Yayga!

イェイガ!(Yay!+映画)- 叫びたくなるような映画への思いを書き殴ります

『2021年に観た映画雑感&ベスト3』

リトル・ヤナギヤ「皆さん、こんにちは!リトル・ヤナギヤです♡お久しぶりね。なんと約3ヶ月ぶりの更新ですって!ヤバ。」
やなぎや「生きてます、ギリギリ生きてます。というわけで、遅まきながら『2021年に観た映画雑感&ベスト3』です」
リトル「ぶっ。2022年も明けて21日というのに、去年の話をするの?」
やなぎや「そもそも私は映画館で観る数が少ないから、その年公開された映画の感想ってあまり書けないのね。それで『○○年に観た映画ベスト』にしてるんだけど、だから逆に、どのタイミングでも成り立つわけ」
リトル『2021年1月1日~2022年1月21日までに観た映画雑感』ってわけね」
やなぎや「まどろっこしいけどな」

※初めて読む方のために〜リトル・ヤナギヤは、やなぎやの別人格です(大分説明を省略)。

2020年はこちら。

yanagiyashujin.hatenablog.com

 

リトル「去年は随分と最近の日本映画を観てたわね。それも暗めな、マイナーどころを」
やなぎや「なので、今回日本映画が多くなるかも。地方でやり直そうとする人間が田舎独特の慣習に潰されたり、閉鎖的な空気にメンタルやられる系が好き」
リトルそんな『系』ねぇよ。それにしても最近の日本映画、ニ文字の題名多すぎない?」
やなぎや『影裏』『楽園』『犬猿』『最悪』『悪人』『怒り』
リトル呪怨』『残穢』『回路』『凶悪』『告白』ゥゥーー!!」
やなぎや「どれがどれだか分からなくなってる」

 

◇『影裏』

2020年製作/134分/日本
監督:大友啓史 キャスト:綾野剛松田龍平

f:id:yanagiyashujin:20220120165502j:plain

 

やなぎや「主人公の今野綾野剛は異動先の職場で、独特な佇まいを持つ日浅松田龍平に惹かれる。でも日浅は捉えどころがなく、今野に構ったかと思えば突然消えたり、またフラリと現れたりするの」
リトル「冒頭から綾野剛の白い足が艶めかしく映され、その後もやたらとパンイチ姿が多い。まるで隠れて生きているような様子からも、綾野がどんな青年であるのか分かるわね」
やなぎや「この俳優二人が揃えばって感じなんだけど、なかなか良い映画だったよ。ちなみに、『映画.com』での評価は2.8です」
リトル「低ッ!ああ、よく見たら『るろ剣』の監督か」
やなぎや「吐き捨てるように言わないよ」
リトル「おかしな世の中だよなー!当事者間の問題に過ぎない不倫をした俳優は叩かれんのに、ロリコン野郎の作品は堂々公開されるんだからさー!」
やなぎや「それは、るろ剣の原作者ね。いいから、映画の話を進めないか」
リトル「あら、そ?漫画家って犯罪者と紙一重のやつ多いよなって話したかったのに」
やなぎや「(スル~)。明らかに裏のある日浅だけど、今野だけには心を開いているのかな?と思ってしまう。果たしてそうだったのか否か、今もよく分かんないんだよね」
リトル「日浅が今野の気持ちを搔き乱しては宙ぶらりんにする状態が続くんだけど、印象的なシーンは、久々に現れて、まるで時間の経過などなかったかのように『釣りに行こうぜ』と誘う辺りのシーケンス」
やなぎや「浮き立った今野が、買い揃えたアウトドアのギアを携えて出かけてみれば、日浅は嘘のように冷たい態度を取るんだよね。折角の道具をバカにしたり、無視して他の人間とおしゃべりしたり。今野の気持ちが萎んでいく、嫌な雰囲気と気まずさが忘れらないよ」
リトル「どんな人間だよコイツ、ってなるよわよね」
やなぎや「でさ、日浅が姿を消した後も、今野は日浅に教えられた釣りを一人続ける。ベタな考察だけど、釣りを止めれば、日浅との関係が切れてしまうような気がしているんだと思う
リトル「釣り糸が、マクガフィンと」
やなぎや「私、去年は一度もマクガフィンって言ってません!」
リトル「てか、ふっかづめ!ふかづめどこ行ったんだよ!『中半端な映画好きはマクガフィンとかメタファーとかいいがち(わら)』なんて暴言残して、ここ数か月姿を見ないけど、何やってるわけ!?」
やなぎや「どうどう、いきなりキレないで下さい。せめて『さん』つけて。礼儀に煩い青年だから。映画の話に戻って」
リトル「今野が知る日浅と、他人から聞く彼の姿とは全然違うっていう多面性がテーマでもあるわけだけど、『あ、現実でもこういう経験あるな』って思ったわ。日浅見てると、ざわざわするの。そして、『人には裏と表があるんだよ』の言葉の通り、得体の知れない空気で画面を支配する松田龍平のすごさ」
やなぎや「『龍平と翔太どっちが好き?』論て常にあるじゃない。いや、松田翔太はカッコいいよ。でも、役者としては比ぶべくもない。龍平が別格だと思う」
リトル綾野剛もよかったわね」
やなぎや「私は去年、綾野剛の年だった!出てる映画ほとんど見たもん。番宣に出過ぎなのと共演者への気遣いや如才のなさが鼻について好きじゃなかったんだけど、そんな理由で避けたら勿体ないなと反省したよ」


◇『孤狼の血 LEVEL2』

2021年製作/139分/日本
監督:白石和彌 キャスト:松坂桃李鈴木亮平

f:id:yanagiyashujin:20220120170426j:plain

やなぎや「昨年映画館で観た三本のうちの一本。孤狼の血シリーズといい『ヤクザと家族』といい、ヤクザ映画のオープニングを引き継いでいるところに、作品を横断した思いがあっていいよね」
リトル「毛筆フォントの縦書きでキャストが流れていくやつね。さてさて、前作『孤狼の血』と比べてどうだったのかしら」
やなぎや役所広司の不在が大きい』かな。孤狼の血』って、冒頭の取調室のシーンから、うだるような夏の暑さが印象的でさ、汗でテラテラ光る役所広司の肌や太陽を弾くサングラスが、映画全体をギラつかせていたと思うの。一見粗暴な不良刑事に実は冷静な面や人情家の部分があり、そんなキャラが作品を引っ張っていたんだけど、それが消えてしまった」
リトル「血腥さは割増しだったけどね」
やなぎや鈴木亮平の暴虐ぶりがあまりに凄いんで途中から慣れてしまって(笑)。警察の若造対ヤクザの若造の図式になったことで、『どっちがどこまでブッ飛んでるか!?』の競い合いになってしまった。もう半笑いで見守らざるを得なかった」
リトル「分かるわ。あと、滝藤賢一のせい
やなぎや「そうそう!半笑いを爆笑にしたのは完全に滝藤(笑)」
リトル「前作より更に、病的なまでに保身主義の官僚に進化してたね。問題ばかり起こす松坂桃李を『書類、大事なのよ。俺たち、公務員だからさぁ』とギョロ目顔で牽制してくるなど、それでも途中まではシリアスにも受け取れたんだけど、例のシーンのせいで、それすらフリに」
やなぎや「公道を破壊しまくりボッコボコに殴り合って血まみれになった松坂&鈴木のところに到着するや、『お前らなにしてくれちゃってんのー!?』って叫ぶシーンね!」
リトル「『ちゃってんのー?』だったかは忘れたけどw」
やなぎや「いや、いまレノアのCMの滝藤で再生されてる(笑)」
リトル「一番のブチ切れ演技だったわよね。悪の権化の鈴木亮平すら『お前ら』扱いしてる時点で、もはや最強なのは、骨の髄まで染み渡った滝藤の官僚主義じゃない?って」
やなぎや「その後の松坂桃李の行動にも爆笑」
リトル「キレキャラが多くて、結果、コミカルになり過ぎたかしら?ヤクザVS警察の話ではなくなっちゃった」
やなぎや「そういえば、一緒に観ていたリエコは『最後のシーンいらないー』って言ってたけど。多分もう続編作るの決まってて、あそこから呼び戻される・・・ってことこから始まるんだろうな」


