Yayga!

イェイガ!(Yay!+映画)- 叫びたくなるような映画への思いを書き殴ります

『犯罪「幸運」』

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監督:ドリス・ドゥリー キャスト:アルバ・ロルバケル、ビンツェンツ・キーファー/2012年
 
皆様、掃除はこれからですか。
最近、面白いことが二つありました。
 
娘は、NHKの『にほんごであそぼ』がお気に入りで、「汚れっちまった悲しみに・・・」などと口ずさんでいるので、「すごいねえ」と言いました。すると、姉が褒められれば同等の扱いを受けずには気が済まない弟が(逆もまた然りだが)、割り込んできて足を組み、私を見ながら気取った様子で歌い始めました。
 
コガネムシは~、金持ちだ~♪
金蔵建~てた蔵建てた~♪
 
うん・・・。なんだろね、キミって面白いよ。
 
その後、これをバカにした姉との間で戦争が勃発。息子の膝が娘の唇にクリーンヒットして流血事件に発展しました。息子に比べれば遥かに信頼のおける強く優しい系女子な娘ですが、これも結構な調子乗りで、ふざけすぎて乳歯のころ前歯を折ったことがあります。
 
もう一つは、リエコとLINEをしていたときのこと。彼女が「今日ラザニアを作ったよ〜」と言ってきたので、へえレシピ教えてと言ったら、秒で青の洞窟のリンクと「健康と信頼の日清」というコメントが送られてきました。専業主婦なのに手抜きを怠らず、独身時代の貯金で10万円の靴を買うリエコを私は愛しています。
 
さて、年内最後の更新です。
私も忙しいんです。掃除、洗濯、掃除、正月用にそれらしい料理の制作、また掃除。その合間に子供をシバき、上司のケツも蹴り上げなければなりません。
 
本日紹介する映画に、「2019年やなぎやアワード大賞」を差し上げます。
そんな賞があったんだぜ。 
 

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◇あらすじ
祖国の内戦で幸福な日々を奪われたイリーナ(アルバ・ロルバケル)は、ベルリンに流れ着き、「ナターシャ」という名の娼婦となっていた。彼女はある日、黒い犬を連れたホームレスの青年カッレ(ビンツェンツ・キーファー)と出会う。
 
2012年製作のドイツ映画。この二人の幸福を全力で祈らずにはいられない。
幸福とはなにか、愛とはなにか。うんざりするほど繰り返され、だが人が逃れられないテーマを、身を寄せ合って生きようとする男女を通して映した大変いい映画です。示唆に富んだ作品だと思うが、気取った感じや小難しさはない。

鑑賞時には、うっすいパンとハチミツを用意して臨むことをお勧めする。パンにハチミツで好きな相手の名前を書くと、なお良し。
 
何はともあれ、邦題やパッケージを見て避けないで欲しい(このパッケージはマシなの探してきたが、Amazonのはぎょっとする)。
原題は「Glück」(グリュック)、ドイツ語で「幸福」という意味だ。何がどうなって、『犯罪「幸運」』という題名になったのか、そしてあのようなグログロしいパッケージになったのかが皆目わからん。確かに一か所、目を逸らしたくなるシーンはある。だが、そこまで観続けた人間なら、その行為にむしろ嘆息せずにはいられないはずだ。
 
冒頭、イリーナの両親との幸福な日々、そして家族を襲った残酷な出来事が一切の台詞なくスローモーションで映される。故郷の赤い花畑と、ベルリンで生活するようになった彼女の銀髪の白々しさとの対比が印象的だ。
 
身を落としながらも踏み留まるイリーナの誠実さは、規則正しい生活の描写で伝えられる。仕事を終えて安ホテルに帰り、素顔になり、一枚のパンにハチミツを塗って窓際で食べる。食事の時はテーブルにクロスをかけ、きちんと皿を置く。監督の、人間が人間らしくある所以は生活にあるとする考えが見えるかのようだ。
 
強制送還の恐怖に怯えながら吐き気のするような相手に身体を売り、その日その日をどうにか食いつなぐ、そんな中でなぜ見知らぬ青年にブランケットなどを買い与えてやれるのか?どのような悪環境でも、イリーナの生来の優しさは損なわれないことが静かに伝えられる。ブランケットが、彼女の幸福の象徴である真っ赤な色であるのがまた切ない。
 
赤の色とともに、幸福な時代を思い起こさせるのは、ハチミツの黄金色。一人で食べていたパンは、やがて丁寧に半分に分けられようになり、またある日、食卓が三人になったときは、「これはステーキよ」とフォークとナイフで小さく切り分けられる。パンは、イリーナに人との繋がりができたことの幸福の象徴となる。
また、故郷から持ってきた羊と花の刺繍がされた白い布は、恐ろしい世界と自分を遮断するときに使われる。
 

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「カッレ」と書いているよ。
 
 
カッレくん
詳しい背景は語られないが、劣悪な家庭環境から路上で生活するようになったらしいカッレくんは、イリーナにブランケットをもらった後、彼女の後をくっついて回るようになる。やがて二人は、イリーナが自宅兼仕事場として借りた小さなアパートに一緒に住むように。イリーナは、彼に生活のために働くよう勧めるが、カッレくんは通行人に小銭を無心する以外の、生計の立て方を知らない。
 
そこで得たのは、新聞配達の仕事。これがなかなか厄介な作業だ。詳しく説明すると、自転車に新聞の束を積んで移動し、人々のポストに新聞を入れる。だが、ポストの口は非常に狭い。瞬時に適切な大きさを見極めて新聞を綺麗に折り畳み、スムーズに入り口に差し込まなければならない。つまり、この仕事は時間勝負だし、熟練の技術が必要なのだ・・・。
 
 
って、そんなわけあるか!
 
