Yayga!

イェイガ!(Yay!+映画)- 叫びたくなるような映画への思いを書き殴ります

『ナラタージュ』

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監督:行定勲 キャスト:松本潤有村架純/2017年

皆さん、ちは。
以前、うちは老人が多い地域だと書いたのだが、そのメリットデメリットははっきりしている。例えば、雨が降り出すとすぐに隣家の爺さんがピンポンして「洗濯物が濡れるぞ」と教えてくれる。なかなかさぁ、「あ、○○さんち洗濯物干しっぱなしだな~」って思ってもピンポンするまで少しの間は躊躇するよね。すぐよ、すぐ。なんなら、こっちも気づいて取り込もうとしているくらいのタイミング。

また先日ピンポーンとチャイムが鳴り、ドアを開けると、枝切りバサミを持った知らない爺さんが・・・!そしたら「外に忘れてるぞ、誰かに盗まれるぞ」って言って去っていった。うーん、誰かハサミを盗むかな?あと、誰かうちの前まで水撒いてくれる。親切と捉えるか過干渉と捉えるかは人に依ると思いますが・・・

デメリットはご町内の謎のマナー。じいさんばあさんばっかりなんで、よく人が死ぬわな。こないだもどっかの角のじいさんが死にました。斜め向かいの渡辺さん(優しくていい人)が訪ねて来て「お香典だけ持っていこうって話なのよ、私今夜行くから一緒に行こうか」と言ってくれた。金額も渡辺さんの言うままに用意したら、後ろの家のばあさんが訪ねてきて、私と行きましょうと言うのよ。要は町内会の班?かなんかが違うのだから渡辺さんと行くのはおかしい、私と行くのが筋でしょうって言うのね。え~。分からん。しかも、そのうち班長が回ってくるんだって!

さて、そんな感じで今日はですね、ナラタージュです。
ブログ友達でイケおじ(願望)管理職のとんぬらさんに「もっと甘い口調でブログを書いてくれ」と言われたので、相応しい題材を選びました。しゃぁぁぁ、恋愛映画、いくでー!

 

◇あらすじ

大学2年生の泉のもとに、高校時代の演劇部の顧問・葉山から、後輩たちの卒業公演への参加を依頼する電話がかかってくる。高校時代、泉は学校になじめずにいた自分を助けてくれた葉山に思いを寄せていたが、卒業式の日に起きたある出来事を胸にしまったまま、葉山のことを忘れようとしていた。しかし1年ぶりに葉山と再会したことで、抑えていた恋心を再燃させてしまう。(映画.com)

以前、友リエコと他の映画を観に行ったとき、本作『ナラタージュ』の予告が流れ、どうやら松潤と坂口健太郎の間で揺れる話だと理解したリエコが隣で「いや、坂口健太郎一択だろ」と呟いていた。果たして?

映画は、オフィスの窓から雨の夜空を眺める工藤泉有村架純の姿に始まる。「雨の日になると思い出す」というナレーションから時は戻り、彼女が教師の葉山 松本潤に恋した高校時代、また、葉山と再会する大学二年の夏の日が交互に描かれるといった構成だ。

高校時代は、昼休みに有村がMJの社会準備室を訪ねるシーンを中心に進んでいく。手作りのクッキーを摘まみながら、共通の趣味である映画について語り合い、DVDを貸し借りする昼休みのひととき。社会科準備室の扉を開けると、窓から入る暖かな光を背に「おう、今日は遅かったな」「座ったら?」と当然のように迎え入れてくれるMJは、有村の心の支えとなっていく・・・。
いいわ。ステキだわ、アオハルだわ。まさに『ポケットからきゅんです』。私もこんな高校生活を送りたかったわぁ。(←私的甘い口調)

ところでこの辺り、キュンとなりながらも物語上重要な「きっかけ」や「経緯」が飛ばされるので、首を傾げることも多いのね。二人の出会いは、ある雷雨の日、びしょ濡れで廊下を歩いている有村にMJが「ねえ」と声を掛けたことなのだが、そのシーンはそれでプツリと終わってしまう。別の日、有村が制服のままプールに落ちる事件があり、普段は草食動物のように温厚なMJが、監督していた教師の胸倉を掴んで食ってかかるのだが、一体有村は何故プールに落ちたのか説明もなければ、MJがそこまで激高するほど有村を特別に思うようになった背景も光のスピードで吹っ飛ばされる。

また、卒業間近のある日、「先生、恋人いますか」と有村に訊かれたMJは、「少し、歩こうか」と気取って立ち上がり、次のショットでは曇った空の下、汚い水辺を歩きながら重苦しい悩みを打ち明けてくる。相手、生徒だからネ・・・。しかもお前に好意寄せてんの。重いし甘え過ぎだって。上記のプールのシーンでは「突然キレるMJ感」が否めないし、現役生徒に突然プライベートの話をするなど怪しさ満載、MJの人物像がよくわからん。もちろん二人の関係を効果的に演出するために敢えてここでは描かずに後半へ送ったのだと思うんだけど、高校で生徒と教師が特殊な関係になった背景や有村がMJを愛した理由が伝わりにくく、唐突感が否めないんである。あ、MJの悪口を言ってんじゃないのよ?そこはよろしくね(※)

※義妹(弟の嫁)とその姉が熱烈な嵐ファンであるため忖度。でも好きなのは確か相葉。

高校生の恋愛映画あるあるも健在で、すなわち、有村が用があるときMJは『必ずいつも一人でいる問題』。嫌われ者ならともかく、生徒から信頼されており面倒見のいい先生という設定なので、まぁどう考えてもいつも人に囲まれているはずだろう。だが、有村が話したいとき、MJはいつも一人きりで「どうした?」と振り向いてくれる。要は都合により「二人の世界」が作られ過ぎていて、学校の廊下にすら誰もいなくなるので、「他の人間どこいったーい」と失笑してしまう。更に、いつも深刻な顔でぼそぼそと話し、言いかけてはやめたりするもんで「暗いカップルだな・・・」「家庭に問題でもあるんですか?」ってね(家庭に問題あるんだけどさ)。
それにしても、作品上、雨が重要な要素とは言え、架純ちゃんはよくびしょ濡れになるコである。

 

◇坂口とMJの天然

大学二年の夏休み、有村はかつて所属していた母校の演劇部に、文化祭で発表する劇のため助っ人として参加する。そこでMJと再会するわけだが、この時に他の元部員に誘われてやってきたのが坂口健太郎演じる小野だった。演劇経験を持つ坂口は元同級生たちと比べてスマートで、先輩の彼女に言い寄られて所属していた劇団を辞めたなどの逸話を持つモテ男。そして演劇部で共に過ごすうちに有村に惹かれていく。なるほど、これは先生(MJ)、分が悪いわ・・・。と思ったんだけど、坂口の天然が各所で爆笑を引き起こす。やたらと「将来何をしたいの?」と誰かが誰かに訊くこの映画だが、あるとき坂口は有村に打ち明ける。
「おれさ、靴を作りたいんだ」。

靴??

靴とな。貴乃花の息子くらいしか思い浮かばないんだが、靴作りたいの?あなた演劇やりたいんじゃなかったの?役者をやってるうちに裏方に興味を持ったとかじゃなくて、靴限定なのね?まぁまぁ、自由ですよ、それは。さらに健太郎は言う。

「試作品があるんだけど、うちに見に来ない?」

試作品が、あるんだ・・・。なら行かねばならんやな。あにはからんや。さもあらん。ここで「うちで飲み直さない?」と誘われたならば、架純ちゃんも「明日も早いから」とか「うーん、私一人でお邪魔するのはどうかな?」と断ったと思う。しかし「オレが作った靴、見に来ないか?」と言われたら、「ああ、靴・・・?じゃあ見に行かなきゃかしら?」となるわな。

さて、ここで観客は思い出す。健太郎は初対面の際、架純ちゃんに「靴のサイズ、何センチ?」と訊き、「そんな風に聞かれると恥ずかしいな」と恥じらわせているのである。私も「ヘンな奴だな」と思ったけど、彼は靴職人になりたいのであって、別に下着のサイズを訊くような疚しい気持ちではなかったんだな。やっと分かったわ。

そして、そうなのです、坂口の部屋に上がり、「履いてみて」と試作品を差し出された有村が足を通せばサイズはぴったり。有村のことを想って作った靴だったのだ。こうなるともう、それはシンデレラやないかい。しかし、MJを忘れらない有村は「ごめん」と健太郎を突き放す。ほなシンデレラと違うかぁ。

靴職人坂口のアプローチにより、笑いのツボを刺激され箸が転がってもおかしい状態になった私は、次のシーンで映画館から出てきた有村が、雨空を見上げながら呟くセリフにも爆笑。「傘が、なかった」。それはもう『傘がない』やないかい。しかし、偶然にも同じ映画館にいたMJが傘を差しだす。傘、あったやないかい。というか、架純ちゃんがよくズブ濡れになるのは、天気予報を見ないコなのかな?

さらに次はMJである。坂口の思わぬ靴アタックにより風邪を引いて寝込んでしまった有村。そこへMJがスーパーの袋を下げて見舞いに来る。「演劇部の手伝いで無理をさせたかな?」と気遣いながら、おかゆを作ってくれる(こんなことして好きになるなって無茶だわ、せんせぇさぁ)。ベッドでおかゆを食べる有村の横に付き添ったMJは、りんごを取り上げ、言う。
「りんごは、すりおろしでいいかな」

りんごは、すりおろしでいいかな!?

風邪のときにリンゴを擦り下ろして食べるのは絶対ルールじゃないし、やるとしても5歳児まで!うちの甘えっこの娘なら「擦り下ろして」って言うかもだから、百歩譲って10歳まで!もお。冗談キツイわぁ、せんせぇ。いやマジよ。皆さん、わたしの創作だと思ってるでしょ?ホントに言うの、気取った眼鏡のクソ真面目な顔で「すりおろしで、いいかな?」って。

ハイ、そこで架純ちゃんが「いやだぁ、子供じゃないんですよ」と返す!「そうか、悪い悪い」と金田一のごとく毛量の多い髪をかくMJ!ほっこりした空気が二人の仲を近づけて・・・ってシナリオかと思いきや、訊かれた架純ちゃん、コクンと頷く。え、摺り下ろされたいの、あなたも?
「病気のときに見舞いに来てなんか起こる」はラブストーリーの王道だと思うんだけどさ、すりおろしのせいでリンゴばかりに目が行ってしまう。病床のドキドキを返せ。

一方で有村は、告白を断った後も坂口と友人関係を続けていた。演劇部の文化祭での発表が盛況のうちに終わり、興奮冷めやらぬ雰囲気の中、坂口が有村に言う。

「オレさ、この後実家に帰るんだけど、一緒に行かない?」

実家に、一緒に??

再度書くが、二人は「友人関係」である。付き合って二年のカポーではない。お前は何を言ってるんだ?ここで「打ち上げでもしない?」と誘われたならば、架純ちゃんも「じゃあ、他の皆も誘おうか」と返したと思う。しかし「実家に来ないか?」と言われたら、「ああ、実家・・・?じゃあ皆で行くのは珍妙でんがなそりゃ。私ひとりでお邪魔しよかー」となるわな。

しかも、坂口は有村にフラられているのである。その相手を突然実家に連れて行こうとする坂口の浮世離れ感、天然、強心臓、もうどうにもならタージュ。
そして、バイクで二人乗りして出発した。盗んだバイクで走りだす~♪ ああ、盗んではいないのね、じゃあ尾崎じゃないやないかい。

坂口の実家は京都の良家と思われ、お父さんもお母さんもお姉ちゃんもめっちゃいい人だった。立派な和室に泊めてもらい、素敵な庭を散策して二人で空を見上げた。京都観光もした。そして別れ際、架純ちゃんは坂口の気持ちに応える。「私と付き合ってくれますか?」

よし、ここで終わろう!終わりだ~、終わり、みんなもう帰って!予想と違って噛ませ犬はMJの方だったが、意外性もこれ良し。架純ちゃんは、はっきりしないメガネを切り、新しい恋に踏み出しましたっと。私はここで観るのを止めたい。

だがしかし、ここで映画はまだ半分だ!


