『犬王』
監督:湯浅政明 キャスト:アヴちゃん(女王蜂)、森山未來/2022年
お久しぶりです(コソッ)。誰かいますか・・・?
『ナラタージュ』以降、五カ月も更新せずに梅雨明けを迎えてしまいました。梅雨明け早かったよね~。間が空いた理由は、三月くらいから『進撃の巨人』のアニメにドハマったためです。しばらく他のことを考えられないくらい没頭してしまい、最近やっと壁の外に出てきたの〜。しかし未だロスが激しく、『進撃の巨人 海外の反応』とかいうリアクション動画をYouTubeで見漁る始末。職場の同じチームの男子に「あれ誰が観るんだろうって思ってました」と言われて悲しかった。
でも、最近の20代ってアニメに日常的に親しんでいるので(キラキラ系の女子でも割とアニメを観ている)、昔のようにアニメ=オタクのものという印象が大分薄れているよね。もちろんジャンルにも依るけどさ。なので、「やなぎやさんてどんな男の人が好みですか?」と訊かれた私(4●歳)が「リヴァイ兵長」などとイタい返答をしても、「分かります~!兵長カッコいいですよね!」とか言ってくれるのですよ・・・。
というわけで、私は今日も絶好調です。
本日は『犬王』の感想を述べます。平家物語が好きな親友のリエコと観て、そのあと娘と二回目観ました。最高ですよ、皆さん。娘はもう一回行くって言ってます。
世界はアヴちゃんを知らないままでいいのか!?
◇スタッフ
監督:湯浅政明
原作:古川日出男
脚本:野木亜紀子
キャラクター原案:松本大洋
音楽:大友良英
アニメーション制作:サイエンスSARU
◇あらすじ
京の都・近江猿楽の比叡座の家に1人の子どもが誕生した。その子どもこそが後に民衆を熱狂させる能楽師・犬王だったが、その姿はあまりに奇怪で、大人たちは犬王の全身を衣服で包み、顔には面を被せた。ある日、犬王は盲目の琵琶法師の少年・友魚(ともな)と出会う。(映画.com)
これは名作なのでは?と思ったのは後日で、初回を観終わった直後はクセの強さに圧倒されていた。主に松本大洋の独特なキャラデザインや、私がアニメを見慣れていないために「ヌメヌメした動き」「肌質不明」と違和感を抱いてしまう湯浅監督の作り出す登場人物たち。これらにどういう感想を抱いたらいいのか分からず、戸惑ってしまったのね。アヴちゃんが好き過ぎるがゆえ「これは映画なんだから歌だけに引っ張られちゃいけない」と妙に構えて臨んだこともあって。それが、時間が経っても余韻が残り、日に日にじわじわ来る感じなんだ。
舞台は平家滅亡から200年余りのちの室町時代。
『平家物語』と言えば「祇園精舎の鐘の声・・・」の冒頭が有名な、平家一門の栄華と没落を描いた物語である。今うちの娘も読んでいるけれど、歴史上の話って特に、成功譚より凋落の方がロマンティックよね。
当道座に属する琵琶法師が口承で伝える悲哀の物語が、庶民から貴族の間で幅広く親しまれている。琵琶法師たちが日本各地を巡る中、その地に遺された逸話を「拾う」ことで、新たな物語が生まれては枝分かれし、そのため世には正当な血筋の他にいくつもの物語が存在しているという状況だ。
映画は現代から始まる。車のクラクションが響き、雨で黒く濡れた道路に「え?現代?」と首を傾げた瞬間、いくつものショットにより徐々に600年の昔へと遡って行くのだが、ここのスピーディな演出と「今は昔~」と語られる琵琶の音色の効果で一気に映画に引き込まれる。
小さな漁村で暮らす幼い友魚はある日、海の中に沈んでいる箱を見つける。時同じくして武士たちの依頼を受けた友魚の父は、その箱の中から、安徳天皇が壇ノ浦で入水をした際に抱えて沈んだと言われる三種の神器の一つ『草薙の剣』を引き上げる。だが、剣に籠められた平家の怨念により、父は身体を両断され、友魚は視力を失ってしまう。
