Yayga!

イェイガ!(Yay!+映画)- 叫びたくなるような映画への思いを書き殴ります

『もらとりあむタマ子』

監督:山下敦弘 キャスト:前田敦子、康すおん/2013年

皆さん、こんニャちは、そして良いお年を。

ふかづめさんがさぁ~、「ねえ、そろそろ記事かこぉ~?」「映画への熱い思いを叫ぼおぉ~?」と嫌味を言ってくるので、はてブロを開いております。ので、って言うか、別に言われたから書くわけじゃないけどね。気が向いたからだもん。この「ぉ~?」って語尾がムカつくよねぇ。ブログの名前、『アンタが一等賞!嫌味一刀両断』に変えたらいいと思う。

私は元気です。言ったでしょう、今季サッカーが面白くて、なかなかブログ書く時間がないって。まぁ、あれから数か月の時が経ち、我がチーム(浦和レッズ)の戦績はあっという間に下降線を辿ったよ。点取れねえわ大量失点で負けまくるわ、監督の契約も終了したよ。キャスパー移籍するとか毎日うるせえし。いや!そうそう、最近迷惑してるのが、娘の友達のお父さん@スポーツ好き。毎週日曜日、かるた会に娘たちを迎えに行ってくれるんだけど、その車中で娘に「ユンカー移籍するらしいよ」とか言ってくるわけ。ノンノン、こっちはシーズン終了から毎日Twitterで誰か移籍しないか戦々恐々情報を追ってるの。キャスパーへのオファーなんてずっと前から知ってるし、何なら移籍の噂は今季数度目だよ。

でね、キャスパーは今シーズン最後の試合で「来シーズンもっと成長して戻って来る」とコメントしているし、つい最近はJリーグのツイートに片手を挙げた絵文字で返信したりしているの、移籍する人がそんなことしますか!?ええ、お父さんよぅ・・・(するわけない、するわけないんだから)。

 

浦和のTwitter貴公子キャスパー・ユンカー。監督解任発表直後のハロウィンに『キャスパ~』と言ってゴーストのキャスパーに自分の顔を貼っ付けた写真を投稿するなどサイコキャスパーな一面も覗かせる。

 

というわけで、今年三本目にして最後のブログはもらとりあむタマ子


◇あらすじ

東京の大学を出たものの、父親(康すおん)がひとりで暮らす甲府の実家に戻ってきて就職もせず、家業も手伝わず、ただひたすらに食っちゃ寝の毎日を送る23歳のタマ子前田敦子が、やがてわずかな一歩を踏み出すまでの1年を追う。(映画.com)

私、あっちゃん大好きなんです。AKBの時は存在くらいしか知らなかったから、役者としてのあっちゃんね。美形とは言い切り難い骨太な感じとか何故か不貞腐れて見える面構えとか良くない?AKB出身の役者で言えば大島優子もかなり好き。最近見ないけど、お芝居続けているのかな?

見どころは何と言っても、あっちゃんの、終始ダルそうに画面に陣取る所作と仏頂面から発される予想外の言葉。映画は朝の規則正しい生活音で始まる。料理好きの父は簡単ながらも主食と副菜を食卓に並べ、きちんと手を合わせると、その品々をポリポリむしゃむしゃと美味そうに咀嚼する。日も高くなってから起きてきたタマ子は顔も洗わず食卓につき、置いてある朝食を無造作に頬張る。

スポーツ用品店を営む父は、店の前に看板を出すなどのルーティン作業を経て、品出しをし、近隣の学生たちの相談に乗り、メガネを押し下げてカタログを読み込む。一日の労働を終え、夕飯の膳を整えた父の前で、寝ていたタマ子がむくりと起き上がりテレビを観て吐き捨てるように一言。「駄目だな、日本は」
もう、ここですごい笑った!! 一日中漫画を読んで食っちゃ寝の自堕落な様を見せつけておいての「駄目だな、日本は」、パンチ力ありすぎ!翌日も同じ光景が繰り返され、再びタマ子は言う。「ダメだ、日本」。

ついに我慢ができなくなった父は「駄目なのはお前だろ!少しは就職活動しろ!」と怒る。この時点で季節は「秋」だ。つまりタマ子、大学を卒業してから半年は、このような生活をしていることになる。怒られたタマ子はムッとし、口に食べ物を頬張ったまま言い返す。「たしだって、ふきがふればふごくわひょ!!(私だって時期が来れば動くわよ!)」「少なくとも、今ではない!」

ぶはははは!戦国武将ばりの好機の待ち方!