◇甘えんぼうのMJ、モンスター化する坂口

すりおろしりんごで天然爆発させたMJの甘えんぼうは続く。MJは以前の結婚生活で負った傷を引きずっていた。妻との関係に向き合えないまま、有村が自分に寄せる信頼と好意に甘え、度々彼女に救いを求めてしまうのだ。それは、突然夜中に電話を掛けてきて「いま少し話してもいいかな?」という程度の細やかなものなのだが、煮え切らないMJから離れて坂口と前に進もうとしている有村にとっては十分に心乱される行為。そして全身をハリネズミのように尖らせ、二人を気にしている坂口にとっては裏切りに等しい行為。優しかった坂口は、携帯を見せろと迫ったり、些細なことで怒鳴るような粘着男に変貌してしまう。こーわーいーわー。あの細マッチョな身体と削げた頬も大変苦手ですぅ。リエコさん、一択じゃなかったです。有村が夜道で変な男に付けられ、坂口に電話する・・・というくだりがあるのだが、坂口の反応とMJの反応の違いが、その後の展開を予見させるのがよかったな。

さて本作、長く感じてしまうのが難点だ。上述したが、前半で色々思わせぶりに溜めたものを後半で明らかにしていくと言う流れに加え、差し込まれるエピソードが少々多かったかな?と思う。皆さんも私のダラダラした文章のせいで長いと感じられたことでしょう。私は、こんなシンプルな映画について何故5000字も書いているのですか?とんぬらさんのせいだよ。ボーナスの査定とかしてんじゃねェェェ!

後半は決して悪くなかったし、止まっていた懐中時計が時を刻み出すラストもよかったと思う。有村がやはりMJを諦められないことを痛感し、坂口に「ごめんなさい」と告げて靴を脱ぐシーケンスは悲しかった。

各所レビューでは辛口点がつけられ、「MJは浮気男」「束縛男の坂口が最低」「有村架純はどっちつかずフラフラ」と言った意見が多かったけど、そうかな!?MJは有村の気持ちに甘えてしまったけれど、自分の「弱さ」と向き合おうとしていた。坂口は有村を手に入れたのに、疑心暗鬼になって自分で自分を苦しめた。そして有村は全編を通して凛として心優しく、MJが「優しくて頼りになる先生」でない側面を見せても躊躇せずに受け止めるいじらしい子ォであった。

逆に思うんだけど、みんなそんなにキレイで誠実な恋愛をしているの!?いや、恋愛のみならず、常に道から逸れず人を裏切らず傷つけずに生きているの?だとしたら、ごりっぱですねとしか言いようがない。
まあただ、「この映画どうでしたか」と聞かれたら、「靴」と「りんごのすりおろし」「実家」といった全然重要じゃないワードに集約されてしまうんだけどね・・・。

最後はこの言葉でお別れしましょう。

恋にならタージュ。。。でも最後は笑って、さよならタージュ!

とんぬらさん、女子っぽいレビューいかがでしたでしょうか?がんばって書いたんだからねっ。

『2021年に観た映画雑感&ベスト3』のつづき

リトル・ヤナギヤ「皆さん、こんにちは♡コロナ禍の赤坂から、爽やかなヤナギヤがお送りします」
やなぎや「あ、韻踏んだ。バーカ」
リトル「アハハハ」
やなぎや「こないだ会社の娘っ子から勧められて韓国のBLを読んだんだけどさ~、すんごい過激だった」
リトル「休日にいきなりBLの話やめてくれない?BLの話をするにはさ、まずお作法が必要なのよ。『私、普段漫画は読んでもBLとか読まない人なんだけど、やんごとなき事情と切っ掛けにより最近読む機会があって。そしたら悪くないのもあって。だから、たまーに読むこともあるわ。あくまで限られた状況下での話なんだけどね?』と用心しいしい足を突っ込んで欲しいわけ。通常仕様の中にナチュラルに『BL』が存在するような人間を、世間様が認めると思うかい?
やなぎや「めんどくせぇな!だから『会社の娘っ子から勧められて』って言ってるじゃん」
リトル「あ、うそなの?ホントは自分で漁ってるんだ?」
やなぎや「現代のBLってキツくてさ、でもそれ(題名を忘れた)朝鮮時代だったから面白く読めた。貴族の若君と賤民の春画家の話で、当たり前だけど、この時代の身分差って絶対的なものだったんだね」
リトル「ああ、そう(爪を磨きながら)」
やなぎや「これはリエコに言わなければと思って勧めたら、『あとでお風呂で読む』と返ってきた。旦那にバレたくないものは大体風呂に持ち込んでるの」
リトル「クローゼットの中にも隠してるわよね」
やなぎや「で、夜中に『読んだ、作者頭おかしくない?エロ過ぎる』ってメール来た」

リトル「前振りのBLはこれくらいにして、早速先週の続きに行きましょう」
やなぎや「まず『特別賞』を二本、その後、数本感想書いて、ベスト3を挙げます!」

 

◇『ダーク・アンド・ウィケッド』

2020年製作/95分/アメリ
監督:ブライアン・ベルティノ キャスト:マリン・アイルランド、マイケル・アボット・Jr.

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リトル「映画館で観た三本のうち最後の一本ね。Twitterの友達のinoちゃんが激推ししていたから観に行ったのよね」
やなぎや「inoちゃんのあの勧め方で間違いなしの予感はしたけど怖かった!!」
リトル「ルイーズとマイケルの姉弟は病気の父の最期を看取るため、長年足が遠のいていたテキサスの実家を訪れる。でも母親は『来るなと言ったのに』と歓迎せず、奇妙なことを口走ったりと様子がおかしい。で、ある夜、納屋で首を吊って死んでしまう・・・。ホラーでよくある、何故か近寄りたくない実家って、それだけで不気味よね~」
やなぎや「悪魔系だと、人気のジェームズ・ワン死霊館シリーズ、私も大好きだけど、あれって起承転結がはっきりしてるじゃない?怪異が起こる⇒家族が苦しむ⇒霊能者夫妻に助けを求める⇒夫妻が調査をする⇒攻撃が激しくなる⇒一度挫折する⇒夫妻が怪異の原因を突き止める⇒悪魔を撃退する・・・。最後に祓ったはずの悪魔が誰かに憑依していてニヤリ、なんて古風なショットもない。すごく現代っぽいホラーで、ミステリーの要素も強いんだよね。『意外な真実』があって、その真実を夫妻が暴くことにより悪魔を倒す。実にスッキリするのよ。比較すると、『ダーク・アンド・ウィケッド』には起承転結も意外な真実もない」
リトル「ワケがわからんと評価している人達は、スッキリ感を求めたのかもね」
やなぎや「だけど、そこの凄さだよ!人が本能で危機感を感じるような嫌なモノをポンポンと配置して見せ、悪魔の姿は最後まで映さず、観る人の恐怖心をじわじわと内側から煽る。印象的な映画って、観た後に思い浮かぶショットが多いじゃない?この映画もそうだった」
リトル「家畜小屋、無数にブラさげられた悪魔よけ、お母さんの高速人参切り、指、お父さんの顔・・・」
やなぎや「ヤギ」
リトル「ヤギね!嫌なショットが重なるにつれ、『なんか来る!なにか起こる、怖い!』と潜在的な恐怖が掻き立てられるというか、ああそうか、だからコレって年食ってれば食ってるほど怖いのかしら?」
やなぎや「でも一番怖かったのは神父」
リトルソーン神父、イヤだったわー!!突然訪ねて来て、姉弟が亡くなったお母さんの日記を見せると、『悪魔はいる』と妙に思わせぶりでカンに触わる態度を取るのよね」
やなぎや「で、深夜三時、庭に誰かいる・・・。姉弟が見てみると何故か神父が立っている・・・」
リトル「で、のちに神父に電話を掛けてみたら『私はテキサスには行っていない、ずっとシカゴにいる』って。じゃあアレ、誰・・・?
やなぎやKOEEEEEEE!!あと、突っ込んだのは、『おい、弟逃げるんか!』だね」
リトル「あ、あれはびっくりした。あんた何帰ってんの!?って」
やなぎや「これさ、キリスト教徒だったりすると、もっと怖いのかな?」
リトル「知らんけど、とにかく不気味だった」


◇『トゥルーノース』

2020年製作/94分/日本・インドネシア合作
監督:清水ハン栄治 キャスト:ジョエル・サットン、マイケル・ササキ

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やなぎや「何気なしに観始めて、一気に観てしまい、涙にくれたんですけど」
リトル「ですけど、ってやめてくれない?世の中、言語化能力のなさを、過剰な敬語や意味のない語尾でごまかす輩が跋扈していてイライラしてんのよ。こないださー、仕事ですごいメール見たのよ!お客さんから転送されてきたシステム会社のメールなんだけど・・・『(略)~が存在しません為、動作が不能となります状況となっております。また、レコード情報等もございません状況となりますので、ご承知頂けますようお願い致します』。もはや何かの病気だろ!やたら『こちら』を付けるヤツも嫌い」
やなぎや「今日はいつもに輪をかけて面倒くさいね。さて、この映画の舞台は金正日体制下の北朝鮮。主人公の少年ヨハンは、父親が政治犯の疑いで逮捕されたことで、母親と妹とともに強制収容所に送られてしまう。過酷すぎる収容所での生活の中、ヨハンは徐々に自分を失っていく」
リトル「監督の清水ハン栄治が、実際に収容所を知る脱北者に行ったインタビューを元に10年をかけて作り上げた作品だそうよ」
やなぎや「これが現在進行形の話なのが今でも信じられない。アニメにしたのは、実写にしたらリスキーだからだよね?」
リトル「アニメでも十分リスキーで挑戦的な作品でしょ。私はこういう話ってさ、もちろん体制自体も恐ろしいんだけど、迫害される側にヒエラルキーができてくるのが興味深く且つ怖いなって思うのよね~。ホロコーストでのゾンダーコマンドとかもそうじゃない。その日の糧、僅かな生の可能性を得るために、同胞から搾取する側に回る」
やなぎや「この映画もそうだったね。収容者の中でもパワーのある者が、弱い仲間を虐げる。恐ろしい環境でも踏ん張っていたヨハンが、ついに『支配者』となってしまう背景がすごくよく描かれていたよね」
リトル「お母さんの愛情深さと優しさが切なかった。あと『赤とんぼ』のところで涙が・・・」
やなぎや北朝鮮の収容所の状況を垣間見ることができるだけじゃなくて、エンタメとしても良くできていたよね」
リトル「ラストは予測はしていたものの『ああ、そうなったか』と涙を抑えられなかったわ」
やなぎや「めっちゃ泣いてんじゃん」
リトル「別に私、鬼じゃねぇんだよ」


◇『国家誘拐』

2007年製作/122分/アメリ
監督:ギャビン・フッド キャスト:ジェイク・ギレンホールリース・ウィザースプーン

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あらすじ:
CIA分析官のダグラスジェイク・ギレンホールは、赴任先の北アフリカ自爆テロに遭遇する。容疑者として拘束されたエジプト系アメリカ人の男性アンウォー(オマー・メトウォリー)北アフリカへと送られ、秘密警察による拷問を受ける。一方、夫が帰ってこないことを不審に思ったアンウォーの妻イザベラリース・ウィザースプーンは、彼がテロ容疑者として国外追放処分されたことを知る。(映画.com)

やなぎや「ジェイクー!!結婚してくれ!」
リトル「うるさい!!」
やなぎや「ジェイクの肌がツヤツヤすぎると思ったら、2007年の映画でした。27歳だよ」
リトル「邦題ひどいわね」
やなぎや「原題『Rendition』。逃亡者などの州や国を跨いだ引き渡しって意味かな。一旦テロリストと認識されてしまったら誤解だろうがなんだろうが、冤罪を晴らす術がない・・・ってとこに改めてゾッとした」
リトル「とはいえ『俺はテロリストじゃない!』と訴えるアンウォーに怪しい行動が浮上したり、最後まで『こいつはテロリストか否か?』と惑わせる作りになっているよね」
やなぎや「見どころの一つはやっぱりジェイク。一応の出世欲がありエリート気取って、拷問も辞さないタフガイに徹しようとするんだけど、自分の正義を裏切れないところが実にジェイクらしいキャラだった。冷酷な諜報員とか似合わないわ」
リトル「アンウォーを独断で逃がすんだけど、いつバレるか知れない中で刑務所の門を出ることができるか・・・ってあそこがすっごいスリリングだった。ああいうとこ、ジェイクはホントに上手」
やなぎや「そして、この作品にはもう一つ、びっくりするような罠が仕掛けられているのだ~」
リトル「途中で『ん??』って違和感を覚えた場面が、最後にああそういうことだったのかと繋がるから、その違和感を無視しないで覚えていてほしい!」
やなぎや「何故あまり知られていないのかが不思議なくらい面白い映画だったので、是非!!」