◇『ヤクザと家族 The Family』

2021年製作/136分/日本
監督:藤井道人 キャスト:綾野剛舘ひろし

f:id:yanagiyashujin:20220120170504j:plain

リトル「続けてヤクザいきましょー」
やなぎや綾野剛カッコよー!舘ひろしはヤバかったね。ヤクザに全く見えない(笑)」
リトル「あんなヤクザいる!?焼肉屋に入ってくるところ、完全に『スター舘』だったわよ」
やなぎや「『行くとこあんのか』のシーンでもらい泣きしそうに・・・。一番いい場面が最初に来てしまったんで、私的にこの映画のピークは前半の前半だな~。綾野が盃もらって、自分の居場所を見つけて、舘に尽くすところ」
リトル「その分、後半の寂れ具合が悲しすぎた、、、」
やなぎや「この映画の良かったところは題名の通り、完全にヤクザを『家族』として描いたところだよね。例えば他の幹部が綾野に嫉妬して失脚させるとかさ、綾野がのし上がろうとするとか雑音がない」
リトル「そもそも、地方のちっちゃな組っぽかったもんね」
やなぎや「時代の波に乗れなかったヤクザ一家の衰退、残った所帯を何とか守ろうとするものの一番単純で一番バッドな選択をしてしまう・・・そんな悲しいまでの不器用さを中村の兄貴北村有起哉が体現していた」
リトル中村の兄貴せつねぇ~(泣)。でも終盤が一気に雑にならなかった?」
やなぎや「なったね。職場で綾野の過去がバレて紹介してくれた友達にも元恋人にも害が及ぶ・・・ってとこ。いくらSNSの時代とは言え、あんな影響力のなさそうな三下が挙げた一枚の写真が数人の人生を破滅させるわけもなし、ベタな片付け方だった」
リトル「その流れからのあのラストなんで、妙に陳腐だったわ。おかげで脳内逃亡しちゃって、『ROOKIES』の音楽が流れたもん。『お前らの未来は栄光に満ちている』『卒業おめでとう』って」
やなぎや市原隼人な・・・。(脳内逃亡ってなに?)」
リトル「舘さんにしてもキレイすぎじゃない!いいオヤジのまま途中退場しちゃってさ。いや、あんたが家長として無能だったせいでしょ?仁義もいいけど家族を守れやって思ったわ。始まりが良かっただけに、残念だったわぁ」


◇『空白』

2021年製作/107分/日本
監督:吉田恵輔、キャスト:古田新太松坂桃李

f:id:yanagiyashujin:20220120170755j:plain

リトル「わざわざ映画館に観に行ったんだよね」
やなぎや吉田恵輔監督の映画は割と観ていて、犬猿が好き。壮絶な兄弟/姉妹喧嘩の話なんだけど失笑を禁じ得ない『犬猿』に比べれば、『空白』はグッと深刻だった」
リトル「女子中学生がスーパーで万引きを疑われ、店長の青柳松坂桃李に追いかけられた結果、車に轢かれて死んでしまう。父の充古田新太は、真実を知ろうと青柳を追求するうち、持ち前の気性の荒さが災いし、執拗に付き纏うようになる」
やなぎや「また娘が、誰に聞いても『印象にない』と表されてしまうコで」
リトル「真実を知ることが父親の望みなんだけど、喚いても脅しても、真実など出てこないのが残酷だったわ。父親自身も、死ぬまでは彼女に興味なかったのよね、それが自分で気まずい、許せない」
やなぎや「だから最初は、気持ちの決着をつけたいがために罪を問う矛先を探すんだよね。『俺の娘は万引きなんかしない、青柳が誤解して死なせた』が彼が求める『真実』」
リトル「万引きをするコかどうか、判断つかないくらい娘のことを知らなかったくせにね。こうなると、加害者かもしれない松坂より、古田新太の方がよっぽどモンスターでは?ってなるわよね」
やなぎや「『正しい』というワードが意図的に出てくるんだけど、正義を振りかざす寺島しのぶが、象徴的なキャラだったね。正しい正しいっていうけど、正しいってなに?と、観客も分からなくなるし、寺島しのぶも最後にはわかんなくなっちゃう」
リトル「被害者加害者ともに精神が削られ、周囲も巻き込んでグチャグチャに絡まってしまったとき、怨嗟を断ち切るのが、娘を轢いた女性の母親である片岡礼子。ちょこっと出てきては、重要な役を担う女優さんよね。同じ親として、彼女は古田新太には想像もつかない行動を取る。彼女のふるまいと言葉から、映画の方向性がガラリと変わる」
やなぎや片岡礼子はすごかったね~。あそこで、ぴしゃんと頬を叩かれた気がして、やっと息がつけたもん(笑)」
リトル「私はもう、寺島しのぶの演じるおばさんが怖すぎた(笑)。あと、唯一正気を保ってくれていた藤原季節が良かったわー」

 

やなぎや「長くなりそうなので一旦切ります。To Be Continued...」
リトル「更新回数を稼ごうってハラね。雑談が多いのよ」
やなぎや「誰のせいさ」
リトル「にしても、ゴツすぎダークすぎ!ラインナップが」
やなぎや「確かに・・・。ブログのゴツ臭を拭うべく去年は恋愛映画も観ようとしていたんだけど、いつの間にやら、こんなことに」
リトル「続きはホワイトな感じでいきましょ。ファッションや恋愛、キッズに動物、スイーツにママ友の話なんかがいいわね!」
やなぎや「いや、ママ友はダークサイドでしょ・・・。では、皆の衆、また来週!(多分)」
リトル「また隠踏もうとしてる」

『BLUE ブルー』

f:id:yanagiyashujin:20211102174454j:plain

監督:吉田恵輔 キャスト:松山ケンイチ木村文乃柄本時生東出昌大/2021年

皆さん、こにゃにゃちは。
現在、2021年中で最も精神的&肉体的に疲弊した状態につき更新が滞ってしまいました。幸い我が家族には問題なく、まぁ周囲のことね。こんな年にもなりゃ色々あらぁな。「次にブログ書くのは『今年観た映画ベスト10』とかになってしまうかも・・・」と思い始めていたのだが、急に「あ、ブログ書きたい」という衝動に襲われたのでした。

その理由がさ、めちゃめちゃ疲れている状態のときに、何人かの人の情熱に触れたためだと思う。例えば、70歳を疾うに超えた叔父が、描き続けてきた絵の個展を沢山の人の協力を得て開催したことだったり、その間の楽しそうな雰囲気や盛況に終わったと報告してくれたときの満足そうな様子だったり。
または、娘のサッカーのコーチが曲げずに言い続ける「技術よりゴールより、一生涯サッカーを好きでいてほしい」という熱い言葉と、その言葉と矛盾しない子供達への忍耐強く優しい指導の姿勢だったり。または、ついにブレイクしたCreepy Nutsの曲を改めていいなぁと思い、彼らがこれまでの紆余曲折と、変化した考え方、ものの観方を語るのを聞いて胸を打たれたり。

そんなことが丁度重なって、その人たちの情熱が伝播したというか力をもらい、何か吐き出したいという気持ちになった私が2021年11月の今を生きています(誰かのパクリだなコレ)。ではここで、Creepy Nuts『かつて天才だった俺たちへ』を聞いてください。

苦手だとか怖いとか 気付かなければ 
俺だってボールと友達になれた
頭が悪いとか 思わなけりゃ 
きっとフェルマーの定理すら解けた
すれ違ったマサヤに笑われなけりゃ 
ずっとコマ付きのチャリを漕いでた
力が弱いとか 鈍臭いとか 
知らなきゃ俺が地球を守ってた hey

破り捨てたあの落書きや
似合わないと言われた髪型
うろ覚えの下手くそな歌が
世界を変えたかも ey

かつて天才だった俺たちへ
神童だったあなたへ
似たような形に整えられて
見る影もない

いい歌詞!!