その後、何人かの人物が二人に関わり、父娘の生活に変化をもたらして行くのだけど、タマ子の自立や成長の物語を期待していると肩透かしを食らうことになるでしょう。むしろタマ子、最後までダメダメなままよ。楽しく料理を味わう父、ただ身体を維持するために口に突っ込む娘という対称的な構図と、必ずしも良好なわけでないが何となく居心地が良い二人の関係を観続けるのが楽しい映画だ。

 

食って漫画読んで寝倒すタマ子。


◇こういう手際の良さ好きです。

映画は78分で、も少し長くてもよかったのではと思ってしまうくらい短い。その中でいくつか差し込まれる手早い演出に、映画的な小気味よさを感じた。
例えば、大晦日の夜、父が作った年越し蕎麦に箸もつけず、ガラケーをカチカチといじるタマ子。帰省するはずの姉家族はまだ到着せず、連絡すると言っていた母からの電話もない。「今のうちに『明けましておめでとう』メールを打っている」と言うタマ子に、父が「その機転を就職活動に活かして下さいよ」とニヤニヤ嫌味を返す。静かな夜が過ぎていく。やがて車が停まる音とバタンバタン!とドアを開閉する大きな音が響き、姉がやって来たと知ったタマ子は意味もなくガラケーを開く。「タマ子は?荷物運んで!」という声がしてからようやく、面倒そうにコタツから玄関に向かった直後に、家の電話が鳴り始める・・・。

姉も母親も、結局最後まで画面に登場しないのだが、ここのシーンではお母さんが約束通り電話をかけてきたこと、お姉ちゃんは恐らくタマ子と正反対のしっかり者で、タマ子は父との気楽な暮らしが侵害されるのを少し疎ましく思っていることが描かれているんだよね。パタン、ガラケーを閉じる仕草は、しばしの間、姉の仕切りに付き合わねばならないタマ子の切替スイッチのようなものだと思う。

また、世間的には夏休みに入ったある日。このシーンの前に、タマ子は部屋着にママチャリで買い物に行った際、東京から帰省してきた元同級生と遭遇する気まずい体験をしている。彼女はおしゃれをして勇者の凱旋とばかりに輝いており、タマ子は挨拶もそこそこに逃げるように立ち去る・・・。
その同級生が、東京に戻るために駅のホームに立っているのを見かけるのだが、頬には涙が伝っている。キラキラして見えた彼女も実は東京に戻るのが辛い事情があるのか、はたまた、帰省中の田舎で涙を流すほど悲しい何かがあったのか。現在もなお逃亡中のタマ子には、その涙がどう映ったのか、彼女の心中を観客が想像する場面となっている。


◇訪れる変化

秋から始まり、冬、春、夏・・・と季節は移り変わっていくが、タマ子の状況は変わらない。そこに小さな変化をもたらすのが、もしかしたら父の再婚相手となるかもしれない曜子富田靖子の登場だ。現在の生活を邪魔されたくないタマ子は、彼女が講師を務めるアクセサリー教室に、近所のパシリの中学生を偵察に送り込む(この中坊が、いいキャラなんだよね)。

ここで気付くのが、これまでタマ子が関わっているのは身内やご近所さんといった言わば「テリトリー内」の人々で、適当な相槌や愛想笑いで誤魔化せてしまう人々だということね。そのため、実はタマ子が「どんな人物なのか」「何を考えているのか?」が観客に明かされるチャンスがないの。