一方、異形の者として生まれ落ちた犬王(アヴちゃん)は、醜い顔に面を被り残飯を漁って生き永らえていた。踊りへの情熱を持て余すうちに、なかったはずの足がにょっきりと生えてくる。街中を駆け回っては人々を脅かすようになった犬王は、ある夜、橋の上で琵琶法師となった友一(元の友魚/森山未來)と出会う。
◇作画が素晴らしい
技術的なことに知識がないのだが、作画はトップレベルの出来だったと思う。また、(私を含めて)アニメを避ける人が理由の多くに挙げる大仰な演出や説明台詞については、全く気にならないと言っていい。
特に盲目の友魚の視点となったときのアニメーションが素晴らしく、アニメーションだからこそできることの強みが活かされていたと思う。例えば、父の恨みを背負って彷徨う旅の途中、平家の物語を語る琵琶法師の口許と弦だけが真っ赤に染まっていたり、雨が花火のようになる表現などが印象的だが、何と言っても、友魚と犬王が初めて出会う橋の上のシーンが良い。
異形と奇矯な行動で人々に忌避される犬王だが、友魚が感じたのは踊りながら近づいてくる無邪気な魂のような存在だった。それは柔らかなピンク色の丸い球となり、長い右腕が玉から伸びて、音符のような形に変化したりする。友魚には最初から、犬王が踊りと歌が好きな、明るく優しい子供だと分かるわけだ。
二人は「その琵琶、弾けるのかぁ?」「もちろん!」「イカすぅ」「まだまだ行くぞ!」とジャレ合いながら演奏に夢中になり、ついには天まで上っていく・・・。私はここが一番のお気に入りです。
犬王の周りには平家の亡霊が救いを求めて群がっており、彼らの魂が昇華されれば犬王の欠けた身体の一部が戻る。成長した二人は亡霊たちを成仏させるため、これまでにない斬新なパフォーマンスで平家物語を語り始める(亡霊を成仏させると手足が戻る設定は言うまでもなく『どろろ』で、二番煎じじゃんってドヤッてる奴いるけど、言うまでもない程度のことじゃない?)。
当時の能楽は、将軍足利義満の庇護を受ける「観世の座」と犬王の生家である「近江比叡座」が二大巨頭として鎬を削っており、そこに突如現れた友魚と犬王のロッキンな琵琶バンドは庶民たちの度肝を抜き、熱狂的に受け入れられていく。
琵琶法師と能楽師と言っても、特に犬王は伝統芸能の世界では爪弾き者である。だからこそ自分と同じく「歴史から消される人々」の代弁者となっていくように、本作には”奪われて失われた私たちの物語”というテーマがある。また、友魚が「壇ノ浦の友魚」→「友一」→「友有」と名を変えていったり、友魚と出会う前の犬王には名がないことなど、名前や父親による呪縛も一つのテーマだと思うのだけど、観進めるうちに、そんな事はどうでも良くなってしまう。そして「映画は音楽を聴くものじゃない」という考えも吹っ飛ばされてしまっていた。それほど音楽パートのパワーはすごい。
◇アヴちゃん
わたくしはアヴちゃんが唯一無二であることを知っておりますので、ある程度想像はしていたのだけど、それを凌駕するほどの歌唱力と表現力でした・・・。
劇中歌のメインは犬王の歌う『腕塚』『鯨』『竜中将』の三つ(※作詞もアヴちゃんだ)。『犬王 壱』『犬王 弐』『犬王 参』を、それぞれのイントロダクションのような形で友魚(つまり森山未來)が歌う。
『腕塚』は平忠度が一の谷の壮絶な戦いの末、右腕を斬られ首を取られ、また浜には舟に乗れなかった数多の雑兵の腕が転がっているという歌だが、恐ろしい内容を軽快なロック調に仕上げていて、とにかくカッコよい。歌も然ることながら途中で差し込まれる「沈むぞ!」というシャウトがズドンと響く。