気を取り直して、本日は『BLUE/ブルー』です。前書き一ミリも関係ありません。誤字脱字勘弁だゼ。あ、これから観る人は予告観ないでくださいね。あの予告、だめでしょ、あれ。

 

◇あらすじ

誰よりもボクシングを愛する瓜田は、どれだけ努力しても負け続き。一方、ライバルで後輩の小川は抜群の才能とセンスで日本チャンピオン目前、瓜田の幼馴染の千佳とも結婚を控えていた。それでも瓜田はひたむきに努力し夢へ挑戦し続ける。(映画.comより)

『ヒメアノ~ル』(2016)、犬猿(2018)の吉田恵輔監督が自身のボクシング経験を活かして書いたオリジナル脚本だそうだ。『ヒメアノ~ル』は、濱田岳ムロツヨシコンビの、コンプレックスを拗らせすぎて過剰に自意識を育てちゃった感じとか妄想癖がキモかったなぁ。濱田が意中の女のコとセックスするんだけど、彼女が思いのほか積極的で経験豊富であったことに引くところに、もうキモ要素が凝縮されていたよね。さすが古谷実というべきなのか、吉田監督を褒めるべきなのか(映画自体はそんな好きじゃないが)。『犬猿』は観てません。『空白』(2021)はこないだ観て来たんだけど、よかったですねぇ。

本日もチャーッと適当に他作品を流したところで、もう、本作の松山ケンイチを見てほしいの。お芝居に詳しくないので感覚的な話しかできないのだけど、画面越しにも「空気感が作られる」ことを実感することができ、改めてケンイチ好きだなって思いました。

確か、ふかづめさんが『シネトゥ~ふかづめあばれんぼう列伝~』松山ケンイチの話してたから、久々にふかづめ召喚するか(※)。
ふむふむ・・・。あれ~、松山ケンイチの話をいつかどこかでしてたと思ったのに見つからない。あれは夢?幻聴?どっかで言ってた気がしたんだよね、「日本屈指のメソッド俳優」って。それとも、ちっとばかし記憶力には自信があると自惚れているうちに衰えているのかしら。こないだも、ふかづめさんに「(黒澤明の)『生きる』が好きだったよね?」と聞いたら「好きじゃありません」と冷たく言われたし。てか、ふかづめ召喚意味なかったやん。

つまりジェイクと同じってことよね。私はメソッド俳優が好きってことよ。友人のS氏などは、役柄によって太ったり髪抜いたりして役になり切るロバート・デ・ニーロを嫌っていて、確かに何の準備もせずにぶらりと現場に現れてさっと芝居して帰っていく役者はカッコいいと思うんだけど、でもジェイクのように徹底的に役作りをする人には、やっぱりすごいもん見せてもらったなと思うよ。

※「ふかづめ召喚」は名詞です。映画の話をぼんやり投げつけると、イイ感じに言語化したり説明したりしてくれます。あまりやると無視されるので、ここぞというときにしか使えません。


◇本題

アヴァンタイトルの雰囲気が好き。所属するジムの会長にバンテージを巻いてもらう試合直前の瓜田松山ケンイチの姿が映され、ジャージ姿でブラブラ現れた小川出昌大)が、廊下に駆け出した楢崎柄本時生に「なに、緊張してんの?」とからかい気味に声をかける。会長に「お前もウォーミングアップしとけよ」と怒られた東出は生返事をしつつ、松山ケンイチに「千佳が送ってきたんですけど」と携帯の写真を見せて笑い合う。そこから松山ケンイチが花道を歩いていき、スローでリングに上がる姿にタイトルが重なる、という始まりだ。

後輩の東出がチャンピオン候補であり、松山ケンイチはその前座を務めるレベルの選手であること、また前者の磊落かつ豪胆であるのに比べて、後者は控えめで柔らかな性格であることが示されるシーンでもある。冒頭に持ってきたのは、この試合が二人にとって重要な試合であり、映画の中で重要なターニングポイントの役割を果たすからだ。
時は少しだけ遡り、この日に至るまでの、ボクシングに熱中する男たちの姿が描かれていく・・・(それにしても、松山ケンイチの役作りは徹底していて、試合の前とそれ以外のシーンでは身体の作り方が違った)。

松山ケンイチが演じた瓜田は、ボクシングを愛し、練習の後は進んでリングを掃除するような勤勉で誠実な人物。しかし、戦績は2勝13敗と負けが込み、ジムの後輩たちから見下されている。自分のみならず仲間の対戦相手の分析まで行うが、実績を伴わない彼の言葉に耳を貸す者は少なく、それでも嫌な顔ひとつ見せずに「確かにオレは勝てないけどさ、基本は大事だよ」と諭す。

そういった松山を見ている間中、胸が苦しくて痛かった(それだけ松山ケンイチが素晴らしかった)。
例のターニングポイントの試合までは、少なくとも彼の「ボクシングを見る目」は的確なのだと仄めかされる。例えば、松山を「勝てないじゃないすか」とバカにする洞口(守谷周徒)を、初心者の柄本が松山の教え通り基礎を守った攻撃で倒すシーンで、観客は彼のボクシングに対する情熱は仲間への貢献で報われるのだろうなと期待するし、当然そのストーリーラインは重要な東出の日本タイトル獲得のエピソードに繋がってくることとなる。

松山は、東出の対戦相手のパンチを繰り出した後にガードが下がる癖を指摘し、その隙に顎ヘのアッパーでダメージを与えるよう助言する(彼が大事にする基礎ね)。東出は、自分ならばバックステップからの左フックカウンターにより一発で倒せるのでは?と提案する(こちらはどうやら難しい攻撃らしい)。

あまりにも残酷なのは、描かれてきた松山の努力と希望が、大事な試合の舞台でズタズタにされることだ。自分には徹底してボクシングセンスがないことを、彼は思い知る。説明しなくても、日本タイトルを見事勝ち取った小川が、どのような方法で相手を倒したのは察してもらえるだろう。
ここで、心優しい松山が一言だけ漏らした本音、醜くドス黒い言葉は、自身の連敗記録を更新したことが原因で放たれたわけではない。全てを捧げて尽くしてきたボクシングにおいて、どの側面からも報われないことに絶望したからなのだ。それをきっかけに、ボクシングも愛する女性も手に入れる東出への、抑えに抑えていた気持ちが噴出してしまう。そのときの松山の姿は、痛々しくて見ていられないほどだ。

互いに、自分にはない相手の強さを羨むという皮肉。東出は「あの人、ホントつえーわ」と松山の強靭な精神を羨む。松山は「お前、ホント強いよ」と東出のボクシングセンスを妬む。描かれているのはスポーツを介した友情や成功譚ではなく、どれだけ尽くしても手に入らないものを追い続ける男の物語だった。

f:id:yanagiyashujin:20211102183120j:plain

 

◇ドカドカドカドカ

こんな感じで終始、とにかく映画が始まったときから松山ケンイチが映る度、愛しさとせつなさと心強さの代わりに胸の痛みをいつも感じている作品なのだが、ただ、各所で差し込まれるユーモアがよかった。いや、松山と東出に比べて圧倒的に不純な動機でジムの門を叩く柄本時生の顔自体が、それもうユーモアなんだけどね。

時生が時々、歯を出して「ニパッ」と笑うのね。それがまぁ、いらっとする笑顔なわけ!
そもそも、こいつがボクシングを始めたのは「女に『ボクシングやってるふう』に見せたい」からで、松山ケンイチに胸が痛めているこちら側としては「帰れ、この野郎!!」と歯にパンチしたくなるのだ。
だが、この時生、松山のストイックな姿の後ろにちらちらと映り込みながら、なんだかんだと真面目に練習に通い続け、徐々にボクシングの魅力にとりつかれていく。初めてのスパーリングを経験しパンチの感触を噛み締める描写など、ガチの東出&松山とは異なる初々しさが微笑ましく。

ほうほう、まぁよかったじゃん。と思っていると、松山ケンイチに「うまくなりましたね」と声をかけられた時生、「いえいえ」とニパッ。

いら!所詮「やってるふう」を目指すお前が偉そうに「いえいえ」とか言っていいと思ってんのかァ。せめて「いえ」にしとけ、その「いえいえ」の重複が、調子こいてるふうでイカンのじゃ。しかも、この時生、うっかりプロテストに受かると、意中の女の前でわざとライセンス証を落とすなど実にいじこましい行動を取る!見せるなら正面から堂々見せんかい!ところが、この時生、認知症の祖母の面倒を見ながら暮らしていることが分かる。あ、そうなんだ・・・万引きしたばあちゃんを引き取りに行った帰りも、ばあちゃんを怒るわけでもなく・・・いいやつだな。

だがしかし、再び松山に「これならいつでも試合できますよ」と言われた時生、「いえいえ」「でも最近、試合してみてもいいかなって」とニパッ。

いら!ワッツ!?

「いいかな」って!?なんで、いつもちょっと偉そうなん!?だから、その「ニパッ」がいかんのじゃ。調子のんな、すっこめ!!

いや待って。時生の話がしたかったわけではない。松山と東出が、東出のアパートでタイトルマッチの対策を話し合うシーン。ここで大家がウルサイと怒鳴り込んでくるシーンは超面白かった。

大家「あんたたち、ドカドカドカドカうるさいのよ!」(何故かカーラー巻いてる。いつのコントだ)
東出「ドカドカドカドカしてないっすよ」「ねえ、瓜田さん、ドカドカドカドカしてないっすよね?」
松山「うん、ドカドカドカドカしてないです」
大家「ドカドカドカドカしてるでしょうが!うるさいって苦情来てんのよ!」

あまりに大家の顔がすごいのと、全員が繰り返すドカドカドカドカが面白くて、東出昌大は、ちょっと顔そむけてホントに笑っちゃってたもん。

そうそう、東出昌大がとにかくカッコよかったよ。上述の通り柄本時生は見事にカッコ悪い側のボクシングマンを演じ、あと、私は何気に洞口くんが好きだった。『空白』でも思ったんだけど、この監督、ワルめの若者を撮るのが上手ね。木村文乃もいい女優さんだなと思ったが、如何せんあのモサっとした髪型が受け入れがたく。。。ま、垢抜けすぎないのがよかったのかな?