テリトリーの外から現れた曜子は、父が好きになってもおかしくない魅力的な女性という点で得体の知れない脅威。曜子に欠点を見つけられなかったことで焦りを募らせたタマ子は彼女と直接話さざるを得なくなり、ようやく他人に自分から関わるタマ子を見た観客は、彼女が(やっぱりというか何というか)とても未成熟な人物であることを知る。「うわ、この子、ホントに駄目なんだ」と絶望してしまうくらい、言葉も喋り方も、思考回路も幼稚。ここはねえ、結構ショックだったよ。「タマ子よ、そこまでか」って思った。

パシリと思っている男の子も、実は逆にタマ子を「可哀そうな人」と思っているし、タマ子がダラダラしているうちに女の子と付き合い、やがて別れを経験して(それも「自然消滅」だって)大人への階段を登っている。タマ子だけが「東京に来る?」と誘うお母さんへの返事を保留にし、前に進もうとしていない。

ただコレ、タマ子に変化は訪れるのか成長するのかは、そんなに重要なんだろうかね?この父娘の問題は、考えればいくらでもある。言わずもがな、意志が弱く将来のことは先送りにするダメ娘と、その娘をしっかり教育できない父親。だが、それを眺めているのがオモシロおかしいとなったとき、映画の結末に、この二人が世間一般の常識に照らして「ちゃんとするかどうか」を求めるのは野暮なんじゃないだろーか。
苦役列車(2012年)でもそうだったけど、この監督は、目を逸らしたくなってしまうようなことを映すが、特に糾弾も擁護もしないといった印象だ。もちろん結論もない。だから「何が言いたかったの?」とか「結局立ち直らないんだね」という視点で観てしまうと、映画の中で愛すべきだった部分が見えなくなってしまう気がするんだよね。実際、世間にはこんな的外れな批評(↓)を堂々と上げている映画評論家もいるし。名前を出す必要もないだろう、いつものあの人だ。

実際は1年もひきこもればうつ病になり、事態は悪化するに決まっているのだが、映画はそうした現実のダークサイドには触れもせず、非現実的ノーテンキさに満ちている。世界設定が浮いているため、共感も教訓もないし、ドラマに深みもない。前田の演技力不足、役作り不足もあってすべてが芝居がかって見える。

ああん?何を言ってっだ。「実際は1年引きこもればうつ病になり」って、なるの??誰か1年くらい無職で家にいた人いませんか。漏れなく鬱病になるらしい。そして、それって「現実のダークサイド」なの?自身の文章の冒頭で山下監督について、『物語に抑揚がなく突出したキャラクターも出ないオフビートな作風が持ち味』と書いているのに、「ダークサイド」のドラマを描かないと「非現実的」になるとな。そして「非現実的」なドラマや、共感と教訓を得られない物語は低評価の理由になるとな。前田有一(←あ)を好きでないのは、自分の常識(それも生活圏内の経験値レベル)に照らし合わせて処理しきれない事実があれば映画自体の罪としてしまうからだ。どういった演技や役作りならば高評価に値するものなのかも、是非具体的に教えて欲しい。「35点」と点数つけてるんだが、根拠ってなんなのだろう?34点でも30点でもない理由って?

私が良いと思った映画を良くないと思う人がいたって(どうでも)いいし、その人の考えが通った感想なら「へえ」と興味深く読んだりもする。だけど、こんなんが映画評論として罷り通るんだったら、「ダメだな、日本」。

富田靖子の件をきっかけに「お前、家を出ろ」とついに言うことができたお父さん。タマ子は「合格」とニヤリとして返す。その何の根拠のない、ドンとした佇まいは冒頭と変わらず、彼女が今後どうするつもりなのかの回答はなく映画は終わる。武士は食わねど高楊枝とでもいうべきタマ子の佇まいが最後まで面白い。
あとエンディングの星野源の曲が良かったよ。

今年もベストテン的な総括記事を書きたかったけれど、恐らく無理だと思われるので、皆さん良いお年を。私の今年観た映画ベスト3は『ブルー・バイユー』(2021年)、『川の底からこんにちは』(2009年)、『犬王』(2021年)です!

(C)2013「もらとりあむタマ子」製作委員会