◇『パーフェクト・ケア』

2020年製作/118分/アメリ
監督:J・ブレイクソン キャスト:ロザムンド・パイクピーター・ディンクレイジ

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リトル「これは面白かったわね~。なんと言ってもロザムンド・パイク演じる法定後見人マーラの鬼の所業(笑)。医者と結託して、ターゲットの高齢者に自活能力なしと偽の診断を下させ、施設に放り込んで財産も住処も取り上げてしまう」
やなぎや「本来、救済措置であるはずの制度を逆手にとったうまいビジネスなんだけど、少しは良心ないのか、と思うくらいひどい!」
リトル「あるときカモにした『超優良物件』の老女に実は裏があった・・・というところから物語が大きく展開する。命に係わるような事態になるんだけど、面白いのが、逃げ続けるんじゃなくて反撃に出るところよねっ」
やなぎや「脅しに来たロシアンマフィアの弁護士を、眉も動かさず追い返すオフィスのシーンがお気に入り。セットアップのスーツ姿がカッコよくてさ」
リトル「それを言うなら、ボス、ローマンとの対峙シーンでしょ。殴られても動じないパイクだけど、流石にヤバイと思ったのか、自らをマフィアに売り込み出す!」
やなぎや「で、これまでの非道を見てるもんで、『あれ、この人ならマフィアで立派にやっていけるかも・・・?』と思っちゃう。説得力が半端ない」
リトル「その後、池に沈められた車から脱出して、近くのコンビニでズブ濡れのまま牛乳を呷る、店主も何も言えず・・・の場面が良かったわ笑」
やなぎや「目が据わっててパイクのエンジンがかかり出した・・・って感じだったよね。普通なら逃亡劇になりそうなところだけど、反撃するんだ!?って。あと、パートナーの女の子が可愛かった」
リトル「でも、凡庸すぎるラストで、やや減点かしら。なんでああしたんだろ?そこはもう、パイクの高笑いで終わっていいわよ」
やなぎや「奢れるものは久しからず&悪は滅びるの定石を重要視したのかね。ポリコレ連中の批判を避けるためとか」
リトル「ポリコレって言えば、ちょっとLGBTQへの目配せはウザくなかった?主人公がゲイなのはいいとしても、自信満々の伊達男をやり込めたり、相手のボスが小人症だったり、鼻についたかな」
やなぎや「まぁそれは差し引いても、パイクの振り切り具合がヤバかったね」


やなぎや「ここでひとつ、ワーストを発表したいと思います。ドコドコドコ(太鼓)・・・」

◇『来る』

2018年製作/134分/日本
監督:中島哲也 キャスト:岡田准一黒木華

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リトル「ひたすらツラかった・・・」
やなぎや「来る・・・きっと来る・・・って待ってたら、何も来ずに終わった」
リトル「これ、映画も原作の澤村伊智の小説も掴みは良いのよ。土地や家に代々取り憑き、密かに語り継がれる『何か』。災いは大人になっても付きまとい、大切な人たちまで害する。家族を救おうと霊能者が解明に乗り出す、ってめっちゃ面白そうじゃない」
やなぎや「男目線と女目線で家族の捉え方が全く違ったって視点も面白い。ただ、原作もそこまでなんだよね~。要はお勉強不足なんだと思う。この種の話って民俗学を疎かにすると一気に陳腐になるでしょう。で、映画は、小松菜奈松たか子のキャラに頼ったもんで更にダメになってしまった」
リトル「『僕は彼女以上の霊能者を知らない・・・』って煽り文句とともに派手に登場した小松菜奈が何をしたか」
やなぎや「主に子守り(笑)」
リトル「子供と遊んで風呂入ってたわよね(笑) 。松たか子はブサイクだし・・・。巷では、つまんねぇ評と『小松菜奈の太ももと松たか子のコスだけでご馳走様♡』な、おりこう評に別れてたけど、いや、だったらもっとやれるでしょ」
やなぎや「極めつけは、かき集めた霊能者がマンション前で各々お祓いしまくるシーンね」
リトル「あれは爆笑。正体不明の何十人もの霊能者が入り乱れ宗教錯綜で行うエキセントリック・パフォーマンス。なんの奇祭??マンションの庭で何が始まった!?『来る』ってのは、お前らだったのかって」
やなぎや「わたし中島監督作品では、かなり高い確率で『何が始まったの?』って戸惑ってる気がする」
リトル「戸惑ったあと戻って来れればいいけどさー、戻って来られないまま更に道に迷って終わるのが中島作品だと思う。『渇き。』とかクッソつまんなかったもん。今回も期待を裏切らなかったわ」
やなぎや「では、次はベスト3です!」

 


◇第三位『BLUE ブルー』

感想はこちら。

yanagiyashujin.hatenablog.com


やなぎや「まーつーやーまーけーんーいーちー」
リトル「疲れてきたわね・・・?」
やなぎや「もう、これは散々感想書いているから」
リトル松山ケンイチの力の抜けた芝居や、柔らかな空気感が忘れられないわね」
やなぎや「ただ、1点懸念がありまして。松山ケンイチ、柔らかすぎやしないか?』問題」
リトル「・・・それがいいって言ってたから、私も乗っかってるのよ?」
やなぎや「いや、意図的ならいいんだけど、この人ってメソッド俳優ってやつでしょ。プライベート含めた色んなこと、考え方だったり年齢だったりが、演技に影響してくるタイプだと思うのよ。最近結構、メディアでも目にするし・・・。柔軟になりすぎないで欲しい。多少は気難しくピリピリしてて欲しい」
リトル「手紙でも書いたらいいね」


◇第二位『僕のワンダフル・ライフ

2017年製作/100分/アメリ
監督:ラッセ・ハルストレム キャスト:デニス・クエイドペギー・リプトン

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やなぎや「二位は僕のワンダフル・ライフにしました!」
リトル「なにか作為的なものを感じるわ・・・。ホントにこれが二位?バランス調整のためだろ?今回もラインナップひどいもんな。テロリスト、詐欺、マフィア、悪魔、北朝鮮『動物』を無理くり入れて、少しでもほっこりさせよう作戦だろ」
やなぎや「違うよ。動物ならホラ、上の『ダーク・アンド・ウィケッド』でヤギが出てきているのだし・・・」
リトル「何十頭もの死んだヤギじゃん!二重の意味でスケープゴートじゃん!
やなぎや「あ、ちょっと待って。悪魔だなんだって言ってたら、降りてきた・・・ライムが。パンチラインが。お願い、韻を踏ませて」

・悪魔の仕業 Mama 指チョンパ♪ 逆さ 十字架 悪魔の仕草(『ダーク・アンド・ウィケッド』)
NorthKorea こりゃこりゃ ホラー トゥルーノース 生活過酷  明かす真実 Papa生きてた(『トゥルーノース』)

リトル『NorthKorea こりゃこりゃ ホラー』はブン殴られても仕方ないレベルだと思う。あと、全然踏んでねぇよ、全部一文字だよ」
やなぎや「ところで、リトルは、この映画でも泣いていたよね」
リトル「あのね、世の中にはさ、犬派?猫派?論が存在するじゃない?」
やなぎや「また世の中の話か~、8000字超えそうだから、手短かにね」
リトル「『犬猫どっち派』論がド低能な上に茶番も甚だしいんで、私はこの話が始まったら絶対参加しないようにしてるのよ!始めは互いに気を遣っていても、そのうち、自分のペットの良さを主張するために相手のペットを貶めだすでしょ?そこで犬派が挙げるのが94%の確率で『犬は(猫と違って)忠誠心が厚い』なのよ。『猫は飼い主の心配したりしないでしょ~?』って。一方の猫派は『気まぐれなところがかわいいんじゃな~い』『毎日散歩したり、お風呂入れたりするのも、私は時間がなくてできないな~』と応戦。もはや犬と猫の話ではなく、『飼っている私』の人間性の競い合い、マウントの取り合いにすら発展していくのよ・・・」
やなぎや「考えすぎだよ。で、リトルはどっち派なの?」
リトル「猫派よ!」
やなぎや「この映画の良かったところは?」
リトル「犬のいじらしいまでの忠誠心よォォォ~!!喉が痛くなるくらい泣いたわよ!」

やなぎやゴールデン・レトリバーの子犬ベイリーと飼い主の少年イーサンは固い絆で結ばれ、共に成長していく。やがて寿命を迎えたベイリーは、再びイーサンに巡り合うため、姿を変えて転生を繰り返す、ってストーリー」
リトル「犬の生まれ変わりの物語って斬新。ベイリーが、イーサンに名前を呼ばれるのが大好きなのよね。『ベイリー!ベイリー!ベイリー!』『ボスドッグ!』の呼び方が耳に残るわ」
やなぎや「高校生になり、アメフトの花形選手として将来有望なイーサンだったけど、ある事件により可能性を絶たれてしまう。寿命を迎えたベイリーは、イーサンのことが気がかりでならないんだよね。それで別の犬として何度も生まれ変わる。いじらしすぎる」
リトル「数度の転生を経て、ベイリーはようやくイーサンデニス・クエイドと再会するんだけど、イーサンはボスドッグだとは気づかない。ただ、一緒に過ごすうち仕草でこの犬はあのベイリーなのでは?と思い始めるの」
やなぎや「確信を得るために、イーサンは二人(一人と一匹か)の間の大切な儀式を試す。イーサンがボールを投げ、すかさず四つん這いになる。そこへベイリーがイーサンの背をジャンプ台にしてボールを空中でキャッチする、という二人だけが知る遊び」

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リトル「これね!数十年を経て、再びこのジャンプ&キャッチは蘇るのか、、、未見の人には是非観てほしいわ」
やなぎや「ちなみに、私はこれを観る前にふかづめさんのブログで読んでしまっていて。ちょっと『シネマ一刀両断』から、このシーンの説明を抜粋するね」

 

hukadume7272.hatenablog.com

それはイーサンが天高くラグビーボールを放り投げたあと、すかさず「アッ、女王様!」と叫んで四つん這いになり、助走をつけてきたベイリーが「このブタ野郎!」とばかりにイーサンの背中を踏んでジャンプ、落ちてきたラグビーボールを空中で見事キャッチするというもの。その名もSMキャッチという技である。

 

リトル「いや、ちがう。『SMキャッチという技』はこの世に存在しません」
やなぎや「この評の後に映画を観たために、最大の感動シーンで『アッ、女王様!』『このブタ野郎!』が再生されるという恐ろしい呪いが」
リトル最悪な呪いね!ところで、これって続編があるでしょ?『僕のワンダフル・ジャーニー』(2019)」
やなぎや「そっちも観たよ!続編は、ベイリーがイーサンの孫娘CJの人生に寄り添うストーリーなの。こちらも面白いんだけど、やっぱり最後にはベイリーは年老いたイーサンの元へ導かれ、例の『アッ、女王様!』『このブタ野郎!』、じゃなかった、ボールキャッチでベイリーであることを証明してみせる。必ずイーサンの元に帰るんだよね。ベイリーとイーサンの絆を越えるものはないのではないかと。それでこちらをベスト2にしたよ」


◇第一位『プライベート・ウォー』

yanagiyashujin.hatenablog.com

やなぎや「感想はこちら↑。思い返しても、この映画が一番心を持っていかれたな」
リトル「ラ・ペルラの下着ね!」
やなぎやロザムンド・パイクの年だったなー」

リトル「というわけで、やっと2021年の総括が終了したわね。8400字。誰か最後まで読んでくれるといいわね」
やなぎや「また通常の更新を頑張っていきます。恐らく・・・一ヶ月・・・以内に・・・お会いしましょう・・・」
リトル「めっちゃ自信なさそう」