世間では、とてもよいという評価もあれば、何も起こらず地味という評価も多いようで。その理由は多分、松山ケンイチ始め他の二人のパートでも、カタルシスが一切得られないためだろうと思う。ボクシング映画とゆーものは、まず才能や可能性があり、苦悩があり、成功があり、次に挫折があり、打たれても打たれても立ち上がり、最後は栄光を掴む・・・とゆーのが鉄板ではないだろうか。

しかし、この映画ではそれがない!

誰よりもボクシングを愛する松山にボクシングの女神は微笑まないどころか、東出のエピソードにおいても時生のエピソードにおいても、蓄積されたフラストレーションを払拭してくれるような、劇的な展開がないのだ。ひどい話だよ。
ただ、このモヤモヤとかやるせなさは、ラスト、職場の市場でシャドウをする松山ケンイチの姿を浮かび上がらせるショットで、「あ、やっぱりこの人強かったね」って救われるんだわ。あそこは良かったわ。
※余談ですが、「世間から身を隠したい人が流れつく職ってだいたい市場だよね」と夫に言ったら、「市場を何だと思ってるんだ」と怒られました。

 
◇後悔してる?

とても好きなのが、松山ケンイチが東出の新居への引っ越しを手伝い、木村文乃と二人になったときの場面。彼女にボクシングを始めたきっかけを問われて、答えるときの優しい顔がホントに好きィ~。「千佳が勧めたじゃーん」の言い方もすごく好きィィ。

ここで、東出と木村が出会うきっかけは松山が東出にボクシングを勧めたことだとわかる。それを受けての、木村の「後悔してる?」の台詞だ。彼女も恐らく松山が自分を想う気持ちに気付いているからこその切り込んだ言葉なのだな。松山は「してないよ、でも」と言い淀み、結局二人は話題を変えるのだが、言葉にされなかったのはもちろん、”千佳は自分のものだったかもしれないのに”という願望だ。だが、それが実現しなかっただろうことを松山は知っている。これよ、これ。あたち前回のブログで言ったでしょ!全部表に出さなくてもいいって!言わぬが花って。

ここの松山ケンイチが作り出す暖かな空気感、それに後押しされた木村の笑顔とかわいいタコ顔は必見だ~。

何度も言うが、私は瓜田というキャラクターと松山ケンイチの芝居にいつ涙が流れてもおかしくないくらい胸を痛めていたもので、彼が画面から姿を消した後は気が抜け、時生のプロデビュー戦や東出の日本タイトル防衛戦は、もうどーでもよくなっていた。振り返ってみたら107分しかない映画なのに長く感じちゃったよ。

今年観た恋愛映画三本中、堂々の第一位。
エミリア・クラークの下がり眉、アン・ハサウェイのハサウェイすぎるショートを、松山ケンイチが作り出す空気感」が上回りました。おめでとうございます。

 

f:id:yanagiyashujin:20211102183150j:plain

(C)2021「BLUE ブルー」製作委員会

『ブルックリンの恋人たち』

f:id:yanagiyashujin:20210921150104j:plain

監督:ケイト・バーカー=フロイランド キャスト:アン・ハサウェイ、ジョニー・フリン/2014年

皆様お久ですね。私は元気です。バタバタしていて、更新ができませんでした。

こないだね、面白い漫画を見つけたから親友のリエコに教えたの。二次元の推しにそっくりな人が現実に現れる・・・というひっちゃかめっちゃかなギャグ漫画なんだけど、その流れで「こういう意味の『推し』って昔なんだった?」と訊いたらさ。

リエコ「『幽遊白書』の飛影と『ダイの大冒険』のヒュンケル」

・・・マジで(笑)!?激古いのはお互い様だから仕方ないとして、何につけても勝手にトラウマ抱えたがる系のひねくれ&めんどくさ男子ばっかりじゃない?ヒュンケルって、確か親の仇をカン違いして赤の他人を恨んで人生半分無駄にしたような奴だったよね?(私は過去になんか抱えがちの男のキャラが嫌い)

でも、なるほど。だから旦那もああいうメンドくさ・・グエッホ、ゲホゲホ!

リエコ「今は、『アシガール』の若君」

ヒュンケルからの脈絡ゼロ!おまえに何があった。
あ、なるほど。やっぱり旦那との生活を経て、手がかかる男が如何に使えないかを思い知・・・ゴホゴホ、イエッホ!

リエコ「(怒)。じゃあ、お前はなんなんだよー」
私「『アルスラーン戦記』のダリューンだった」
リエコ「天野喜孝先生の絵の輪郭しか覚えてねぇわ」

以上、40代主婦の昼下がりの会話をご紹介しました。
じゃ、そんな感じで『ブルックリンの恋人たち』です。いい映画だったよ。

 

◇あらすじ

ロッコに暮らすフラニアン・ハサウェイは、ミュージシャン志望の弟が交通事故で昏睡状態に陥ったため、家族が暮らすニューヨークに戻ってくる。弟の意識が戻る可能性は低いと医者に聞かされ動揺するフラニー。弟と疎遠になっていた彼女は、自分が今まで弟のことを何も知らないでいたことを悔やみ、彼が何を感じてきたかを知ろうと、弟の日記を手にその足跡をたどっていく。そんな中、弟が憧れるミュージシャンのジェームズ(ジョニー・フリン)と出会い、フラニーとジェームズは音楽を通じ、互いにひかれ合っていく。(映画.com)

プラダを着た悪魔(2006)にて監督アシスタントを務めたケイト・バーカー=フロイランドの初監督作品だそうで、主演のアン・アサウェイがプロデューサーも務めたそうです。また、ジェームズ役のジョニー・フリンは俳優の他にミュージシャンとしても活躍しているそうだよ。適当に拾ってきた情報でごめんなさい、雰囲気だけ感じ取ってください(てきとう)。

まず言及すべきは、なんといってもアン・ハサウェイのハンサムなショートカットと、それによって際立つハサウェイな魅力!まぁ、これから色々書くけど、これに尽きる。繊細でどことなく感受性の強そうなキャラクターのためか芝居は終始抑えめで、派手な顔にパワフルな性格やアクションがプラスされるいつものアンハサの印象とは全く異なる役だった。とにかく、髪型とワークパンツにTシャツの無愛想な服装がハサウェイすぎるぅ・・・。こんな役をやっていたんだね。私は断然このアンちゃんが好きだなぁ。

さて、弟ヘンリー(ベン・ローゼンフィールド)の事故の知らせを受け、急いで帰国したアンちゃん。病室で眠ったままのヘンリーを前に涙を流す。この辺りは、何もあなたのせいではないのだからそんなに自分を責めないでも(壁を殴ったりする)、とは思うのだが、彼がミュージシャンを目指すことに反対して取り合わず、長く口を利かずにいたことがアンちゃんの心に重く圧し掛かっている。元は仲の良い姉弟だったんだろうね。後で音楽に囲まれて育った一家であることが分かるシーンもあり、姉は写真家、弟はミュージシャンと、ともにクリエイティブの道を目指しているにも関わらず、弟を応援してやらなかったことに強い自責の念を覚えているのだ。

アンちゃんは、ヘンリーの荷物の中から自作のCDと日記帳、そして彼が敬愛するミュージシャン、ジェームズ・フォレスターのライブチケットを見つける。日記帳には、お気に入りのレストラン、歌手やバンドなど彼が愛するものがびっしりと書き込まれており、アンちゃんはそれを基に弟の音楽に彩られたブルックリンでの日常を探訪する、といった内容だ。

 

