Yayga!

イェイガ!(Yay!+映画)- 叫びたくなるような映画への思いを書き殴ります

『バウンド』

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監督:アンディ&ラリー・ウォシャウスキー(現リリー&ラナ・ウォシャウスキー) キャスト:ジェニファー・ティリー、ジーナ・ガーションジョー・パントリアーノ/1996年

 

親友のリエコが面白い漫画や本を発掘しては貸してくれます。先日「すごく面白いんだけどBL色があってもいい?」と『10DANCE』という漫画を渡されました。確かに3巻だか4巻だかで、これまで精神的なものだったエロが物理的なことに発展してました。
 
漫画を返した後にメールが来て、「あの漫画、私のクローゼットの右下に包んで隠してあるから。私が死ぬとき君への形見分けだって言って死ぬから、処分して・・・」と。分かったよ。ダンナにバレてまずいものは全部クローゼット右下に置いておいてね。でも形見分けは、君が独身時代に車買えるくらいの値段をつぎ込んだジュエリー類がいいです。
 
そんなわけで、本日は女同士の淫靡な企みの映画『バウンド』をご紹介します。
 
パワーワードは紛れもなく、
「All part of the business」
 
笑顔もセックスも、ビジネスなんだよ!
 
 
◇あらすじ
盗みのプロ、コーキージーナ・ガーションは5年間の刑期を終えて出所した。マフィアのビアンキーニからアパートの内装と配管工事の仕事を得たコーキーは、隣室に暮らす組織の資金洗浄係シーザージョー・パントリアーノの情婦ヴァイオレット(ジェニファー・ティリー)と互いに惹かれ合う。ヴァイオレットは、組織の会計士が横領していた200万ドルを奪って逃げようとコーキーに持ちかける。(映画.com)

 

DVDを蒐集する趣味はないのだけど、この映画は大好きで持っているんです。監督&脚本は、マトリックス』(1999年)で有名になる前のウォシャウスキー兄弟、現ウォシャウスキー姉妹。ちょっと前に性転換のことを知ってびっくり。何も揃って転換することなくない?ブラザー&シスターのがバランス良くない?

しかし、実は兄弟が姉妹であったことを知った上で『バウンド』を観れば、なるほどと思う点もあって。レズビアンの二人がマフィアの金を騙し取るとなれば女の狡猾さがクローズアップされるよう想像しがちだが、それよりも女同士の間の生真面目さや初志貫徹する強さが印象的だ。身勝手に押し付けられる男の願望やイメージを置いてけぼりにする爽快感もある。
 
マトリックス』公開より前に本作を観ており、すっかりのウォシャウスキーズのファンだったので、『マトリックス』ヒット時は、よかったねえって妙に親し気に見守ってしまった。
 
 
ジーナ・ガーション
この映画を観てからしばらくの間、憧れの女と言えば、コーキーを演じたジーナ・ガーションだった。顔つき、皮肉気なアヒル口、髪型、ピタリとしたタンクトップにダブついたワークパンツ、上から下まで好み。ショーガール』(1995年)で演じたダンサーとは、かなりイメージの異なる役となった(あの役も好きだけど)。
 
私だけかもしれないが、好きな女優&憧れる女優にはいくつか種類があって、例えば自分がなりたいと思う意味での「好き」、これはパトリシア・アークウェット(現在でなく昔の)だったり、キャリー・マリガン(『ドライヴ』の)だったりする。(仮に私にレズビアンの素質があるとして)性的な意味での「憧れ」はまた異なり、ジーナはこちらのカテゴリだ。
 

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ファーストシーンが好き。
 
 
『バウンド』でジーナに惚れ込んだ私はその後も彼女の出演作品を追い(以降はあまり作品に恵まれていない)、たまにこの作品を見返すほど長い間、憧れの女優であり続けた。
 
 
キャサリン・メーニッヒを知るまでは。
 
 
ごめん、ジーナ。尻軽な私は『Lの世界』でキャサリン演じるシェーンに釘付けになってしまったん。
 

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『Lの世界』きってのスケコマシ、シェーンを演じたキャサリン。(photobucket.com/gallery/user/dylanface23/)