『2021年に観た映画雑感&ベスト3』

リトル・ヤナギヤ「皆さん、こんにちは!リトル・ヤナギヤです♡お久しぶりね。なんと約3ヶ月ぶりの更新ですって!ヤバ。」
やなぎや「生きてます、ギリギリ生きてます。というわけで、遅まきながら『2021年に観た映画雑感&ベスト3』です」
リトル「ぶっ。2022年も明けて21日というのに、去年の話をするの?」
やなぎや「そもそも私は映画館で観る数が少ないから、その年公開された映画の感想ってあまり書けないのね。それで『○○年に観た映画ベスト』にしてるんだけど、だから逆に、どのタイミングでも成り立つわけ」
リトル『2021年1月1日~2022年1月21日までに観た映画雑感』ってわけね」
やなぎや「まどろっこしいけどな」

※初めて読む方のために〜リトル・ヤナギヤは、やなぎやの別人格です(大分説明を省略)。

2020年はこちら。

yanagiyashujin.hatenablog.com

 

リトル「去年は随分と最近の日本映画を観てたわね。それも暗めな、マイナーどころを」
やなぎや「なので、今回日本映画が多くなるかも。地方でやり直そうとする人間が田舎独特の慣習に潰されたり、閉鎖的な空気にメンタルやられる系が好き」
リトルそんな『系』ねぇよ。それにしても最近の日本映画、ニ文字の題名多すぎない?」
やなぎや『影裏』『楽園』『犬猿』『最悪』『悪人』『怒り』
リトル呪怨』『残穢』『回路』『凶悪』『告白』ゥゥーー!!」
やなぎや「どれがどれだか分からなくなってる」

 

◇『影裏』

2020年製作/134分/日本
監督:大友啓史 キャスト:綾野剛松田龍平

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やなぎや「主人公の今野綾野剛は異動先の職場で、独特な佇まいを持つ日浅松田龍平に惹かれる。でも日浅は捉えどころがなく、今野に構ったかと思えば突然消えたり、またフラリと現れたりするの」
リトル「冒頭から綾野剛の白い足が艶めかしく映され、その後もやたらとパンイチ姿が多い。まるで隠れて生きているような様子からも、綾野がどんな青年であるのか分かるわね」
やなぎや「この俳優二人が揃えばって感じなんだけど、なかなか良い映画だったよ。ちなみに、『映画.com』での評価は2.8です」
リトル「低ッ!ああ、よく見たら『るろ剣』の監督か」
やなぎや「吐き捨てるように言わないよ」
リトル「おかしな世の中だよなー!当事者間の問題に過ぎない不倫をした俳優は叩かれんのに、ロリコン野郎の作品は堂々公開されるんだからさー!」
やなぎや「それは、るろ剣の原作者ね。いいから、映画の話を進めないか」
リトル「あら、そ?漫画家って犯罪者と紙一重のやつ多いよなって話したかったのに」
やなぎや「(スル~)。明らかに裏のある日浅だけど、今野だけには心を開いているのかな?と思ってしまう。果たしてそうだったのか否か、今もよく分かんないんだよね」
リトル「日浅が今野の気持ちを搔き乱しては宙ぶらりんにする状態が続くんだけど、印象的なシーンは、久々に現れて、まるで時間の経過などなかったかのように『釣りに行こうぜ』と誘う辺りのシーケンス」
やなぎや「浮き立った今野が、買い揃えたアウトドアのギアを携えて出かけてみれば、日浅は嘘のように冷たい態度を取るんだよね。折角の道具をバカにしたり、無視して他の人間とおしゃべりしたり。今野の気持ちが萎んでいく、嫌な雰囲気と気まずさが忘れらないよ」
リトル「どんな人間だよコイツ、ってなるよわよね」
やなぎや「でさ、日浅が姿を消した後も、今野は日浅に教えられた釣りを一人続ける。ベタな考察だけど、釣りを止めれば、日浅との関係が切れてしまうような気がしているんだと思う
リトル「釣り糸が、マクガフィンと」
やなぎや「私、去年は一度もマクガフィンって言ってません!」
リトル「てか、ふっかづめ!ふかづめどこ行ったんだよ!『中半端な映画好きはマクガフィンとかメタファーとかいいがち(わら)』なんて暴言残して、ここ数か月姿を見ないけど、何やってるわけ!?」
やなぎや「どうどう、いきなりキレないで下さい。せめて『さん』つけて。礼儀に煩い青年だから。映画の話に戻って」
リトル「今野が知る日浅と、他人から聞く彼の姿とは全然違うっていう多面性がテーマでもあるわけだけど、『あ、現実でもこういう経験あるな』って思ったわ。日浅見てると、ざわざわするの。そして、『人には裏と表があるんだよ』の言葉の通り、得体の知れない空気で画面を支配する松田龍平のすごさ」
やなぎや「『龍平と翔太どっちが好き?』論て常にあるじゃない。いや、松田翔太はカッコいいよ。でも、役者としては比ぶべくもない。龍平が別格だと思う」
リトル綾野剛もよかったわね」
やなぎや「私は去年、綾野剛の年だった!出てる映画ほとんど見たもん。番宣に出過ぎなのと共演者への気遣いや如才のなさが鼻について好きじゃなかったんだけど、そんな理由で避けたら勿体ないなと反省したよ」


◇『孤狼の血 LEVEL2』

2021年製作/139分/日本
監督:白石和彌 キャスト:松坂桃李鈴木亮平

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やなぎや「昨年映画館で観た三本のうちの一本。孤狼の血シリーズといい『ヤクザと家族』といい、ヤクザ映画のオープニングを引き継いでいるところに、作品を横断した思いがあっていいよね」
リトル「毛筆フォントの縦書きでキャストが流れていくやつね。さてさて、前作『孤狼の血』と比べてどうだったのかしら」
やなぎや役所広司の不在が大きい』かな。孤狼の血』って、冒頭の取調室のシーンから、うだるような夏の暑さが印象的でさ、汗でテラテラ光る役所広司の肌や太陽を弾くサングラスが、映画全体をギラつかせていたと思うの。一見粗暴な不良刑事に実は冷静な面や人情家の部分があり、そんなキャラが作品を引っ張っていたんだけど、それが消えてしまった」
リトル「血腥さは割増しだったけどね」
やなぎや鈴木亮平の暴虐ぶりがあまりに凄いんで途中から慣れてしまって(笑)。警察の若造対ヤクザの若造の図式になったことで、『どっちがどこまでブッ飛んでるか!?』の競い合いになってしまった。もう半笑いで見守らざるを得なかった」
リトル「分かるわ。あと、滝藤賢一のせい
やなぎや「そうそう!半笑いを爆笑にしたのは完全に滝藤(笑)」
リトル「前作より更に、病的なまでに保身主義の官僚に進化してたね。問題ばかり起こす松坂桃李を『書類、大事なのよ。俺たち、公務員だからさぁ』とギョロ目顔で牽制してくるなど、それでも途中まではシリアスにも受け取れたんだけど、例のシーンのせいで、それすらフリに」
やなぎや「公道を破壊しまくりボッコボコに殴り合って血まみれになった松坂&鈴木のところに到着するや、『お前らなにしてくれちゃってんのー!?』って叫ぶシーンね!」
リトル「『ちゃってんのー?』だったかは忘れたけどw」
やなぎや「いや、いまレノアのCMの滝藤で再生されてる(笑)」
リトル「一番のブチ切れ演技だったわよね。悪の権化の鈴木亮平すら『お前ら』扱いしてる時点で、もはや最強なのは、骨の髄まで染み渡った滝藤の官僚主義じゃない?って」
やなぎや「その後の松坂桃李の行動にも爆笑」
リトル「キレキャラが多くて、結果、コミカルになり過ぎたかしら?ヤクザVS警察の話ではなくなっちゃった」
やなぎや「そういえば、一緒に観ていたリエコは『最後のシーンいらないー』って言ってたけど。多分もう続編作るの決まってて、あそこから呼び戻される・・・ってことこから始まるんだろうな」


◇『ヤクザと家族 The Family』

2021年製作/136分/日本
監督:藤井道人 キャスト:綾野剛舘ひろし

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リトル「続けてヤクザいきましょー」
やなぎや綾野剛カッコよー!舘ひろしはヤバかったね。ヤクザに全く見えない(笑)」
リトル「あんなヤクザいる!?焼肉屋に入ってくるところ、完全に『スター舘』だったわよ」
やなぎや「『行くとこあんのか』のシーンでもらい泣きしそうに・・・。一番いい場面が最初に来てしまったんで、私的にこの映画のピークは前半の前半だな~。綾野が盃もらって、自分の居場所を見つけて、舘に尽くすところ」
リトル「その分、後半の寂れ具合が悲しすぎた、、、」
やなぎや「この映画の良かったところは題名の通り、完全にヤクザを『家族』として描いたところだよね。例えば他の幹部が綾野に嫉妬して失脚させるとかさ、綾野がのし上がろうとするとか雑音がない」
リトル「そもそも、地方のちっちゃな組っぽかったもんね」
やなぎや「時代の波に乗れなかったヤクザ一家の衰退、残った所帯を何とか守ろうとするものの一番単純で一番バッドな選択をしてしまう・・・そんな悲しいまでの不器用さを中村の兄貴北村有起哉が体現していた」
リトル中村の兄貴せつねぇ~(泣)。でも終盤が一気に雑にならなかった?」
やなぎや「なったね。職場で綾野の過去がバレて紹介してくれた友達にも元恋人にも害が及ぶ・・・ってとこ。いくらSNSの時代とは言え、あんな影響力のなさそうな三下が挙げた一枚の写真が数人の人生を破滅させるわけもなし、ベタな片付け方だった」
リトル「その流れからのあのラストなんで、妙に陳腐だったわ。おかげで脳内逃亡しちゃって、『ROOKIES』の音楽が流れたもん。『お前らの未来は栄光に満ちている』『卒業おめでとう』って」
やなぎや市原隼人な・・・。(脳内逃亡ってなに?)」
リトル「舘さんにしてもキレイすぎじゃない!いいオヤジのまま途中退場しちゃってさ。いや、あんたが家長として無能だったせいでしょ?仁義もいいけど家族を守れやって思ったわ。始まりが良かっただけに、残念だったわぁ」


◇『空白』

2021年製作/107分/日本
監督:吉田恵輔、キャスト:古田新太松坂桃李

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リトル「わざわざ映画館に観に行ったんだよね」
やなぎや吉田恵輔監督の映画は割と観ていて、犬猿が好き。壮絶な兄弟/姉妹喧嘩の話なんだけど失笑を禁じ得ない『犬猿』に比べれば、『空白』はグッと深刻だった」
リトル「女子中学生がスーパーで万引きを疑われ、店長の青柳松坂桃李に追いかけられた結果、車に轢かれて死んでしまう。父の充古田新太は、真実を知ろうと青柳を追求するうち、持ち前の気性の荒さが災いし、執拗に付き纏うようになる」
やなぎや「また娘が、誰に聞いても『印象にない』と表されてしまうコで」
リトル「真実を知ることが父親の望みなんだけど、喚いても脅しても、真実など出てこないのが残酷だったわ。父親自身も、死ぬまでは彼女に興味なかったのよね、それが自分で気まずい、許せない」
やなぎや「だから最初は、気持ちの決着をつけたいがために罪を問う矛先を探すんだよね。『俺の娘は万引きなんかしない、青柳が誤解して死なせた』が彼が求める『真実』」
リトル「万引きをするコかどうか、判断つかないくらい娘のことを知らなかったくせにね。こうなると、加害者かもしれない松坂より、古田新太の方がよっぽどモンスターでは?ってなるわよね」
やなぎや「『正しい』というワードが意図的に出てくるんだけど、正義を振りかざす寺島しのぶが、象徴的なキャラだったね。正しい正しいっていうけど、正しいってなに?と、観客も分からなくなるし、寺島しのぶも最後にはわかんなくなっちゃう」
リトル「被害者加害者ともに精神が削られ、周囲も巻き込んでグチャグチャに絡まってしまったとき、怨嗟を断ち切るのが、娘を轢いた女性の母親である片岡礼子。ちょこっと出てきては、重要な役を担う女優さんよね。同じ親として、彼女は古田新太には想像もつかない行動を取る。彼女のふるまいと言葉から、映画の方向性がガラリと変わる」
やなぎや片岡礼子はすごかったね~。あそこで、ぴしゃんと頬を叩かれた気がして、やっと息がつけたもん(笑)」
リトル「私はもう、寺島しのぶの演じるおばさんが怖すぎた(笑)。あと、唯一正気を保ってくれていた藤原季節が良かったわー」