◇昼=現実

特徴的なのは昼と夜の対比。昼間のシーンの舞台はほぼ弟の病室で、ベッドの白いシーツやアンちゃんの沈鬱な表情も相まって全体的に寒々しい雰囲気を醸し出す。逆に、アンちゃんが日記帳を片手に街を歩くシーケンスは、多くのライブが夜行われるため、ほとんど夜だ。彼女の表情は相変わらず晴れないが、それでもネオンに照らされたブルックリンの街並みと多様なジャンルの音楽のライブシーンには、やっと病室から離れて身体が暖かくなってきたような感覚があり、観ている側の肩の力もホッと緩む。
大袈裟に言うならば贖罪の旅だった街探訪が、ジェームズという同行者を得たことでどんどん楽しいものになっていくのも、二人がぼやけたブルックリンの夜景を背景に互いの悩みをぽつりぽつり打ち明け合う場面も心地が良い。

f:id:yanagiyashujin:20210921152428j:plain

逆に、楽しい夜の時間が増えれば増えるほど、病室のシーンに切り替わった時の室内の冷たさが現実的で。
でね、私、絶対「弟がこんな状態なのに恋愛に現を抜かすのが受け入れられない」とか言う人いるんだろうなと思ってレビューサイト覗いたら、結構な数いたわ。学級委員長がまたいたわ。クラスに一人でいいのに沢山いよるわ。
サッカーで言うなら(またか)、カード累積で出場停止になった選手が試合と同時刻に家族で外出を楽しんでる写真をSNSにあげて批判されるのと一緒ね。正しい姿勢は、試合には出られないが客席から真剣な面持ちでチームメイトの奮闘と試合展開を見守り、ピッチの外でも戦っていること(このとき眉間に皺を寄せてメモなど取っていると株は急上昇&間違ってもスマホを見てニヤついている顔をカメラに抜かれてはならない)。それをせず家族で休日を楽しむなんて「気持ちが足りない」ってわけだ。気持ち送って点取れたら監督いらんがな。

弟が生死の境を彷徨っているのだから、アンハサも寝食そっちのけで憔悴しているべきというのか。くだらね。誰が観たいの、それ?アンハサが弟のために祈り続ける映画が観たいの?どんな映画だ。祈って昏睡から目覚めたら医者いらんがな。

仕方がないんだよ、この姉弟は実はとてもよく似ていて、姉も同じくジェームズに惹かれるのは無理からぬことなのだ。それにジェームズときたら、結構な売れっ子のくせに謙虚で控えめ、密かに創作活動に悩みを抱えているシャイボーイ。突然現れた女に「弟が事故に遭ったの」と手作りCDを渡されて素直に同情し、わざわざ見舞いに来てくれるようなグッドガイだ。歌う歌は、陽だまりがどうだ雨のしずくがどうたらとポヤポヤした曲ばかりで(ギターを奏でていたと思ったら突然バイオリンも弾く)、まあ私がこういう曲聴くとしたら、二年に一度、なんの気まぐれか刺繍でもしてみようかしらと思って刺繍糸買ってきてBGMもたまにはこんな感じのを聴いてみようかしらって気分のときに選択する類の音楽なんだけど(そして刺繍には一日で飽きる)、ウン、ジェームズはいい奴。惚れる。

なにより、アンちゃん自身が上記のレビューのように、不謹慎だと自覚する描写がきちんと用意されている。ジェームズに好意を抱き始めていた彼女は、弟に付き添っているときにふとYoutubeで彼を検索する。すると、楽しそうにギターを弾きながら歌うジェームズの映像が見つかり、思わず口元を緩めて見入った後に、はっと顔を上げる。そしてカメラは病室で座るアンちゃんを引きで映す。つまり、状況を忘れジェームズとの時間を楽しんでいたことへの罪悪感が映されているのだ。こはちょっと胸が痛くなったよ。

 

大和撫子問題

ただコレさぁ、この二人、寝ないで欲しかったなぁ。結局、わたしも慎ましやかな大和撫子ってことですよ。何言ってるんだか分からないけど。最近知り合いと、日本の「言わぬが花」って文化の美しさについて話したんですよ。主張on主張、己の欲望にストレートに従う、「This is me!」の社会も大変結構ですが、口に出せなかったこと、互いに確認し合いながらついに形にならなかったこと、そこに感じるキュンがあるじゃない、恋愛に限らずね?日本にはそういう品の良さがあるじゃない(やなぎやさん本作アメリカの映画です)。

そういう慎しみ深さというか、繊細さを芸術肌の二人には感じたのにな!?

もちろん、これが限られた時間の恋であることは二人とも暗黙のうちに理解している。
ジェームズ側の夢の時間の終わりは、予定のスケジュールを終えればブルックリンを去ることであり、その刻限が迫りつつある時、思いがけずアンちゃんの方に契機が訪れる。ヘンリーの意識が戻ったのだ。もちろん喜ばしいことではあるが、ヘンリーと音楽により結び付いていた二人だったから、それがなくなれば一緒にいる理由がない。ヘンリーの目覚めは同時に二人の別れを意味していた。だから、ジェームズはアンちゃんやお母さんに何も告げずに病院を去るのだ。

しかし、最後にもう一つ、二人の今後を変えるかもしれない道が用意されていた。ジェームズのこの地での最後のライブが行われる夜、ネットで調べるとチケットは余っていた。店へと急ぐアンちゃん。窓口に駆け寄りチケットを求めると「完売したよ」と告げられる。曲が作れないことに苦しんでいたジェームズは、中でアンちゃんを想って作り上げた新曲を歌い始めたところだった。外のビジョンでそれを聴き微笑むアンちゃん。そして、来た道を引き返して行く。

あー、せつな!チケットが完売してなかったら?会場に現れたアンちゃんをステージからジェームズが見つけたなら?違う未来が二人にはあったかもしれない。しかし、道が分かれていくさまが、またよかったんだな。

今年観た恋愛映画全二本中、堂々の一位。
またこういうアンハサが観たいなー。

f:id:yanagiyashujin:20210921152452j:plain

『プライベート・ウォー』

f:id:yanagiyashujin:20210813124408j:plain

監督:マシュー・ハイネマン キャスト:ロザムンド・パイクジェイミー・ドーナン/2019年

皆さん、こんにちは~。
突然ですが、賞味期限切れのものって気にせず食べますか?
私は舌と耳と鼻と顔がめちゃくちゃ良く(目と口は悪い)、怪しげな食べ物の匂いや味を察知する自信があり、ゆえに賞味期限には惑わされません。昔、クリスタルガイザーだかボルヴィックだかを会社で口にして「ん、これおかしい」と飲むを止めたんだけど、数日後に製造過程に問題があったとかで回収されてて、同僚たちも驚いていたもんね。

けれど、だからって、他人が私に賞味期限切れのものをあげてもよいって話にはならないと思うのね。先日は仲の良い同僚が「これ、賞味期限切れてるけど大丈夫でしょ」と饅頭をくれました。ヨーグルトをもらったこともあります。自分は食べないのだそうです。期限切れてるから。

また、うちは夫と子供が、保育園時代のママ友の美容師さんに髪を切ってもらっているのだけど、こないだ夫経由で何故か醤油とハーブティと豆菓子を渡され、ハーブティ以外は賞味期限切れてたからね。LINEで期限切れてるじゃんって言ったら「うん、だから早く消費して」。

でもねえ、私、胃は弱いんですよ。そこんとこ分かって。
そんな感じで今日は『ゴーン・ガール』、じゃなかった『プライベート・ウォー』です。

 

◇あらすじ

イギリスのサンデー・タイムズ紙の戦争特派員として活躍するアメリカ人ジャーナリスト、メリー・コルビン(ロザムンド・パイクは、2001年のスリランカ内戦取材中に銃撃戦に巻き込まれて、左目を失明してしまう。黒い眼帯を着用し、PTSD心的外傷後ストレス障害)に苦しみながらも、人びとの関心を世界の紛争地域に向けたいという彼女の思いは強まっていく。(映画.com)

ロザムンド・パイクと言えばゴーン・ガール2014)”と連想するほどに、あの映画の印象が強いよな。何よりパイクを他の映画で知らないんだ、ごめん。でも安心してください、本作のパイクは『ゴーン・ガール』を超えたと思うよ。生生しい感じで、いい女優さんだよね。

カルテル・ランド』(2015)ラッカは静かに虐殺されている(2017)などのドキュメンタリーを手がけてきたマシュー・ハイネマン初の映画監督作品となる。これは両方とも面白かった。当然ながら、本作もかなりドキュメンタリー色の強い、というか、ドキュメンタリーの強みを生かした映画だったと思う。逆に言えば、こういう映画だからこそ生きる監督なのだろうね。製作にシャーリーズ・セロンいるんだー、なんでだろ(ちゃんと調べなさいよ)。