『鯨』では、「Queen」の「ドンドンパッ!」のリズムと手拍子、コールアンドレスポンスのパフォーマンスを取り入れた、歌い手と観客一体型の斬新な舞台が繰り広げられる。長い曲だが、後半になるほど盛り上がっていき、一度聴けば耳から離れなくなるような曲調と、「え゛い!」「歌え!」「まだ終わらぬ!」などの合いの手がキャッチーだ。
余談になるが、こういうインパクトある曲や歌詞って子供は一発で覚えてしまう。映画館には娘だけ連れて行ったのに、娘が口ずさむもので観ていない息子も覚えしまい、今日は娘の友達数人が『鯨』を歌いながら学校から帰ってきたよ笑。
最後の『竜中将』は、本当に同じ人物が歌っているのか?と耳を疑うほど滑らかな高音で始まる。将軍義満の前で披露されるこの演目には、二人の命運が掛かっていると言っても過言でなく、更に平家の亡霊を成仏させられるか=犬王は面を取ることができるのか?を占う重要なシーン。この曲は13分もあり、その間何度か変化する曲調の、変化の振り幅はどう考えても頭おかしい。ただ、長い間奏の後に『思い出さえも夢のあとさき♪』と始まる一節は、アヴちゃんの深みのある声が大円団に相応しく、うっとりしてしまう。
『女王蜂』ファンなら御馴染みのドスや煽りに気持ちが高まる一方で、声優としてのアヴちゃんは滅法かわいくて。予告にも使われているアレね、「俺が聞いてやる、お前たちの物語を」の言い方が、滅茶苦茶かあいらしーー! ビッチだなんだと歌ってても、アヴちゃんは勤勉で真面目で礼儀正しい人だからね!犬王の明るいキャラに、ばっちりとハマッている。どうしたってアヴちゃんありきの映画なのだけども、そちろんそれだけでないことを強調しておきたい。
◇監督が貫いた作家性の勝利
スタッフを知って、唯一不安だったのが脚本だった。野木亜紀子の、特に映画の脚本は冗長で単純で、観ているのが辛くなる(ドラマで言えば『アンナチュラル』も好きではない)。
だが懸念していたマイナス要素が『犬王』では感じられず、後日、野木亜紀子のインタビューを読んで超納得した。当初の脚本では、友魚と犬王のバディをストーリーとしてどう見せるか?に重点が置かれていたのを、湯浅監督が(恐らくガッツリと)削ったらしい。そしてその分、音楽パートへ時間を割いた。
私が読んだレビューの中にこれを良しとしない意見(つまり野木さん擁護)があったが、物語パートを削ったのは監督の英断であったと思う。二人の邂逅をストーリーとして説明する必要などなく、先に挙げた橋の上の、ジャレ合いながら空まで飛んでいくシーンで十分だ。さらにインタビューには、元の脚本のまま行けば『犬王』が凡作になったであろうことを如実に示すエピソードがある。
“湯浅さんが「イカす」っていう言葉を使いたいって(中略)でも、600年前に「イカす」っていう言葉はないし(中略)「せめて、『様良し』くらいにしませんか?」って提案したんです。それでも「いや、『イカす』がいいんですよね」と譲らなくて”
(https://www.cinra.net/article/202205-nogiakiko_gtmnmcl)
オイオイオイオイ 待て待て(リヴァイ)←キムタクの「ちょ、待てよ」は卒業しました。
あっぶねー・・・
「様良し」ってなんだよ(センスねえな)。いや、ホントにヤバかったよ。こういう固定観念が『犬王』を台無しにしてしまうところだった。
さらに以下の内容からも、湯浅監督の作家性こそが、この作品を名作に押し上げたことがはっきりわかる。
“時代ものであることにはそんなにとらわれなくてもいいのかなと思ってはいましたが、湯浅さんが想像を遥かに超えて、まったくとらわれていなかった(笑)”