 

やなぎや「長くなりそうなので一旦切ります。To Be Continued...」
リトル「更新回数を稼ごうってハラね。雑談が多いのよ」
やなぎや「誰のせいさ」
リトル「にしても、ゴツすぎダークすぎ!ラインナップが」
やなぎや「確かに・・・。ブログのゴツ臭を拭うべく去年は恋愛映画も観ようとしていたんだけど、いつの間にやら、こんなことに」
リトル「続きはホワイトな感じでいきましょ。ファッションや恋愛、キッズに動物、スイーツにママ友の話なんかがいいわね!」
やなぎや「いや、ママ友はダークサイドでしょ・・・。では、皆の衆、また来週!(多分)」
リトル「また隠踏もうとしてる」

『BLUE ブルー』

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監督:吉田恵輔 キャスト:松山ケンイチ木村文乃柄本時生東出昌大/2021年

皆さん、こにゃにゃちは。
現在、2021年中で最も精神的&肉体的に疲弊した状態につき更新が滞ってしまいました。幸い我が家族には問題なく、まぁ周囲のことね。こんな年にもなりゃ色々あらぁな。「次にブログ書くのは『今年観た映画ベスト10』とかになってしまうかも・・・」と思い始めていたのだが、急に「あ、ブログ書きたい」という衝動に襲われたのでした。

その理由がさ、めちゃめちゃ疲れている状態のときに、何人かの人の情熱に触れたためだと思う。例えば、70歳を疾うに超えた叔父が、描き続けてきた絵の個展を沢山の人の協力を得て開催したことだったり、その間の楽しそうな雰囲気や盛況に終わったと報告してくれたときの満足そうな様子だったり。
または、娘のサッカーのコーチが曲げずに言い続ける「技術よりゴールより、一生涯サッカーを好きでいてほしい」という熱い言葉と、その言葉と矛盾しない子供達への忍耐強く優しい指導の姿勢だったり。または、ついにブレイクしたCreepy Nutsの曲を改めていいなぁと思い、彼らがこれまでの紆余曲折と、変化した考え方、ものの観方を語るのを聞いて胸を打たれたり。

そんなことが丁度重なって、その人たちの情熱が伝播したというか力をもらい、何か吐き出したいという気持ちになった私が2021年11月の今を生きています(誰かのパクリだなコレ)。ではここで、Creepy Nuts『かつて天才だった俺たちへ』を聞いてください。

苦手だとか怖いとか 気付かなければ 
俺だってボールと友達になれた
頭が悪いとか 思わなけりゃ 
きっとフェルマーの定理すら解けた
すれ違ったマサヤに笑われなけりゃ 
ずっとコマ付きのチャリを漕いでた
力が弱いとか 鈍臭いとか 
知らなきゃ俺が地球を守ってた hey

破り捨てたあの落書きや
似合わないと言われた髪型
うろ覚えの下手くそな歌が
世界を変えたかも ey

かつて天才だった俺たちへ
神童だったあなたへ
似たような形に整えられて
見る影もない

いい歌詞!!

気を取り直して、本日は『BLUE/ブルー』です。前書き一ミリも関係ありません。誤字脱字勘弁だゼ。あ、これから観る人は予告観ないでくださいね。あの予告、だめでしょ、あれ。

 

◇あらすじ

誰よりもボクシングを愛する瓜田は、どれだけ努力しても負け続き。一方、ライバルで後輩の小川は抜群の才能とセンスで日本チャンピオン目前、瓜田の幼馴染の千佳とも結婚を控えていた。それでも瓜田はひたむきに努力し夢へ挑戦し続ける。(映画.comより)

『ヒメアノ~ル』(2016)、犬猿(2018)の吉田恵輔監督が自身のボクシング経験を活かして書いたオリジナル脚本だそうだ。『ヒメアノ~ル』は、濱田岳ムロツヨシコンビの、コンプレックスを拗らせすぎて過剰に自意識を育てちゃった感じとか妄想癖がキモかったなぁ。濱田が意中の女のコとセックスするんだけど、彼女が思いのほか積極的で経験豊富であったことに引くところに、もうキモ要素が凝縮されていたよね。さすが古谷実というべきなのか、吉田監督を褒めるべきなのか(映画自体はそんな好きじゃないが)。『犬猿』は観てません。『空白』(2021)はこないだ観て来たんだけど、よかったですねぇ。

本日もチャーッと適当に他作品を流したところで、もう、本作の松山ケンイチを見てほしいの。お芝居に詳しくないので感覚的な話しかできないのだけど、画面越しにも「空気感が作られる」ことを実感することができ、改めてケンイチ好きだなって思いました。

確か、ふかづめさんが『シネトゥ~ふかづめあばれんぼう列伝~』松山ケンイチの話してたから、久々にふかづめ召喚するか(※)。
ふむふむ・・・。あれ~、松山ケンイチの話をいつかどこかでしてたと思ったのに見つからない。あれは夢?幻聴?どっかで言ってた気がしたんだよね、「日本屈指のメソッド俳優」って。それとも、ちっとばかし記憶力には自信があると自惚れているうちに衰えているのかしら。こないだも、ふかづめさんに「(黒澤明の)『生きる』が好きだったよね?」と聞いたら「好きじゃありません」と冷たく言われたし。てか、ふかづめ召喚意味なかったやん。

つまりジェイクと同じってことよね。私はメソッド俳優が好きってことよ。友人のS氏などは、役柄によって太ったり髪抜いたりして役になり切るロバート・デ・ニーロを嫌っていて、確かに何の準備もせずにぶらりと現場に現れてさっと芝居して帰っていく役者はカッコいいと思うんだけど、でもジェイクのように徹底的に役作りをする人には、やっぱりすごいもん見せてもらったなと思うよ。

※「ふかづめ召喚」は名詞です。映画の話をぼんやり投げつけると、イイ感じに言語化したり説明したりしてくれます。あまりやると無視されるので、ここぞというときにしか使えません。


◇本題

アヴァンタイトルの雰囲気が好き。所属するジムの会長にバンテージを巻いてもらう試合直前の瓜田松山ケンイチの姿が映され、ジャージ姿でブラブラ現れた小川出昌大)が、廊下に駆け出した楢崎柄本時生に「なに、緊張してんの?」とからかい気味に声をかける。会長に「お前もウォーミングアップしとけよ」と怒られた東出は生返事をしつつ、松山ケンイチに「千佳が送ってきたんですけど」と携帯の写真を見せて笑い合う。そこから松山ケンイチが花道を歩いていき、スローでリングに上がる姿にタイトルが重なる、という始まりだ。

後輩の東出がチャンピオン候補であり、松山ケンイチはその前座を務めるレベルの選手であること、また前者の磊落かつ豪胆であるのに比べて、後者は控えめで柔らかな性格であることが示されるシーンでもある。冒頭に持ってきたのは、この試合が二人にとって重要な試合であり、映画の中で重要なターニングポイントの役割を果たすからだ。
時は少しだけ遡り、この日に至るまでの、ボクシングに熱中する男たちの姿が描かれていく・・・(それにしても、松山ケンイチの役作りは徹底していて、試合の前とそれ以外のシーンでは身体の作り方が違った)。

松山ケンイチが演じた瓜田は、ボクシングを愛し、練習の後は進んでリングを掃除するような勤勉で誠実な人物。しかし、戦績は2勝13敗と負けが込み、ジムの後輩たちから見下されている。自分のみならず仲間の対戦相手の分析まで行うが、実績を伴わない彼の言葉に耳を貸す者は少なく、それでも嫌な顔ひとつ見せずに「確かにオレは勝てないけどさ、基本は大事だよ」と諭す。

そういった松山を見ている間中、胸が苦しくて痛かった(それだけ松山ケンイチが素晴らしかった)。
例のターニングポイントの試合までは、少なくとも彼の「ボクシングを見る目」は的確なのだと仄めかされる。例えば、松山を「勝てないじゃないすか」とバカにする洞口(守谷周徒)を、初心者の柄本が松山の教え通り基礎を守った攻撃で倒すシーンで、観客は彼のボクシングに対する情熱は仲間への貢献で報われるのだろうなと期待するし、当然そのストーリーラインは重要な東出の日本タイトル獲得のエピソードに繋がってくることとなる。

松山は、東出の対戦相手のパンチを繰り出した後にガードが下がる癖を指摘し、その隙に顎ヘのアッパーでダメージを与えるよう助言する(彼が大事にする基礎ね)。東出は、自分ならばバックステップからの左フックカウンターにより一発で倒せるのでは?と提案する(こちらはどうやら難しい攻撃らしい)。

あまりにも残酷なのは、描かれてきた松山の努力と希望が、大事な試合の舞台でズタズタにされることだ。自分には徹底してボクシングセンスがないことを、彼は思い知る。説明しなくても、日本タイトルを見事勝ち取った小川が、どのような方法で相手を倒したのは察してもらえるだろう。
ここで、心優しい松山が一言だけ漏らした本音、醜くドス黒い言葉は、自身の連敗記録を更新したことが原因で放たれたわけではない。全てを捧げて尽くしてきたボクシングにおいて、どの側面からも報われないことに絶望したからなのだ。それをきっかけに、ボクシングも愛する女性も手に入れる東出への、抑えに抑えていた気持ちが噴出してしまう。そのときの松山の姿は、痛々しくて見ていられないほどだ。

互いに、自分にはない相手の強さを羨むという皮肉。東出は「あの人、ホントつえーわ」と松山の強靭な精神を羨む。松山は「お前、ホント強いよ」と東出のボクシングセンスを妬む。描かれているのはスポーツを介した友情や成功譚ではなく、どれだけ尽くしても手に入らないものを追い続ける男の物語だった。

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◇ドカドカドカドカ

こんな感じで終始、とにかく映画が始まったときから松山ケンイチが映る度、愛しさとせつなさと心強さの代わりに胸の痛みをいつも感じている作品なのだが、ただ、各所で差し込まれるユーモアがよかった。いや、松山と東出に比べて圧倒的に不純な動機でジムの門を叩く柄本時生の顔自体が、それもうユーモアなんだけどね。

時生が時々、歯を出して「ニパッ」と笑うのね。それがまぁ、いらっとする笑顔なわけ!
そもそも、こいつがボクシングを始めたのは「女に『ボクシングやってるふう』に見せたい」からで、松山ケンイチに胸が痛めているこちら側としては「帰れ、この野郎!!」と歯にパンチしたくなるのだ。
だが、この時生、松山のストイックな姿の後ろにちらちらと映り込みながら、なんだかんだと真面目に練習に通い続け、徐々にボクシングの魅力にとりつかれていく。初めてのスパーリングを経験しパンチの感触を噛み締める描写など、ガチの東出&松山とは異なる初々しさが微笑ましく。

ほうほう、まぁよかったじゃん。と思っていると、松山ケンイチに「うまくなりましたね」と声をかけられた時生、「いえいえ」とニパッ。

いら!所詮「やってるふう」を目指すお前が偉そうに「いえいえ」とか言っていいと思ってんのかァ。せめて「いえ」にしとけ、その「いえいえ」の重複が、調子こいてるふうでイカンのじゃ。しかも、この時生、うっかりプロテストに受かると、意中の女の前でわざとライセンス証を落とすなど実にいじこましい行動を取る!見せるなら正面から堂々見せんかい!ところが、この時生、認知症の祖母の面倒を見ながら暮らしていることが分かる。あ、そうなんだ・・・万引きしたばあちゃんを引き取りに行った帰りも、ばあちゃんを怒るわけでもなく・・・いいやつだな。

だがしかし、再び松山に「これならいつでも試合できますよ」と言われた時生、「いえいえ」「でも最近、試合してみてもいいかなって」とニパッ。

いら!ワッツ!?