映画はメリー・コルビンの没地となるシリアのホムスの、空爆で廃墟となった街を上空から映す映像に始まる。ボイスオーバーでインタビューに答える声が流れ出し、そこから彼女が世界の紛争地に赴く様子と私生活が交互に描かれていく。
カメラは、爆撃の犠牲になった人々や遺族の嘆きを映し、それを無言で見つめるパイク、PTSDに苦しみながらアルコールやその場限りの男との情事で傷を埋め、また戦場に向かっていくパイクを映す。特筆すべきは、彼女の記事を読んだ世の人々の反応や、当時の政情や政策などが取り上げられないことだ。つまり、ひたすらメリー・コルビンの内面を描き出そうとした映画だった。
戦場に取り憑かれたパイクが、精神を病み私生活を破綻させていくのは悲惨だが、一方で友人や新聞社の上司との関係、そして、一夜の相手だったスタンリー・トゥッチが思いもかけず大切な存在になっていくなど、彼女の正気を繋ぎ止める人々との関わりが良かった。スタンリー・トゥッチを見ると嫌な予感がして気分が悪くなりそうになるのだが(※)、今回はいい役でよかったよぉぉ・・・

※『ラブリー・ボーン』の犯人役がイヤすぎたせい。

『おやすみなさいを言いたくて』(2013)というやはり女性の戦場カメラマンを主人公とした映画がある。戦場から戻るたび家庭を第一に考えようと誓うものの、やはりチャンスがあれば一切合切を投げ打って飛行機に飛び乗ってしまう。更に仕事のために自分の子供を危険に晒してしまい、家族と完全に離別することになるのだが、どちらの映画においても、彼女らの行動の理由を「職業」というものに求めることは、もはや全くの筋違いだ。もちろん使命感と、だがそれ以上に帰巣本能に近い衝動のものが彼女達を戦場に向かわせる。「なぜ」という問いかけは無意味だろう。

 

◇「私が見ているから、あなたたちは見ないで済んでいる」

紛争真っ只中のホムスでのシーケンス、ある日二人の少年が立て続けに犠牲になるところから、監督本来の手腕が発揮される。悲鳴を上げて嘆き悲しむ両親、それを写真に収めたジェイミー・ドーナンが耐え切れず目を背け、無表情のパイクの片方の目から涙が一筋流れる・・・。政府軍の激しい空爆が始まり各国のメディアは完全撤退を決断するが、取り残された2万8千人の民間人(ほとんどが女性と子供)の実情を世界に伝えるために、パイクは命を賭してその場に残る。

「死体で見つかったときカッコ悪い下着を着ていたくないでしょ」というあまりにカッコイイ理由から戦場で「ラ・ペルラ」の下着を身につける彼女が、ついに眼帯をつけることすら放棄し、光の消えた瞳でPCの画面を眺め続け、研ぎ澄まされた言葉で世界に現状を伝えようとするライブ中継のシーンは圧巻だ。淡々としているのに、画面から一瞬も目を離せないような気迫に満ちていて、ここはただ、わけもわからず涙が止まらなくなった。

印象的な場面と台詞が二つある。一つはパイクがトム・ホランド「私が見ているから、あなたたちは見ないで済んでいる」と言うシーン。もう一つは「もっとも難しいのは、(取材をして記事を書くことではなく)、記事を読んだ関係のない人達が関心を持つと信じることだ」という独白だ。メリー・コルビンを突き動かしたのは、一部はもはや反射、しかし他の部分は「自分には関係のない世界の話」と思っている人たちの無関心だったのだろう。

戦争が遠い世界の出来事となった日本にいても、このような映画を観ると、2004年にイラクで起こった日本人三人の人質事件を思い出す。基本的に私は日本人の欠点(平和ボケや異常な保守体質)は自覚しつつ、特に子供を持った現在では生活するのに最適な国だと思っている。送り迎えなしには子供を外出させられなかったり、小学校に銃が持ち込まれるような場所で子供を育てていく自信が私にはないからだ。だが、あの事件当時の日本全体の反応には、心底日本人であることがイヤになったね。誰もが口にしていた「自己責任」という言葉は未だに吐きそうになるほど嫌いだ。街中のインタビューで、夕ご飯の献立のことしか考えてないようなオバさんやアホそうなサラリーマンが賢しら顔で「自分であんな危険な場所に行ったんだから自己責任でしょ」とか言いまくるもんで、死ねばいいのにと思ってしまい、当時はほとんどテレビを付けなかった。

そうそう、前々回のブログで新聞記者について書いたところ、Twitterのお友達から「自分が会った朝日の記者はクソだった、あいつらの正義はどっかズレてる」とコメントをもらった。実体験である限り否定のしようがないし、そもそも私の話含めて個々人の経験に照らせば、それはもう「職業」の話ではなくなってしまうわけだが、ただ2004年、周囲の大多数の知り合いが想像力も責任感も欠けた意見を述べる中、少なくとも私が知る新聞記者たちは、同胞の余りに無知で冷たい反応を「この国は大丈夫だろうか?」と憂いていて、「ああよかった、流石にこの人達はマトモだった」と救われた気がしたんだよねぇ(私の周囲がパッパラパー過ぎただけか)。

ごめん、回りくどいな。いや、実はこの映画を友人(スペースオペラB級映画を愛する浅草橋の帝王つっちー)に勧めたところ、共感できずに辛かったと。そうだろうと思う。メリー・コルビンの行動理由を理解するのに最も遠い民族が日本人だろうし、でも本当はそんなことすら意味がなくて、これは「理解」と「共感」をどっかに蹴飛ばして観るべき部類の映画だ。

最後に実際のメリー・コルビンのインタビュー映像が流れ、ロザムンド・パイクが如何に彼女の喋り方や仕草に寄せて演じたかが分かる。エンドロールでは、彼女が亡くなった後、シリアで50万人の民間人が犠牲になったという無情な事実が観客に伝えられる。だが上述の通り、本作は彼女の仕事の成果を映したものではなく、強烈な生き方と内面を描いた映画だ。

現時点で今年観た中でベスト。

『世界一キライなあなたに』

f:id:yanagiyashujin:20210722102057j:plain

監督:テア・シャーロック キャスト:エミリア・クラーク、サム・クラフリン

皆さん、こんにちは~。子供が夏休みに入りました。
「宿題チェックに昼飯支度、さらに在宅、マジ地獄」と韻も踏みたくなるじゃん?(大して踏んでない)

さて、以前『世界にひとつのプレイブック』で、「こんな自称サッカー好きは消えろ」という文を書いたのだが、最近また、自称サッカー好きが振ってくるサッカー話にうんざりしています。ちょっと前書きが長くなるけど本文にも関係してくるし、サッカーは他の物にも置き換えられるからさ(映画とかフィギュアとか音楽とか)、まぁ読んでよ。

どこにも一定数いると思うが、会社の「スポーツ好き(メインは野球)」と「自称海外サッカー好き」がとても鬱陶しい。大体、本当のサッカー好き(と言うのもアレなんだけど)、つまり、スタジアムの熱気やスペクタクルな試合展開等の華やかな要素以前に、監督の戦術や采配、個々の細かい技術を地味に楽しんでいるようなサッカーファンは、私が知る限り大体内向的だ。そういう人はサッカー好きであることはもはや隠しており、自分から話題にすることもなければ、ワールドカップで盛り上がっている人々の輪に入ることもない。やはり輪に入っていない人間同士で野良猫のように少しずつ近づき、互いの知識レベルが合致することが分かれば、バーなどでコソコソクスクスとサッカー話に花を咲かせるネクラ勢。だが詳しい人は得てして、こういう面倒くさいタイプなのだ。

さぁ、以下はうちの会社にいる困った人の分類である。

■タイプA:興味ないマウント勢
サッカーに興味がないのに、ワールドカップで世間が沸くと勝手にザワつき出す。SNSなどに「世間はW杯で盛り上がっているようですね。自分は全く興味ないわけですがww」と何故かちょっとキレ気味に投稿。また、聞いてないのに口頭でもそのように言ってくる。
⇒無視すればよいので害無し(オマエが興味ないことにこっちも興味ないんで自信を持て)

■タイプB:ミーハー
「僕も(私も)サッカー好きなんですよ~」と言ってくるが、話すうちそれほど好きでないことが判明。

・「あ、実はW杯のときに大きな試合観るくらいなんです・・・。クリロナが好きです、ミーハーです!」(テレ)。
⇒かわいいので害無し

・「自分サッカー好きとか言えないですね~。出直して来ます」
⇒素直なので害無し(いや、別に出直さなくていい)

・「今度、試合とか連れて行って下さい!」 
⇒如才ない感じが少しイラつくが実害は無し

■タイプC:節操のないミーハー
本当に恥ずかし気もなく、ワールドカップの期間だけ毎朝「観た観た!?やっぱりメッシやばい~。あの柔らかいタッチね!」などと騒ぎ立てる(さんまはココ)。
⇒イラつくが実害は無し