カッレは、新聞を折る気もなくズボッ!と無理くりポストの口に突っ込もうとするので、そりゃうまく入らないし、時には落ちる。それにイライラし、ついに新聞の束を投げ捨てて、花壇から盗んだ花を手土産にスキップしながらイリーナの家に戻るカッレ。すがすがしいほどダメな野郎だな!顔はめっちゃカワイイけど!
 
主にイリーナの方が彼に与える描写が続く。最初は赤いブランケット。シャワーと食べ物、住む家、愛情と忍耐。カッレが盗んできた花を、窓から投げ捨てることで、「私は貴方を見捨てない」ことを示す。また、これは終盤への布石ともなるのだが、徹底したベジタリアンであるカッレのために、手をかけて用意していた鶏肉をやはり同じ窓から投げ捨てる。繰り返される「捨てる」行為は本作の中で重要な意味を持っていて、イリーナがカッレに示す愛情、これを物理的に見せるのが、窓から捨てるという行為だ。

一方カッレも、耳や唇につけていたピアスを外し、長い髪を切り、自分のこだわりを捨てることでイリーナの愛情に応える。
 
 
捨てる=与える
穏やかな日々が過ごしていた矢先、「ナターシャ」の常連客の男が、彼女の部屋で心臓発作を起こして死んでしまう。人の死にショックを受けると同時に、警察と関わることができない事情を抱えるイリーナは動揺し、部屋を飛び出す。入れ違いに部屋に戻ってきたカッレは、彼女が客を殺したと勘違いをしてしまう。カッレはついにベジタリアンであることまでを捨て、イリーナに対する愛を示す。
 
・・・こう書くと、カッレがデブの客を食べたみたいなんだけど、比喩表現です。カッレは見るだけで嫌悪感を覚えるほど肉の生生しさと血が苦手。先に書いた通り、イリーナは彼のために、鶏肉を投げ捨てた。彼女に報いるため、カッレは巨大な肉塊を「調理」する(現にここで使用するのは調理用カッター)。
 
繰り返されてきた、「捨てることで与える」行為の集大成だ。カッレが最後の砦を崩してまで、イリーナに与えてもらったものを返すことが暗喩されている。私はここでカッレと一緒に泣いた。
 
案の定、どこかのレビューで、「死んだ人を切り刻むなんて不謹慎。それが愛だなんてただの美化だ」というコメントを見たけれどオーケー、学級委員長、道徳的に不謹慎であろうとなかろうと、デブの客はここでは「肉塊」なんだよ。
 
だからデブなの。ガリガリの客だったら、ベジタリアンのカッレが挑む肉としてふさわしくないだろ?
 
主に二人の世界だけを映す本作には、唯一、第三者がいる。死体損壊の罪で逮捕されたイリーナとカッレを担当することになる弁護士だ。生真面目で人の良い弁護士は、二人の事情を知るうち、「自分は愛のために罪を犯したことがない」ことに劣等感を感じる。そして彼は、事件の解決後、赤い花を花壇から盗んで愛する妻に贈るのである。
 
真面目な男が自身の正義を裏切り、自分にしか分かり得ない形で、これもまた愛のためにささやかな犠牲を払う。フフンフン、と頷きたくなるような小洒落た脚本ではないか。
やはりどこかのレビューで、「最後に弁護士が花を盗むのはちがうとおもいます」というコメントを見たが、オーケー、ちょっとおねえさんと温泉にでも浸かろう、委員長。
 
本作の登場人物は全員が誠実でピュア、表面だけなぞれば綺麗事に見えるかもしれないが、イリーナの優しさが絵空事を超えて、どうかこの二人を放っておいてやってくれ、という気持ちにさせられるんだなあ。
 
また、全編通して、音楽が良い。ラストの曲は、切なく痛々しい物語から一転、観た人をハッピーな気持ちにしてくれるだろう。
そんなわけで、私はこの映画に心を奪われました。是非、年末年始のお休みにどうぞ。ハチミツとパンを忘れないでください。
 
って、これ前にイクコさんがミーハーdeCINEMA』で賞賛してた映画じゃないの!
やられたわあ、流石イクコさんだわあ。イラストが美麗!!
 
さて皆様、今年も個性溢れる楽しい記事をありがとうございました。
 
イクコさんはもう持ち上げたからっと、5児の父の人、孤高の天才、北海道の素敵主婦、出張来ても連絡くれない南国の人、大体服着てない新潟県人、車とリンゴとコーヒーの人、内容で★の数を変えてくれる音楽を愛する会社員の人、ザッカリー狂の漫画家、旅好きカップル、お菓子のあい間に映画とサザンな人、神奈川在住二児のパパ、SF好きのコーイチさん。
 
今後もまた楽しませて下さい。あまり交流できず上に挙げることができなかった方、いつも★をありがとうございます。来年はよろしくお願いします。
 
う~ん、誰か忘れてるような気がするのよね・・・?
確か、Gがついたような?