「いいかな」って!?なんで、いつもちょっと偉そうなん!?だから、その「ニパッ」がいかんのじゃ。調子のんな、すっこめ!!

いや待って。時生の話がしたかったわけではない。松山と東出が、東出のアパートでタイトルマッチの対策を話し合うシーン。ここで大家がウルサイと怒鳴り込んでくるシーンは超面白かった。

大家「あんたたち、ドカドカドカドカうるさいのよ!」(何故かカーラー巻いてる。いつのコントだ)
東出「ドカドカドカドカしてないっすよ」「ねえ、瓜田さん、ドカドカドカドカしてないっすよね?」
松山「うん、ドカドカドカドカしてないです」
大家「ドカドカドカドカしてるでしょうが!うるさいって苦情来てんのよ!」

あまりに大家の顔がすごいのと、全員が繰り返すドカドカドカドカが面白くて、東出昌大は、ちょっと顔そむけてホントに笑っちゃってたもん。

そうそう、東出昌大がとにかくカッコよかったよ。上述の通り柄本時生は見事にカッコ悪い側のボクシングマンを演じ、あと、私は何気に洞口くんが好きだった。『空白』でも思ったんだけど、この監督、ワルめの若者を撮るのが上手ね。木村文乃もいい女優さんだなと思ったが、如何せんあのモサっとした髪型が受け入れがたく。。。ま、垢抜けすぎないのがよかったのかな?

世間では、とてもよいという評価もあれば、何も起こらず地味という評価も多いようで。その理由は多分、松山ケンイチ始め他の二人のパートでも、カタルシスが一切得られないためだろうと思う。ボクシング映画とゆーものは、まず才能や可能性があり、苦悩があり、成功があり、次に挫折があり、打たれても打たれても立ち上がり、最後は栄光を掴む・・・とゆーのが鉄板ではないだろうか。

しかし、この映画ではそれがない!

誰よりもボクシングを愛する松山にボクシングの女神は微笑まないどころか、東出のエピソードにおいても時生のエピソードにおいても、蓄積されたフラストレーションを払拭してくれるような、劇的な展開がないのだ。ひどい話だよ。
ただ、このモヤモヤとかやるせなさは、ラスト、職場の市場でシャドウをする松山ケンイチの姿を浮かび上がらせるショットで、「あ、やっぱりこの人強かったね」って救われるんだわ。あそこは良かったわ。
※余談ですが、「世間から身を隠したい人が流れつく職ってだいたい市場だよね」と夫に言ったら、「市場を何だと思ってるんだ」と怒られました。

 
◇後悔してる?

とても好きなのが、松山ケンイチが東出の新居への引っ越しを手伝い、木村文乃と二人になったときの場面。彼女にボクシングを始めたきっかけを問われて、答えるときの優しい顔がホントに好きィ~。「千佳が勧めたじゃーん」の言い方もすごく好きィィ。

ここで、東出と木村が出会うきっかけは松山が東出にボクシングを勧めたことだとわかる。それを受けての、木村の「後悔してる?」の台詞だ。彼女も恐らく松山が自分を想う気持ちに気付いているからこその切り込んだ言葉なのだな。松山は「してないよ、でも」と言い淀み、結局二人は話題を変えるのだが、言葉にされなかったのはもちろん、”千佳は自分のものだったかもしれないのに”という願望だ。だが、それが実現しなかっただろうことを松山は知っている。これよ、これ。あたち前回のブログで言ったでしょ!全部表に出さなくてもいいって!言わぬが花って。

ここの松山ケンイチが作り出す暖かな空気感、それに後押しされた木村の笑顔とかわいいタコ顔は必見だ~。

何度も言うが、私は瓜田というキャラクターと松山ケンイチの芝居にいつ涙が流れてもおかしくないくらい胸を痛めていたもので、彼が画面から姿を消した後は気が抜け、時生のプロデビュー戦や東出の日本タイトル防衛戦は、もうどーでもよくなっていた。振り返ってみたら107分しかない映画なのに長く感じちゃったよ。

今年観た恋愛映画三本中、堂々の第一位。
エミリア・クラークの下がり眉、アン・ハサウェイのハサウェイすぎるショートを、松山ケンイチが作り出す空気感」が上回りました。おめでとうございます。

 

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(C)2021「BLUE ブルー」製作委員会

『ブルックリンの恋人たち』

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監督:ケイト・バーカー=フロイランド キャスト:アン・ハサウェイ、ジョニー・フリン/2014年

皆様お久ですね。私は元気です。バタバタしていて、更新ができませんでした。

こないだね、面白い漫画を見つけたから親友のリエコに教えたの。二次元の推しにそっくりな人が現実に現れる・・・というひっちゃかめっちゃかなギャグ漫画なんだけど、その流れで「こういう意味の『推し』って昔なんだった?」と訊いたらさ。

リエコ「『幽遊白書』の飛影と『ダイの大冒険』のヒュンケル」

・・・マジで(笑)!?激古いのはお互い様だから仕方ないとして、何につけても勝手にトラウマ抱えたがる系のひねくれ&めんどくさ男子ばっかりじゃない?ヒュンケルって、確か親の仇をカン違いして赤の他人を恨んで人生半分無駄にしたような奴だったよね?(私は過去になんか抱えがちの男のキャラが嫌い)

でも、なるほど。だから旦那もああいうメンドくさ・・グエッホ、ゲホゲホ!

リエコ「今は、『アシガール』の若君」

ヒュンケルからの脈絡ゼロ!おまえに何があった。
あ、なるほど。やっぱり旦那との生活を経て、手がかかる男が如何に使えないかを思い知・・・ゴホゴホ、イエッホ!

リエコ「(怒)。じゃあ、お前はなんなんだよー」
私「『アルスラーン戦記』のダリューンだった」
リエコ「天野喜孝先生の絵の輪郭しか覚えてねぇわ」

以上、40代主婦の昼下がりの会話をご紹介しました。
じゃ、そんな感じで『ブルックリンの恋人たち』です。いい映画だったよ。

 

◇あらすじ

ロッコに暮らすフラニアン・ハサウェイは、ミュージシャン志望の弟が交通事故で昏睡状態に陥ったため、家族が暮らすニューヨークに戻ってくる。弟の意識が戻る可能性は低いと医者に聞かされ動揺するフラニー。弟と疎遠になっていた彼女は、自分が今まで弟のことを何も知らないでいたことを悔やみ、彼が何を感じてきたかを知ろうと、弟の日記を手にその足跡をたどっていく。そんな中、弟が憧れるミュージシャンのジェームズ(ジョニー・フリン)と出会い、フラニーとジェームズは音楽を通じ、互いにひかれ合っていく。(映画.com)

プラダを着た悪魔(2006)にて監督アシスタントを務めたケイト・バーカー=フロイランドの初監督作品だそうで、主演のアン・アサウェイがプロデューサーも務めたそうです。また、ジェームズ役のジョニー・フリンは俳優の他にミュージシャンとしても活躍しているそうだよ。適当に拾ってきた情報でごめんなさい、雰囲気だけ感じ取ってください(てきとう)。

まず言及すべきは、なんといってもアン・ハサウェイのハンサムなショートカットと、それによって際立つハサウェイな魅力!まぁ、これから色々書くけど、これに尽きる。繊細でどことなく感受性の強そうなキャラクターのためか芝居は終始抑えめで、派手な顔にパワフルな性格やアクションがプラスされるいつものアンハサの印象とは全く異なる役だった。とにかく、髪型とワークパンツにTシャツの無愛想な服装がハサウェイすぎるぅ・・・。こんな役をやっていたんだね。私は断然このアンちゃんが好きだなぁ。

さて、弟ヘンリー(ベン・ローゼンフィールド)の事故の知らせを受け、急いで帰国したアンちゃん。病室で眠ったままのヘンリーを前に涙を流す。この辺りは、何もあなたのせいではないのだからそんなに自分を責めないでも(壁を殴ったりする)、とは思うのだが、彼がミュージシャンを目指すことに反対して取り合わず、長く口を利かずにいたことがアンちゃんの心に重く圧し掛かっている。元は仲の良い姉弟だったんだろうね。後で音楽に囲まれて育った一家であることが分かるシーンもあり、姉は写真家、弟はミュージシャンと、ともにクリエイティブの道を目指しているにも関わらず、弟を応援してやらなかったことに強い自責の念を覚えているのだ。

アンちゃんは、ヘンリーの荷物の中から自作のCDと日記帳、そして彼が敬愛するミュージシャン、ジェームズ・フォレスターのライブチケットを見つける。日記帳には、お気に入りのレストラン、歌手やバンドなど彼が愛するものがびっしりと書き込まれており、アンちゃんはそれを基に弟の音楽に彩られたブルックリンでの日常を探訪する、といった内容だ。

 

◇昼=現実

特徴的なのは昼と夜の対比。昼間のシーンの舞台はほぼ弟の病室で、ベッドの白いシーツやアンちゃんの沈鬱な表情も相まって全体的に寒々しい雰囲気を醸し出す。逆に、アンちゃんが日記帳を片手に街を歩くシーケンスは、多くのライブが夜行われるため、ほとんど夜だ。彼女の表情は相変わらず晴れないが、それでもネオンに照らされたブルックリンの街並みと多様なジャンルの音楽のライブシーンには、やっと病室から離れて身体が暖かくなってきたような感覚があり、観ている側の肩の力もホッと緩む。
大袈裟に言うならば贖罪の旅だった街探訪が、ジェームズという同行者を得たことでどんどん楽しいものになっていくのも、二人がぼやけたブルックリンの夜景を背景に互いの悩みをぽつりぽつり打ち明け合う場面も心地が良い。

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逆に、楽しい夜の時間が増えれば増えるほど、病室のシーンに切り替わった時の室内の冷たさが現実的で。
でね、私、絶対「弟がこんな状態なのに恋愛に現を抜かすのが受け入れられない」とか言う人いるんだろうなと思ってレビューサイト覗いたら、結構な数いたわ。学級委員長がまたいたわ。クラスに一人でいいのに沢山いよるわ。
サッカーで言うなら(またか)、カード累積で出場停止になった選手が試合と同時刻に家族で外出を楽しんでる写真をSNSにあげて批判されるのと一緒ね。正しい姿勢は、試合には出られないが客席から真剣な面持ちでチームメイトの奮闘と試合展開を見守り、ピッチの外でも戦っていること(このとき眉間に皺を寄せてメモなど取っていると株は急上昇&間違ってもスマホを見てニヤついている顔をカメラに抜かれてはならない)。それをせず家族で休日を楽しむなんて「気持ちが足りない」ってわけだ。気持ち送って点取れたら監督いらんがな。

弟が生死の境を彷徨っているのだから、アンハサも寝食そっちのけで憔悴しているべきというのか。くだらね。誰が観たいの、それ?アンハサが弟のために祈り続ける映画が観たいの?どんな映画だ。祈って昏睡から目覚めたら医者いらんがな。

仕方がないんだよ、この姉弟は実はとてもよく似ていて、姉も同じくジェームズに惹かれるのは無理からぬことなのだ。それにジェームズときたら、結構な売れっ子のくせに謙虚で控えめ、密かに創作活動に悩みを抱えているシャイボーイ。突然現れた女に「弟が事故に遭ったの」と手作りCDを渡されて素直に同情し、わざわざ見舞いに来てくれるようなグッドガイだ。歌う歌は、陽だまりがどうだ雨のしずくがどうたらとポヤポヤした曲ばかりで(ギターを奏でていたと思ったら突然バイオリンも弾く)、まあ私がこういう曲聴くとしたら、二年に一度、なんの気まぐれか刺繍でもしてみようかしらと思って刺繍糸買ってきてBGMもたまにはこんな感じのを聴いてみようかしらって気分のときに選択する類の音楽なんだけど(そして刺繍には一日で飽きる)、ウン、ジェームズはいい奴。惚れる。

なにより、アンちゃん自身が上記のレビューのように、不謹慎だと自覚する描写がきちんと用意されている。ジェームズに好意を抱き始めていた彼女は、弟に付き添っているときにふとYoutubeで彼を検索する。すると、楽しそうにギターを弾きながら歌うジェームズの映像が見つかり、思わず口元を緩めて見入った後に、はっと顔を上げる。そしてカメラは病室で座るアンちゃんを引きで映す。つまり、状況を忘れジェームズとの時間を楽しんでいたことへの罪悪感が映されているのだ。こはちょっと胸が痛くなったよ。

 

大和撫子問題

ただコレさぁ、この二人、寝ないで欲しかったなぁ。結局、わたしも慎ましやかな大和撫子ってことですよ。何言ってるんだか分からないけど。最近知り合いと、日本の「言わぬが花」って文化の美しさについて話したんですよ。主張on主張、己の欲望にストレートに従う、「This is me!」の社会も大変結構ですが、口に出せなかったこと、互いに確認し合いながらついに形にならなかったこと、そこに感じるキュンがあるじゃない、恋愛に限らずね?日本にはそういう品の良さがあるじゃない(やなぎやさん本作アメリカの映画です)。

そういう慎しみ深さというか、繊細さを芸術肌の二人には感じたのにな!?