■タイプD:自称「ヨーロッパサッカー好き」
「最近もレッズ観てるんですか?」と言ってくるが、こちらの話など興味はなく「うん、○○くんは?」と訊いて欲しいだけなのでその通り返してやると、「あ、オレ、Jリーグ観ないんでwwwヨーロッパサッカー専門すw」(←これが言いたい)。
⇒かなりイラつくので有害

<大人の対応>
「そうなんだね~。あ、ところで、このお客さんて・・・」(話が続くのを封じる)

<大人げない対応>
へこます。

例:「○○くんは普段何観るの?ブンデス?好きなチームはバイエルン・ミュンヘンなんだ?気になってたんだけど、最近のドイツ出身の監督の躍進には驚くよね。クロップはドルトムントからリバプールでしょ、トゥヘルはマインツからドルトムント、次はパリ・サンジェルマンだっけ、で、今シーズン後半からチェルシーをクラブレジェンドランパードから引き継いで、就任後はほとんど負けなかったんじゃないの?何よりバイエルンの新監督ナーゲルスマンが30歳ちょいだもんね!どんなチームになりそう?あと、ドイツって国レベルで計画的な監督育成の方針とか仕組みなんかがあるの?
あ、わからない?
えーっとそれじゃあ、代表もガラリと変わったよね。ドイツ代表って昔は固くて質実剛健って感じのチームだったけど、レーヴになってからモダンサッカーに転向したでしょ?そういうのもリーガの方と連携してたりするのかな?
あれ、あんまり知らないんだね・・・。
それにしても今年のEURO面白かったよね!あ、WOWOWに入ってない。ヨーロッパサッカー好きにとってはW杯より盛り上がるイベントだと思ってたけど。ああ、高い?2500円。実家住まいでも高いか。結果だけはニュースで知ってると。今回のグループリーグの死の組、ハンガリーは不運だったよね~。ちなみにブンデスが強いのは分かるけど、ハンガリーのリーグとかってどんなもんなの?うんうん、Jリーグと比較して環境とかレベルとか。あ、わからないんだねwww。いや、『ヨーロッパサッカー専門』って言うから(笑)。ハンガリー、○○くんの中ではヨーロッパに入れてもらえてない説wwwwウケるwwww。○○くん・・・。もしかして・・・。世界地図から勉強した方がいいかもね?」

このタイプDに「大人げない対応」をした場合、彼らの反応は恐らく一律。「いや、ヤバくないすか!オレ、そこまでオタクじゃないんで(笑)」。まず間違いなく「オタク」のワードを発してくる。自分が浅いのではなく相手がオタクなのだとすることで自分の優位を保とうとする。面白いよなー。


◇あらすじ

性格は前向きなだが、夢にチャレンジすることに躊躇し、仕事を転々としながら、なんとなく毎日を過ごしているルーエミリア・クラーク。彼女の働いていたカフェが閉店してしまい、職を失ったルーは半年限定で介護の仕事に就く。ルーが担当することになったのは、快活でスポーツ好きだったが、バイクの事故で車椅子生活を送ることとなった青年実業家のウィル(サム・クラフリン)だった。(映画.com)

今日のテーマはこちらです↓。

・今回ばかりは許せぬ邦題!
エミリア・クラークの顔・・・すごくない!?
・「シマシマの足を誇れ」。


◇下がり眉とはこのこと

最近、友人のお勧めを受けてみをつくし料理帖TV版を観て、主人公の澪黒木華のことを浪人の小松原様森山未來がさ、「おい、下がり眉!」と呼ぶのね。黒木華は原作小説のイメージにぴったりだと思うが、眉はそこまで下がっていなくて、今回『世界一キライなあなたに』のエミリア・クラークを見たとき、「これこそ下がり眉であろう」と膝を打った。とても胸を打つストーリーなのだけど、観終わった後に主に残っているのはエミリア・クラークの泣き笑い顔と下がり眉だ。ものすごい破壊力。あのヤバそうなゲーム・オブ・スローンズで、このエミリアがどのような役だったのか全く想像がつきません。
サム・クラフリンについては縁があったのか、この後に観た『アドリフト 41日間の漂流』(2018)にも出ていた。面白かったよ。この人割と好きだな。

さて、本作でエミリア演じたルーは、小さな田舎町で大人数の家族と狭い家に暮らしている洋服が大好きな女のコ。パワフルで前向きな性格で、何事にも一所懸命なのだが、将来の目標は漠然としており、流されるように日々を送っている。そんなとき、勤め先のカフェが潰れてしまい、次の職としてある富豪の息子の介護の職を得る。彼は事故で脊髄を損傷してほとんど動けず、さらに様々な合併症を抱えていた。

エミリア・クラークとは対照的、というか、別の意味で破壊力があるのがサム・クラフリンのザ・無気力を体現したような顔面。半分ほど閉じた目にぼんやりとした表情、口を開けば悲観的な自虐ネタか失礼なことしか言わないひねくれ者だ。本作ではエミリア・クラークのクッシャクシャな顔と霧を晴らすような明るさにまず心を奪われるのだが、敢えてサム・クラフリンの視点から観ることをお勧めする。

現実でもそうだが、何故人々は、重篤な病気を患った人が医学的な観点から正確に病状を説明しているにも関わらず、それを聞こうとしないのか?サム・クラフリンが周囲に対して閉じているのは、まずそのことに対する苛立ちのせいだろう。皆、彼の状態を知ると「リハビリすればきっと」「でも治療を続ければ少しは回復するんでしょ」とお決まりの台詞を吐く。それに対して何度「脊髄を損傷しているので二度と歩けません。免疫も大変低いのですぐ肺炎になります、拗らせれば死にます」と言わなければならなかったのか。今の彼にとってコミュニケーションなど、厳しい現実をわざわざ再確認させられた上、会話の相手を気まずそうに黙らせる地獄の儀式。ならば最初から放棄するのが手っ取り早い。そのため初対面のエミリアにも同じく振る舞うのだが、彼女は他の人間と違って、壁を飛び越えた。クシャクシャの顔と目を疑うほど珍妙なファッションによって。

ファッションを勉強したいと言う割にエミリアの好むおしゃれは突飛の一言。日々身を包んでいるカラフル過ぎ&奇抜すぎるデザインの服装を、さすがに「ルーの服装がかわいい!」と評価する人はいないだろう(多分・・・)。洗練されたサムにはそれがカルチャーショックで、ショックによって鎧うことをつい忘れてしまったわけ。

突然脱線するが、20代のころオーセンティックなバーでバイトしていた。そこには超有能だが鉄面皮のバーテンダーがいて、新人の私が何を質問しても一切教えてくれなかった。後日聞いてみれば、バイトが入ってきてはそのバーテンダーが怖いと言っては辞め、また入ってきては彼に怯えて辞めるので、ある程度定着するまで口を利かないことに決めていたそうだ。「効率的だろ」と言っていたが、極端すぎだろ。何も知らずに入ってきた側にしたら堪ったもんじゃないわなー。
始めはビビっていたものの段々ムカついていた私はある日、お客さんに「バーボン」と注文された際「バーモン」と聞き間違え、『メニューにないけどそんな酒あるのか?よくわからんがバーに聞いても黙殺されるしな』と開き直り(当然だが客に『バーボンの種類は何になさいますか』と確認するのが正しい)、件のバーテンダー「バーモン」と書いた紙を堂々と渡した。やはりめちゃめちゃ感じ悪く「バーボンの種類」と言われたのだが、その後、厨房に行って「バーモンて(笑)。バーモントカレーかよ(笑)」と爆笑していたらしい。

つまり何が言いたいかというとだな、わかるな?
サム・クラフリンは無気力仮面を予想外の方法でカチ割られた。それをきっかけに彼はエミリアに惹かれていくことになる(私とバーテンダーの間には何も起こってないぞ!)。しかも、エミリアに知識や教養を与えてみれば、みるみる間に吸収していく。彼は彼女がこのような狭い町で終わるには惜しい器の人間であることに気付き、人に投資し育てる喜びを思いがけず見い出すのだ。

マイ・フェア・レディ(1964)とまでは言わないけれど、狭いカゴに閉じこもっていた女の子を解放してやる物語とも言えるよね。『マイ・フェア・レディ』はオードリー・ヘプバーンの美しさに文句はないものの、ちょっと気持ち悪い映画だけど(だって自分の価値観で女の子を作り変えるって・・・別にあのままでもよかったじゃん)。