“完成したものを見て本当にビックリしたんですよね。「もう、能ですらないじゃん」って(笑)”
“もっと「和」なのかと(中略)「ロックフェス」とか「ポップスター」みたいなことを湯浅さんがしきりにおっしゃっていたんですけど”
“和楽器を中心とした「和」の世界のなかで、あえてそういう「例え」を出しているんだろうなと(中略)(でも)「あ、例えじゃなかったんだ」っていう(笑)”
“まわりの人は多分誰ひとりとして、こういうことになるとは思ってなかった(笑)”
いや~、野木さんありがとう。この凡人の域を出ない発想がさ(すんません)、湯浅監督の凄さを我々に教えてくれた。
鑑賞後に覗いたレビューサイトでは、違和感があった受け入れにくかったという意見も多かった。恐らくそういう人は、絵柄や時代、平家物語や琵琶法師や猿楽といったものから連想するイメージの中での最高のストーリー、音楽、アニメーションを観たいのだと思う。
それが、琵琶をベースのように弾くわ、坊主が裸にベルト締め出すわ、ワイヤーで釣られるわ、、、特に『竜中将』はひどい(褒め言葉)。「生きているのか死んでいるのか・・・」という美しい歌い出しに聴き入っていると突然、「YOYOYOYOYO!」だからね!よくぶち壊したもんだよ。更に四方八方からのネオンに照らされる中、アクロバティックに宙を舞ったかと思えば、今度はバレエを踊り出し『白鳥の湖』の黒鳥さながらの連続回転へ・・・それも将軍様の御前でだ。そりゃ「思ってたんと違う」となる人もあろうな。リエコのように平家物語に詳しく親しみが深い人や、なまじ能などの知識がある人こそ違和感が強いんだろう。
ただ、である。和楽器メインで仕上げた曲、それをしっとりと歌うアヴちゃん、能の要素を残したパフォーマンス・・・。うん、それなりに、いいものになると思う。でも、きっと「それなり」であって。私の中にこんなに残ったかな?と考えたら多分ノーだ。
音楽パートが長すぎるという批判に「ミュージカルアニメだからなあ」と思う一方で理解できる部分もあり、『犬王 壱』『腕塚』『犬王 弐』『鯨』の一連のシーケンスは確かに長く感じる。原因は、四曲がほぼ続いている上に、『犬王 壱』『犬王 弐』の曲調が同じであり曲自体もどちらかというと単調なものであること、加えて森山未來の歌唱力の限界であろう(いや、森山未來は素晴らしかったよ!でも本職じゃないからさ)。
ただ、ミュージカルを嫌う人が苦手とする「唐突感」はほぼなく、犬王が歌う前には友魚が必ず状況説明を加えてくれる親切設計かつ丁寧なミュージカルだし(娘は「友魚は犬王の広告塔で、引き立たせる役なんだよね」と言ってた天才か)、『竜中将』の13分は必要だったと思う。
湯浅監督はインタビューでこう答えている。
“多分こういうことをやったら、みんなが好きじゃないんだろうなということも素直にやっています。みんなが喜ぶものを作りたい気持ちもある。みんなが喜ぶものとつながるところを探している。人を選ぶ、癖が強いと言われることもあるけど、人を選ぶとは何だろう? 癖って悪いことなのかな?とも思います”
性格いいな!もっとやっちゃって。
私は監督のコールにレスポンスを送りたいと思います。
◇やなぎや鑑賞後の感想
一回目:なんだこれは。消化に時間かかるかも。
二回目:ラップも入れればよかったのに。
一点、犬王が面を取った下の顔は、も少し綺麗でも良かったんじゃないかね!?リエコが隣で「(忌野)清志郎さん!」って騒ぐしさぁ。ま、これも凡人の発想なのかな。
『犬王』は現在も絶賛上映中。歌の部分に当初はなかった歌詞の字幕が入り、ぐっと分かり易くなっているよ!
では、またねー。
引用:(C)2021 “INU-OH” Film Partners