もちろん、これが限られた時間の恋であることは二人とも暗黙のうちに理解している。
ジェームズ側の夢の時間の終わりは、予定のスケジュールを終えればブルックリンを去ることであり、その刻限が迫りつつある時、思いがけずアンちゃんの方に契機が訪れる。ヘンリーの意識が戻ったのだ。もちろん喜ばしいことではあるが、ヘンリーと音楽により結び付いていた二人だったから、それがなくなれば一緒にいる理由がない。ヘンリーの目覚めは同時に二人の別れを意味していた。だから、ジェームズはアンちゃんやお母さんに何も告げずに病院を去るのだ。

しかし、最後にもう一つ、二人の今後を変えるかもしれない道が用意されていた。ジェームズのこの地での最後のライブが行われる夜、ネットで調べるとチケットは余っていた。店へと急ぐアンちゃん。窓口に駆け寄りチケットを求めると「完売したよ」と告げられる。曲が作れないことに苦しんでいたジェームズは、中でアンちゃんを想って作り上げた新曲を歌い始めたところだった。外のビジョンでそれを聴き微笑むアンちゃん。そして、来た道を引き返して行く。

あー、せつな!チケットが完売してなかったら?会場に現れたアンちゃんをステージからジェームズが見つけたなら?違う未来が二人にはあったかもしれない。しかし、道が分かれていくさまが、またよかったんだな。

今年観た恋愛映画全二本中、堂々の一位。
またこういうアンハサが観たいなー。

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『プライベート・ウォー』

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監督:マシュー・ハイネマン キャスト:ロザムンド・パイクジェイミー・ドーナン/2019年

皆さん、こんにちは~。
突然ですが、賞味期限切れのものって気にせず食べますか?
私は舌と耳と鼻と顔がめちゃくちゃ良く(目と口は悪い)、怪しげな食べ物の匂いや味を察知する自信があり、ゆえに賞味期限には惑わされません。昔、クリスタルガイザーだかボルヴィックだかを会社で口にして「ん、これおかしい」と飲むを止めたんだけど、数日後に製造過程に問題があったとかで回収されてて、同僚たちも驚いていたもんね。

けれど、だからって、他人が私に賞味期限切れのものをあげてもよいって話にはならないと思うのね。先日は仲の良い同僚が「これ、賞味期限切れてるけど大丈夫でしょ」と饅頭をくれました。ヨーグルトをもらったこともあります。自分は食べないのだそうです。期限切れてるから。

また、うちは夫と子供が、保育園時代のママ友の美容師さんに髪を切ってもらっているのだけど、こないだ夫経由で何故か醤油とハーブティと豆菓子を渡され、ハーブティ以外は賞味期限切れてたからね。LINEで期限切れてるじゃんって言ったら「うん、だから早く消費して」。

でもねえ、私、胃は弱いんですよ。そこんとこ分かって。
そんな感じで今日は『ゴーン・ガール』、じゃなかった『プライベート・ウォー』です。

 

◇あらすじ

イギリスのサンデー・タイムズ紙の戦争特派員として活躍するアメリカ人ジャーナリスト、メリー・コルビン(ロザムンド・パイクは、2001年のスリランカ内戦取材中に銃撃戦に巻き込まれて、左目を失明してしまう。黒い眼帯を着用し、PTSD心的外傷後ストレス障害)に苦しみながらも、人びとの関心を世界の紛争地域に向けたいという彼女の思いは強まっていく。(映画.com)

ロザムンド・パイクと言えばゴーン・ガール2014)”と連想するほどに、あの映画の印象が強いよな。何よりパイクを他の映画で知らないんだ、ごめん。でも安心してください、本作のパイクは『ゴーン・ガール』を超えたと思うよ。生生しい感じで、いい女優さんだよね。

カルテル・ランド』(2015)ラッカは静かに虐殺されている(2017)などのドキュメンタリーを手がけてきたマシュー・ハイネマン初の映画監督作品となる。これは両方とも面白かった。当然ながら、本作もかなりドキュメンタリー色の強い、というか、ドキュメンタリーの強みを生かした映画だったと思う。逆に言えば、こういう映画だからこそ生きる監督なのだろうね。製作にシャーリーズ・セロンいるんだー、なんでだろ(ちゃんと調べなさいよ)。

映画はメリー・コルビンの没地となるシリアのホムスの、空爆で廃墟となった街を上空から映す映像に始まる。ボイスオーバーでインタビューに答える声が流れ出し、そこから彼女が世界の紛争地に赴く様子と私生活が交互に描かれていく。
カメラは、爆撃の犠牲になった人々や遺族の嘆きを映し、それを無言で見つめるパイク、PTSDに苦しみながらアルコールやその場限りの男との情事で傷を埋め、また戦場に向かっていくパイクを映す。特筆すべきは、彼女の記事を読んだ世の人々の反応や、当時の政情や政策などが取り上げられないことだ。つまり、ひたすらメリー・コルビンの内面を描き出そうとした映画だった。
戦場に取り憑かれたパイクが、精神を病み私生活を破綻させていくのは悲惨だが、一方で友人や新聞社の上司との関係、そして、一夜の相手だったスタンリー・トゥッチが思いもかけず大切な存在になっていくなど、彼女の正気を繋ぎ止める人々との関わりが良かった。スタンリー・トゥッチを見ると嫌な予感がして気分が悪くなりそうになるのだが(※)、今回はいい役でよかったよぉぉ・・・

※『ラブリー・ボーン』の犯人役がイヤすぎたせい。

『おやすみなさいを言いたくて』(2013)というやはり女性の戦場カメラマンを主人公とした映画がある。戦場から戻るたび家庭を第一に考えようと誓うものの、やはりチャンスがあれば一切合切を投げ打って飛行機に飛び乗ってしまう。更に仕事のために自分の子供を危険に晒してしまい、家族と完全に離別することになるのだが、どちらの映画においても、彼女らの行動の理由を「職業」というものに求めることは、もはや全くの筋違いだ。もちろん使命感と、だがそれ以上に帰巣本能に近い衝動のものが彼女達を戦場に向かわせる。「なぜ」という問いかけは無意味だろう。

 

◇「私が見ているから、あなたたちは見ないで済んでいる」

紛争真っ只中のホムスでのシーケンス、ある日二人の少年が立て続けに犠牲になるところから、監督本来の手腕が発揮される。悲鳴を上げて嘆き悲しむ両親、それを写真に収めたジェイミー・ドーナンが耐え切れず目を背け、無表情のパイクの片方の目から涙が一筋流れる・・・。政府軍の激しい空爆が始まり各国のメディアは完全撤退を決断するが、取り残された2万8千人の民間人(ほとんどが女性と子供)の実情を世界に伝えるために、パイクは命を賭してその場に残る。

「死体で見つかったときカッコ悪い下着を着ていたくないでしょ」というあまりにカッコイイ理由から戦場で「ラ・ペルラ」の下着を身につける彼女が、ついに眼帯をつけることすら放棄し、光の消えた瞳でPCの画面を眺め続け、研ぎ澄まされた言葉で世界に現状を伝えようとするライブ中継のシーンは圧巻だ。淡々としているのに、画面から一瞬も目を離せないような気迫に満ちていて、ここはただ、わけもわからず涙が止まらなくなった。

印象的な場面と台詞が二つある。一つはパイクがトム・ホランド「私が見ているから、あなたたちは見ないで済んでいる」と言うシーン。もう一つは「もっとも難しいのは、(取材をして記事を書くことではなく)、記事を読んだ関係のない人達が関心を持つと信じることだ」という独白だ。メリー・コルビンを突き動かしたのは、一部はもはや反射、しかし他の部分は「自分には関係のない世界の話」と思っている人たちの無関心だったのだろう。

戦争が遠い世界の出来事となった日本にいても、このような映画を観ると、2004年にイラクで起こった日本人三人の人質事件を思い出す。基本的に私は日本人の欠点(平和ボケや異常な保守体質)は自覚しつつ、特に子供を持った現在では生活するのに最適な国だと思っている。送り迎えなしには子供を外出させられなかったり、小学校に銃が持ち込まれるような場所で子供を育てていく自信が私にはないからだ。だが、あの事件当時の日本全体の反応には、心底日本人であることがイヤになったね。誰もが口にしていた「自己責任」という言葉は未だに吐きそうになるほど嫌いだ。街中のインタビューで、夕ご飯の献立のことしか考えてないようなオバさんやアホそうなサラリーマンが賢しら顔で「自分であんな危険な場所に行ったんだから自己責任でしょ」とか言いまくるもんで、死ねばいいのにと思ってしまい、当時はほとんどテレビを付けなかった。

そうそう、前々回のブログで新聞記者について書いたところ、Twitterのお友達から「自分が会った朝日の記者はクソだった、あいつらの正義はどっかズレてる」とコメントをもらった。実体験である限り否定のしようがないし、そもそも私の話含めて個々人の経験に照らせば、それはもう「職業」の話ではなくなってしまうわけだが、ただ2004年、周囲の大多数の知り合いが想像力も責任感も欠けた意見を述べる中、少なくとも私が知る新聞記者たちは、同胞の余りに無知で冷たい反応を「この国は大丈夫だろうか?」と憂いていて、「ああよかった、流石にこの人達はマトモだった」と救われた気がしたんだよねぇ(私の周囲がパッパラパー過ぎただけか)。

ごめん、回りくどいな。いや、実はこの映画を友人(スペースオペラB級映画を愛する浅草橋の帝王つっちー)に勧めたところ、共感できずに辛かったと。そうだろうと思う。メリー・コルビンの行動理由を理解するのに最も遠い民族が日本人だろうし、でも本当はそんなことすら意味がなくて、これは「理解」と「共感」をどっかに蹴飛ばして観るべき部類の映画だ。

最後に実際のメリー・コルビンのインタビュー映像が流れ、ロザムンド・パイクが如何に彼女の喋り方や仕草に寄せて演じたかが分かる。エンドロールでは、彼女が亡くなった後、シリアで50万人の民間人が犠牲になったという無情な事実が観客に伝えられる。だが上述の通り、本作は彼女の仕事の成果を映したものではなく、強烈な生き方と内面を描いた映画だ。

現時点で今年観た中でベスト。

『世界一キライなあなたに』

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監督:テア・シャーロック キャスト:エミリア・クラーク、サム・クラフリン

皆さん、こんにちは~。子供が夏休みに入りました。
「宿題チェックに昼飯支度、さらに在宅、マジ地獄」と韻も踏みたくなるじゃん?(大して踏んでない)

さて、以前『世界にひとつのプレイブック』で、「こんな自称サッカー好きは消えろ」という文を書いたのだが、最近また、自称サッカー好きが振ってくるサッカー話にうんざりしています。ちょっと前書きが長くなるけど本文にも関係してくるし、サッカーは他の物にも置き換えられるからさ(映画とかフィギュアとか音楽とか)、まぁ読んでよ。

どこにも一定数いると思うが、会社の「スポーツ好き(メインは野球)」と「自称海外サッカー好き」がとても鬱陶しい。大体、本当のサッカー好き(と言うのもアレなんだけど)、つまり、スタジアムの熱気やスペクタクルな試合展開等の華やかな要素以前に、監督の戦術や采配、個々の細かい技術を地味に楽しんでいるようなサッカーファンは、私が知る限り大体内向的だ。そういう人はサッカー好きであることはもはや隠しており、自分から話題にすることもなければ、ワールドカップで盛り上がっている人々の輪に入ることもない。やはり輪に入っていない人間同士で野良猫のように少しずつ近づき、互いの知識レベルが合致することが分かれば、バーなどでコソコソクスクスとサッカー話に花を咲かせるネクラ勢。だが詳しい人は得てして、こういう面倒くさいタイプなのだ。

