異教徒ロキは優秀な刑事であるにも関わらず、常に惑わされ真実に辿りつけない運命にあるとする。

しかしそこには、重要な一瞬のショットが考慮されていない。始めにロキがドーヴァー家を訪れた際、カメラが映す彼の左手の刺青は十字架だ。つまりそれ以外どう解釈せよというのだレベルで、ロキはキリスト教の信者だろう。また、「ロキ」という名前が北欧神話に登場する神ゆえに彼は異教徒であると、各所で当然のように書かれているが、仮にそれが本当なら、ヴィルヌーヴ監督はアホということになる。ギャグ漫画じゃあるまいし、その人物の外見あるいは内面や信条をそのまま表すような名前を、この凝った様相の映画に起用するかという話だ。でももし、ヴィルヌーヴ監督もしくはジェイクのどちらかが、インタビューで「ロキってのは北欧神話から取ってるんだ、クールだろ?アッハ」みたいなコメントしてたら、上の話はごめん。

(そのようなコメントはないとの前提の下)従って、ロキが異教徒を象徴する立場であるとか、ゆえに神の御心により真実に辿りつけないなどの解釈は苦しいこじつけだ。少女を助けるのはケラーでなくロキだし、結果的に恐らくケラーを救うのも彼なのだから。

そもそも敬虔な教徒であるケラーに、神は何故最愛の者を隠す辛い試練を与え、なぜ最も哀れなアレックスにそれ以上の苦痛を与えるのか。「ケラーは試練を受け入れずに愚かな人間的行為に走ったから罰を与えられたのだ」「最後は祈ったから救われたのだ」とか、まあいくらでもこじつけられるし、「神のなさることは人知の枠外である」などと言ってしまったら、もはやこじつける意味すらない。深みにハマると、父子が撃った鹿は悪魔の象徴であったのではとか、キーとなるホイッスルは旧約聖書の一節にある、神を褒め称える楽器としての「笛」であるとか、いやその笛って少なくともホイッスルじゃないでしょうよなど、もはや納得すべきか屁理屈に首を傾げるべきか分からなくなってしまう。

 

◇倫理観を問うミステリー

考察好きな観客を惑わす要素を多く含みながら、この映画は極めて倫理的な問題を観客に問うミステリーとの理解でよいと思っている。
ケラーは人の助言を入れず盲目的に突っ走り、罪なき者を傷つける。犯人は己の主義ゆえに人を殺す。それぞれが「人の道」に照らしたとき道を外れている。ロキも本来の自分の衝動に走ったとき、やはり道を踏み外すことになる。

神、悪魔、宗教的要素に気を取られていると、映画の中で描かれる人間の身勝手さを見逃すことになる。ケラーや犯人については触れた通りだが、両家の奥様方の開き直りっぷりと言ったらない。恐ろしいのは「子供のためなら他人はどうでもいい」となった母親が、それを恥じるならまだしも、賢者のように振舞うことだ。

拷問に躊躇しつつ、ケラーを止めることはできない臆病なフランクリン。その妻は友人であったはずのケラーについて、「私たちは手を出さずにやらせておきましょう」と夫に言う、さも智者めいた顔で。これだよ、ホントに嫌な人ってこういう人。ともだちだったよね?全力で止めるか、きっぱり自分達は手を引く宣言をせんかい。

「貴方といれば安心だったのに」とベッドの中から、ケラーを超抽象的に非難する妻。彼女は後日、夫がアレックスを拷問していたことを「娘のためだった、仕方なかった」といい、夫を「善人よ」とのたまう。アレックスは、彼女らの子供と同じく幼い頃に攫われ、多くの子供が死ぬのを見、恐らくその手伝いもさせられてきたこの映画最大の被害者にも関わらずだ。妻と母の座に胡坐をかき、家族のためという建前を武器に他人を傷つける。本当に害がある人って、こういう人。

 

◇助けて、ロキ刑事

というわけで個人的にお付き合いを避けたいドーヴァー家、バーチ家の皆さんにげんなりする中、一筋の光となるのがジェイク演じるロキ刑事である。これまでジェイクが演じてきた中で、ピカイチ好きなキャラクターである。
熱情を内に秘めて態度は冷静、捜査は緻密で忍耐強い。ウルヴァリンに怒鳴りつけられるたび、軽く手を挙げて「ヘイ、ヘイ、ヘイ」「ミスタードーヴァ」と低く静かな声で諌める。もちろん内心では、このきかんぼう親父のことを「ファック」と思っているので、車に戻ったときなどに小さな声で「ファック」と呟く。それが気だるげで最高にキュートなわけで。またあるシーンで、ウル親父に一方的に電話を叩き切られ、携帯を見つめて呟く「ファック」が、前回より若干明瞭で忌々しそうなところがまたいいわけで。ジェイク最高。

ドーヴァー家にて「刑事さん、子供はいるの?」と訊かれた際、軽く口の端を上げて無言を通したが、オーケー、私が訊きたい、「奥さんいるんですか」と。のちに署長に「彼女でも作れ」と言われていることから、フリーメーソンだけでなくフリーメンであることが判明(←今日のパワーワードこれだよ)。
身体のいたる所に入った刺青と「ハンティントン少年院にいた」というセリフから、間違いなく、昔はそこらじゃちょっと知られたワル。強面なのに、最初のアレックスへの尋問などは、軽く囁くようで甘さすら感じさせる。落ちる、私なら5分で落ちる。

 

f:id:yanagiyashujin:20181225155005j:plain

全世界女子卒倒必至、ロキ刑事による壁ドン。

 

フリーメーソンの指輪や、登場シーンの干支に関する話などは、彼がこの保守閉鎖的な田舎にそぐわない、異質な警察官であることを示すためのものだろう。それだけに、それだけに!ついに忍耐が切れて、恐らく彼本来の暴力性が爆発してしまい、それによって最悪の事態を引き起こすシーンでは、溜息が出るほど複雑な気分だ。

 

f:id:yanagiyashujin:20181225155053j:plain

これ。これ、どうやって慰めればいい?

 

なお、ミステリーとしては偶然に頼む要素も多い。例えば、何かに導かれるようにウル親父の前に現れるホイッスル。アレックスの無事を知らせに行った先で、偶然犯人に繋がる材料を得るロキ。音楽に邪魔されていたホイッスルの音が、佇むロキの耳に届く幸運。これらはミステリー的にはマイナス要素なのだが、流し込まれている宗教色が、都合がいいという印象を回避させ、これも神のいたずらかと観客に思わせる効果をもたらす。宗教色を意識しすぎれば、観客自身が迷路に入り込んでしまいかねないので、あくまでエッセンスとして捉え、ミステリーを楽しむのがお勧めだ。私はこういう映画がすごく好きなので、2時間半と長尺だが全然オッケー、なんならも一回ミスリードを入れて3時間やってくれてもよかった。

攫った子供たちの記憶を消したり、言いなりにさせるあの薬はなにかって?
間違いなく、『クリーピー』で竹内結子が注射されてた薬品と同じものだろう(どうでもいい)。 

世のお母様方、自分の子を一番に思うのは必然、何をおいても我が子を守るのは本能、でもそれを当然と他人を傷つけてはいけませんよ、間違いなく自分たちに返ってくるから。では皆さん、よいお年を。