 

シェーンに誘われて断れる女がいたら今すぐに名乗り出ろ。声がまたいいんだぞ!
 一時期シェーンが好き過ぎて、「もう白シャツと黒パンしか着ない」と宣言するも、「骨格が違うからムリ」とリエコに一蹴される事件も。

まあまあ、それは冗談として、本作でのジーナのカッコよさは文句なし。ただ主役はヴァイオレットを演じたジェニファー・ティリーの方だろう。
 
 
◇本題
よく考えられた脚本で、とにかく面白い。
マフィアの金を盗む計画は、現状から抜け出したいヴァイオレットに、二つの契機が訪れたことに端を発する。一つはコーキーとの出逢い、一つはファミリーの会計係シェリーが横領していた200万ドルを情夫シーザーが一時的に預かることだ。彼女が計算高く冷静な女であることは、犯罪世界に身を置くことへの危機感、その世界での情夫の地位に限界を感じている点に明らかで、だが彼はそれらも含めて彼女を理解していない。

計画は、シンプルなようでいて理に適っている。シーザーと、マフィア幹部ジーノの息子ジョニーの犬猿の仲を利用し、消えた金はジョニーが盗んだように思わせるというもの。「人は信じたいものを信じる」の心理を逆手に取った、確率の高い作戦だ。
だが、その後のシーザーの行動を読み切れなかったことが災いし、計画は大きく狂うことになる。
 
シーザーの言いなりと思われたヴァイオレットが、危機的な状況で本来の才と度胸を発揮し、彼から主導権を奪い取る展開が面白い。ここで、キラーワード「All part of the business」がぶちこまれるのだが、「あんたへの献身と愛情は私にとって仕事よ」と言い捨てるヴァイオレットと、ぽかんとするシーザーのバカ面が見ものである。
 
主導権の逆転現象は、女二人の関係にも見られる。作戦当初、どちらかが裏切ったときに負うリスクは圧倒的にはコーキーの方が高い。ヴァイオレットが金を独り占めし、ム所上がりの女に罪を擦り付けるなど簡単なことだからだ。だが途中から、金は隣室に潜むコーキーの手元にあるまま、ヴァイオレットがシーザーの監視下に置かれることで、リスクの割合は逆転する。コーキーはこのまま金を持ち逃げすることもできるのだ。二人の間柄は「信頼」だけが結び付けている危うい関係だが、この信頼は肉体と精神の両面で裏打ちされているため、レズビアンの設定が必然のものとして生きてくる。
 
 
◇小道具
本作では、電話や壁といった小道具、また「色」がメタファーとして効果的に使われている。そもそも「隣室」という位置関係がなんとも淫靡で、その間の壁はヴァイオレットとコーキーを隔てるものであると同時に、互いに壁に手を当てて愛を確かめ合うシーンに見る通り、二人を繋ぐ役割も果たしている。また何度も強調されるように、壁(障害)は「とても薄い」のである。
 
また電話は、壁を飛び越えることができる二人の希望の綱だ。それだけでなく、シーザーがジーノ親子殺害後、ファミリーのミッキーに掛ける電話はヴァイオレットを追い込み、ヴァイオレットが浴室からシーザーに掛ける電話は彼女の立場を有利にする。つまり、『マトリックス』同様、電話が何かしらのスイッチになっているわけだ。
 
そして、計画がシーザーに露見してしまう原因も、この「薄い壁」と「電話の音」、希望を象徴していた道具が一転、災いの元へと変わることになる。
 
主導権の逆転、小道具の意味の変化。そして自身の性の転換。
 
ウォシャウスキーズは物事を逆へ振れさせるのが好きなんだな。 
 
 
◇三色の色
無機質な背景に三つの色が差し込まれるのは、それぞれが登場人物を象徴するためだろう。
ファーストシーンの、エレベーターの内装は真っ赤だ。これはヴァイオレットがこの時点で、シーザーの囲われ者であることを示す。部屋の床は赤、重要な客を迎えるとき、普段黒を好む彼女にシーザーが選ぶドレスの色も赤。この映画では支配者を象徴する色である
 