さぁ、以下はうちの会社にいる困った人の分類である。

■タイプA:興味ないマウント勢
サッカーに興味がないのに、ワールドカップで世間が沸くと勝手にザワつき出す。SNSなどに「世間はW杯で盛り上がっているようですね。自分は全く興味ないわけですがww」と何故かちょっとキレ気味に投稿。また、聞いてないのに口頭でもそのように言ってくる。
⇒無視すればよいので害無し(オマエが興味ないことにこっちも興味ないんで自信を持て)

■タイプB:ミーハー
「僕も(私も)サッカー好きなんですよ~」と言ってくるが、話すうちそれほど好きでないことが判明。

・「あ、実はW杯のときに大きな試合観るくらいなんです・・・。クリロナが好きです、ミーハーです!」(テレ)。
⇒かわいいので害無し

・「自分サッカー好きとか言えないですね~。出直して来ます」
⇒素直なので害無し(いや、別に出直さなくていい)

・「今度、試合とか連れて行って下さい!」 
⇒如才ない感じが少しイラつくが実害は無し

■タイプC:節操のないミーハー
本当に恥ずかし気もなく、ワールドカップの期間だけ毎朝「観た観た!?やっぱりメッシやばい~。あの柔らかいタッチね!」などと騒ぎ立てる(さんまはココ)。
⇒イラつくが実害は無し

■タイプD:自称「ヨーロッパサッカー好き」
「最近もレッズ観てるんですか?」と言ってくるが、こちらの話など興味はなく「うん、○○くんは?」と訊いて欲しいだけなのでその通り返してやると、「あ、オレ、Jリーグ観ないんでwwwヨーロッパサッカー専門すw」(←これが言いたい)。
⇒かなりイラつくので有害

<大人の対応>
「そうなんだね~。あ、ところで、このお客さんて・・・」(話が続くのを封じる)

<大人げない対応>
へこます。

例:「○○くんは普段何観るの?ブンデス?好きなチームはバイエルン・ミュンヘンなんだ?気になってたんだけど、最近のドイツ出身の監督の躍進には驚くよね。クロップはドルトムントからリバプールでしょ、トゥヘルはマインツからドルトムント、次はパリ・サンジェルマンだっけ、で、今シーズン後半からチェルシーをクラブレジェンドランパードから引き継いで、就任後はほとんど負けなかったんじゃないの?何よりバイエルンの新監督ナーゲルスマンが30歳ちょいだもんね!どんなチームになりそう?あと、ドイツって国レベルで計画的な監督育成の方針とか仕組みなんかがあるの?
あ、わからない?
えーっとそれじゃあ、代表もガラリと変わったよね。ドイツ代表って昔は固くて質実剛健って感じのチームだったけど、レーヴになってからモダンサッカーに転向したでしょ?そういうのもリーガの方と連携してたりするのかな?
あれ、あんまり知らないんだね・・・。
それにしても今年のEURO面白かったよね!あ、WOWOWに入ってない。ヨーロッパサッカー好きにとってはW杯より盛り上がるイベントだと思ってたけど。ああ、高い?2500円。実家住まいでも高いか。結果だけはニュースで知ってると。今回のグループリーグの死の組、ハンガリーは不運だったよね~。ちなみにブンデスが強いのは分かるけど、ハンガリーのリーグとかってどんなもんなの?うんうん、Jリーグと比較して環境とかレベルとか。あ、わからないんだねwww。いや、『ヨーロッパサッカー専門』って言うから(笑)。ハンガリー、○○くんの中ではヨーロッパに入れてもらえてない説wwwwウケるwwww。○○くん・・・。もしかして・・・。世界地図から勉強した方がいいかもね?」

このタイプDに「大人げない対応」をした場合、彼らの反応は恐らく一律。「いや、ヤバくないすか!オレ、そこまでオタクじゃないんで(笑)」。まず間違いなく「オタク」のワードを発してくる。自分が浅いのではなく相手がオタクなのだとすることで自分の優位を保とうとする。面白いよなー。


◇あらすじ

性格は前向きなだが、夢にチャレンジすることに躊躇し、仕事を転々としながら、なんとなく毎日を過ごしているルーエミリア・クラーク。彼女の働いていたカフェが閉店してしまい、職を失ったルーは半年限定で介護の仕事に就く。ルーが担当することになったのは、快活でスポーツ好きだったが、バイクの事故で車椅子生活を送ることとなった青年実業家のウィル(サム・クラフリン)だった。(映画.com)

今日のテーマはこちらです↓。

・今回ばかりは許せぬ邦題!
エミリア・クラークの顔・・・すごくない!?
・「シマシマの足を誇れ」。


◇下がり眉とはこのこと

最近、友人のお勧めを受けてみをつくし料理帖TV版を観て、主人公の澪黒木華のことを浪人の小松原様森山未來がさ、「おい、下がり眉!」と呼ぶのね。黒木華は原作小説のイメージにぴったりだと思うが、眉はそこまで下がっていなくて、今回『世界一キライなあなたに』のエミリア・クラークを見たとき、「これこそ下がり眉であろう」と膝を打った。とても胸を打つストーリーなのだけど、観終わった後に主に残っているのはエミリア・クラークの泣き笑い顔と下がり眉だ。ものすごい破壊力。あのヤバそうなゲーム・オブ・スローンズで、このエミリアがどのような役だったのか全く想像がつきません。
サム・クラフリンについては縁があったのか、この後に観た『アドリフト 41日間の漂流』(2018)にも出ていた。面白かったよ。この人割と好きだな。

さて、本作でエミリア演じたルーは、小さな田舎町で大人数の家族と狭い家に暮らしている洋服が大好きな女のコ。パワフルで前向きな性格で、何事にも一所懸命なのだが、将来の目標は漠然としており、流されるように日々を送っている。そんなとき、勤め先のカフェが潰れてしまい、次の職としてある富豪の息子の介護の職を得る。彼は事故で脊髄を損傷してほとんど動けず、さらに様々な合併症を抱えていた。

エミリア・クラークとは対照的、というか、別の意味で破壊力があるのがサム・クラフリンのザ・無気力を体現したような顔面。半分ほど閉じた目にぼんやりとした表情、口を開けば悲観的な自虐ネタか失礼なことしか言わないひねくれ者だ。本作ではエミリア・クラークのクッシャクシャな顔と霧を晴らすような明るさにまず心を奪われるのだが、敢えてサム・クラフリンの視点から観ることをお勧めする。

現実でもそうだが、何故人々は、重篤な病気を患った人が医学的な観点から正確に病状を説明しているにも関わらず、それを聞こうとしないのか?サム・クラフリンが周囲に対して閉じているのは、まずそのことに対する苛立ちのせいだろう。皆、彼の状態を知ると「リハビリすればきっと」「でも治療を続ければ少しは回復するんでしょ」とお決まりの台詞を吐く。それに対して何度「脊髄を損傷しているので二度と歩けません。免疫も大変低いのですぐ肺炎になります、拗らせれば死にます」と言わなければならなかったのか。今の彼にとってコミュニケーションなど、厳しい現実をわざわざ再確認させられた上、会話の相手を気まずそうに黙らせる地獄の儀式。ならば最初から放棄するのが手っ取り早い。そのため初対面のエミリアにも同じく振る舞うのだが、彼女は他の人間と違って、壁を飛び越えた。クシャクシャの顔と目を疑うほど珍妙なファッションによって。

ファッションを勉強したいと言う割にエミリアの好むおしゃれは突飛の一言。日々身を包んでいるカラフル過ぎ&奇抜すぎるデザインの服装を、さすがに「ルーの服装がかわいい!」と評価する人はいないだろう(多分・・・)。洗練されたサムにはそれがカルチャーショックで、ショックによって鎧うことをつい忘れてしまったわけ。

突然脱線するが、20代のころオーセンティックなバーでバイトしていた。そこには超有能だが鉄面皮のバーテンダーがいて、新人の私が何を質問しても一切教えてくれなかった。後日聞いてみれば、バイトが入ってきてはそのバーテンダーが怖いと言っては辞め、また入ってきては彼に怯えて辞めるので、ある程度定着するまで口を利かないことに決めていたそうだ。「効率的だろ」と言っていたが、極端すぎだろ。何も知らずに入ってきた側にしたら堪ったもんじゃないわなー。
始めはビビっていたものの段々ムカついていた私はある日、お客さんに「バーボン」と注文された際「バーモン」と聞き間違え、『メニューにないけどそんな酒あるのか?よくわからんがバーに聞いても黙殺されるしな』と開き直り(当然だが客に『バーボンの種類は何になさいますか』と確認するのが正しい)、件のバーテンダー「バーモン」と書いた紙を堂々と渡した。やはりめちゃめちゃ感じ悪く「バーボンの種類」と言われたのだが、その後、厨房に行って「バーモンて(笑)。バーモントカレーかよ(笑)」と爆笑していたらしい。

つまり何が言いたいかというとだな、わかるな?
サム・クラフリンは無気力仮面を予想外の方法でカチ割られた。それをきっかけに彼はエミリアに惹かれていくことになる(私とバーテンダーの間には何も起こってないぞ!)。しかも、エミリアに知識や教養を与えてみれば、みるみる間に吸収していく。彼は彼女がこのような狭い町で終わるには惜しい器の人間であることに気付き、人に投資し育てる喜びを思いがけず見い出すのだ。

マイ・フェア・レディ(1964)とまでは言わないけれど、狭いカゴに閉じこもっていた女の子を解放してやる物語とも言えるよね。『マイ・フェア・レディ』はオードリー・ヘプバーンの美しさに文句はないものの、ちょっと気持ち悪い映画だけど(だって自分の価値観で女の子を作り変えるって・・・別にあのままでもよかったじゃん)。


尊厳死云々の倫理の話からサムを解放してあげて

サムに生きる気力を取り戻して欲しいエミリアは、精力的に外に連れ出そうとする。競馬やクラシック鑑賞、果ては元カノと親友の結婚式にまで。取り立てて喜びもしないが、それでも外出を断らないサムに、観客もエミリア同様、きっと生きる気力を取り戻してくれたのだろうと期待する。
だが、その心情が明かされる海辺のシーンでは、はっとさせられ、涙腺が緩んでしまった。そりゃそうだよね。エミリアは自分の行為に満足していたが、動かなくなった車椅子を周囲の人間に持ち上げてもらうこと、レストランでは追い払うように入店を断られること、本来であれば手を差し伸べる側であり歓迎される側であったサムにとっては、周囲で起こる全てのことが以前との落差を思い知る苦痛の要因でしかない。彼の結論自体は一ミリも揺らいでいなかったのだが、それでもエミリアの喜ぶ顔が見たいがために付き合っていた健気さを思うと、かーなーしーいー。
悲しいけれど、誰がどのツラ下げて言えるのだろうか、終わらせたいと思っている人間に希望を持って生きるべきだなんて傲慢なことをさ。

エミリアは、彼女が望んだ形での希望にはなれなかったけど、それでも彼の世界を確かに変えた。以前ならば二人は道で見向きもせずにすれ違う類の人間同士だったはずだし、サムが黄色と黒のシマシマのタイツを買い求めることなど決してなかったのだから。
そんな本当ならば生まれるはずもなかった繫がりを表現した『Me Befor You』、『あなたに会う前に私』あるいは『君に会う前の僕』という素晴らしい題名が、なんで『世界一キライなあなたに』ってなるのよ!?「世界一キライ」ってどの段階?それ重要?あと、「に」ってなに、「に」って!

今日は沢山キレて疲れたので、この辺でお別れです。前書きと本文関係なかったじゃないって?まあね。
最後にパリのカフェで椅子から立ち上がったときのエミリアの足が、本作最大の見せ場なので、是非観て欲しい。私が今年観た恋愛映画全一本中、堂々の第一位です。ではまた。