仕草や態度が男のようなコーキーは、白いタンクトップ姿で部屋の壁を真っ白な塗料で塗る。意外にも彼女のカラーは「白」、そしてヴァイオレットを表すのが「黒」だ。見た目から考えれば逆ではないかと思われる二人の関係だが、色の使い方を見ていればヴァイオレットの方に主導権があることは一目瞭然だ。
 
さて、そんなわけでジーナより、「黒」を担うジェニファー・ティリーがカメラの中心となるのは当然なのだが、彼女の役どころは複雑だ。数回寝ただけのコーキーを、犯罪に引き込むだけの抗い難い魅力を振りまき、シーザーの寵愛は維持したまま、ミッキーの目をも眩ませる必要がある。ミッキーは、彼女に心優しい聖女の側面を見ているので、シーザーが好む顔とはまた別の顔を作らなければならない。つまり、男たちがそれぞれ求める女性像を演じ分ける必要があるわけだ。
 
そういう視点から見ると、ジェニファー・ティリーの起用はどんなもんなのだろうか?アジアンテイストな顔、個性的なカーリーヘアに濃いダーク系のメイクと、どちらかというと需要は少ないんじゃないかっていうね・・・。いや、私は好きですけどね、この人。男性諸君が見て「セクシーだ」と思うかどうか、是非とも聞いてみたいところ。服は露出度の高い黒のミニスカワンピ一択(コーキーを誘うときが一番、乳を出していた)、シーザーのような男にはお好みなんだろうが、ラスト、ミッキーを見送るシーンでは、服なり髪なりヴァイオレットのファッションで、彼女の変化を見せたら面白かったかもしれない。
  

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◇シーザーかわいそう?
存在感を見せたのは主役二人だけではない。
幹部のジーノ親子を殺したシーザーは、そのために生じた綻びを一人で忙しく繕うことになる。死体の始末、消えた金の捜索、銃声で駆け付けた警官たちの対処。何より、ミッキーが金を受け取りに来る時間が迫っている。そんな中で実は恋人が裏切者であったことが判明。傍目から見れば、非常に気の毒なシーザーだ。降り掛かる難題に錯乱するさまを汗だくで演じたジョー・パントリアーノがよかった。『マトリックス』にも出てますね、
 
一人芝居が秀逸なので、ついシーザーに同情してしまいがちだが、この男は薄っぺらい小悪党だ。彼にとってヴァイオレットは何も持っていない頭がカラッポの女で、「ストレスを抱えた自分をリラックスさせてくれる」相手であり、言うことを聞かせるときにはパンパンと手を叩いて犬のように追い立てる、そんな存在だ。
 
鳥肌を禁じ得ないのは、彼に銃を向けたヴァイオレットを宥めて留めようとするシーン。これはジーノを撃ったときにシーザー自身がヴァイオレットの立場で経験したことの再現となる。再び「主導権」が対峙する二人の間に横たわり、彼は「お前はそんな度胸のある女じゃないはずだ」「そうだろ?」と駄々をあやして主人の威厳を取り戻そうとする。
 
 

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「お前はいい子だろ、ん?」。この顔腹立つわ~。
 
 
目を閉じてジーノを撃ったシーザーと対照的に、ヴァイオレットは目を見開いたまま銃を撃つ。シーザーは床に広がったペンキの中に倒れこみ、赤い血を白いペンキが包み込んでいく。つまりはコーキーにより、ヴァイオレットがシーザーの束縛から解き放たれたことを示す画だ。
 
スリル満点のサスペンスの体を取りつつ、賢い犬がアホな主人から自由を奪取する、まごうことなき飼い犬噛みつき映画。
 
それにしても、やっぱり、この映画での一番の功労者はシーザーかもしれない。
汗だく一人芝居と、腹の立つ胸クソ顔に拍手。