尊厳死云々の倫理の話からサムを解放してあげて

サムに生きる気力を取り戻して欲しいエミリアは、精力的に外に連れ出そうとする。競馬やクラシック鑑賞、果ては元カノと親友の結婚式にまで。取り立てて喜びもしないが、それでも外出を断らないサムに、観客もエミリア同様、きっと生きる気力を取り戻してくれたのだろうと期待する。
だが、その心情が明かされる海辺のシーンでは、はっとさせられ、涙腺が緩んでしまった。そりゃそうだよね。エミリアは自分の行為に満足していたが、動かなくなった車椅子を周囲の人間に持ち上げてもらうこと、レストランでは追い払うように入店を断られること、本来であれば手を差し伸べる側であり歓迎される側であったサムにとっては、周囲で起こる全てのことが以前との落差を思い知る苦痛の要因でしかない。彼の結論自体は一ミリも揺らいでいなかったのだが、それでもエミリアの喜ぶ顔が見たいがために付き合っていた健気さを思うと、かーなーしーいー。
悲しいけれど、誰がどのツラ下げて言えるのだろうか、終わらせたいと思っている人間に希望を持って生きるべきだなんて傲慢なことをさ。

エミリアは、彼女が望んだ形での希望にはなれなかったけど、それでも彼の世界を確かに変えた。以前ならば二人は道で見向きもせずにすれ違う類の人間同士だったはずだし、サムが黄色と黒のシマシマのタイツを買い求めることなど決してなかったのだから。
そんな本当ならば生まれるはずもなかった繫がりを表現した『Me Befor You』、『あなたに会う前に私』あるいは『君に会う前の僕』という素晴らしい題名が、なんで『世界一キライなあなたに』ってなるのよ!?「世界一キライ」ってどの段階?それ重要?あと、「に」ってなに、「に」って!

今日は沢山キレて疲れたので、この辺でお別れです。前書きと本文関係なかったじゃないって?まあね。
最後にパリのカフェで椅子から立ち上がったときのエミリアの足が、本作最大の見せ場なので、是非観て欲しい。私が今年観た恋愛映画全一本中、堂々の第一位です。ではまた。

『オフィシャル・シークレット』

f:id:yanagiyashujin:20210625155359j:plain

監督:ギャビン・フッド キャスト:キーラ・ナイトレイレイフ・ファインズ/2019年

こんにちは、金曜日ですね。
以前、私の親友リエコが唱える「主婦の味方はスタローンではなくシュワちゃんである」説を紹介しました。しかし、先日会ったとき、「私もスタローンについて考え直した」というの。何でもNHKの番組で、登山中に遭難した男性のドキュメンタリーだか実体験を基にしたドラマだかを観たんだって。その人は滑落して足から骨が飛び出る大怪我を負ってしまい、ランボーでスタローンが傷口を松明の火で焼いて消毒するシーンを思い出し、同じように処置したのだそうだ。

リエコNHKさんが『ランボー』を認めた瞬間だった。『ランボー』もそんな風に現代の人の役に立っているんだね、病床のトンコツラーメンとか頼んでもないピザとか言ってごめんね」

なんか、むかつくわ。理由は分からないんだけど、ムカつく。

リエコ「でもね、その人、傷口に蛆が湧いちゃったんだって!医者が言うには『温められてハエの温床になるので傷口を焼くのは間違い』だって。『ランボー』が間違っていると証明された瞬間ww」

うっせぇうっせぇうっせぇわ!あなたが思うよりあの山は寒いです!

怒りを鎮めるために『オフィシャル・シークレット』を観ました。


◇あらすじ

2003年、イギリスの諜報機関GCHQで働くキャサリン・ガンキーラ・ナイトレイは、アメリカの諜報機関NSAから驚きのメールを受け取る。イラクを攻撃するための違法な工作活動を要請するその内容に強い憤りを感じた彼女は、マスコミへのリークを決意。2週間後、オブザーバー紙の記者マーティン・ブライト(マット・スミス)により、メールの内容が記事化される。(映画.com)

映画に限らず法廷ものと新聞社ものが好きです。『オフィシャル・シークレット』は、同じ状況をアメリカの新聞記者を通して描いた『記者たち 衝撃と畏怖の真実』(2017)と併せて観ました。
当時の情勢をチャッと振り返っておこう。誰のために。将来このブログを読む娘のために(こんなもの読ませるんかい)。
9.11の同時多発テロをきっかけにテロとの戦いを宣言したアメリカは、2002年1月ブッシュ大統領イラク、イラン、北朝鮮の三国を「悪の枢軸」であると批判。政権内でネオコン新保守主義)の中心人物ウォルフォウイッツ(当時国防副長官)らがイラクへの武力行使を画策していた。アメリカは大量破壊兵器の存在を口実にイラクに査察団を受け入れさせたが、見つかったのは湾岸戦争時の遺物のみで、噂されたような移動式最新兵器等の存在は証明できなかった。そのため、アメリカ・イギリス以外の国連安保理常任理事国は攻撃反対の意を示していたが、ブッシュはイラクでの人権抑圧やフセインアル・カイダとの関係を理由として国連決議なしでイラクに侵攻、2003年3月に空爆を開始した。

『記者たち』は、「ナイト・リッダー」社の記者たちがこの戦争に道義はないと発信し続け、しかし奮闘空しく戦争が始まってしまうところまでを描いた映画だ。「ん?新聞記者?」と目を疑うほどゴツいウディ・ハレルソンジェームズ・マースデンが汗を拭き拭きネタを掴んでは裏を取り、デスク(監督のロブ・ライナーだ)にケツを叩かれながら大きな体を縮めて執筆する、たまに他社に抜かれて悔しがる・・というゴツめの本筋に、爆撃で半身不随となった若い兵士のストーリーを交え、この戦争が如何に間違った判断であったか、湾岸戦争と合わせてどれほど多くの兵士を無為に死なせたかを糾弾する内容になっている。

ブッシュの一般教書演説、パウエルの国連代表団に向けた演説などの実際の映像も多く差し込まれ、さらにジェームズ・マースデンの恋の話にまで広がるので若干目まぐるしいのだが、手際のよい編集のおかげで当時の状況や雰囲気が分かりやすく伝わる。そのせいなのかそのせいでないのか、ストーリーの面では上がり切らなかったなぁという印象。ロブ・ライナー「我々は他人の子を戦争にやる者の味方ではない、自分の子を戦争にやる者の味方だ」と社内に奮起を促すシーンや、ウディ・ハレルソンが難攻不落の情報提供者から重要な情報を得るシーンで「こっから反撃じゃあ」と胸が躍るものの、最後はイラクでの爆撃を見守るナイト・リッダーの面々の無念の表情を映して終わってしまうもんで、私の胸の小躍りも尻切れトンボとなったんである。

 

◇ようやく本題

リズムのよい編集により多くの情報を扱った『記者たち』と比べると、『オフィシャル・シークレット』で見るべきものはシンプルだ。信念に従って戦争を止めようとした女性と彼女を守ろうとする記者や弁護士たちの奮闘の物語である。ちなみに実話をベースにしている。
キーラ・ナイトレイ演じるキャサリン・ガンはGCHQ(イギリスの諜報機関)での勤務の最中、NSA(米国家安全保障局)からの機密メールを受信する。それは国連代表国の特定の数カ国を監視せよとの内容で、イラク攻撃に反対をする動きがあれば圧力をかけて賛成に転じさせることを暗に求めるものだった。彼女はかつての同僚を経由してこれを新聞社へリーク、世に不正を訴えようとする。

とにかくドキドキするのが、キーラが機密メールを印刷して外に持ち出し、震える手でポストに投函するまで。彼女は諜報員として契約書にサインしているので、この行為は「公務秘密法」違反、れっきとした犯罪行為である。キーラはもちろん情報の出所を隠したつもりだったのだが、反戦活動家の記者からオブザーバー紙の記者マット・スミスの手に渡ったメールは、文面そのままに掲載されたため漏洩元が特定されてしまい、GCHQでは厳しい内務調査が始まる。この犯人捜しのシーケンスがまたドキドキで。そして緊張の糸は、キーラが自らリーク犯であると名乗り出ることで解かれることになる。実話は時に創作よりドラマティックとでも言うべきか、メールがまんま紙面に載ってしまうところとか、いくつかの単語の綴りをオブザーバー紙の校正担当がいつもの癖でイギリス英語に直したために、特ダネが一瞬で偽物になってしまうなんてエピソードも面白かったなー。

キーラが起訴された後は、彼女を助けようとする人々が法廷でどう主張するか戦略を練る展開となっていくのだが、ここから登場する弁護士のベン・エマーソンレイフ・ファインズが頼もしい!他の弁護士たちは、判事に情状酌量を訴えるのが現実的であると提案する。自ら罪を認めれば、同情を禁じ得ない状況を鑑みて恐らく半年ほどの服役で済むだろう。しかし、それでは前科がついてしまう。そしてキーラは何より、国が国民を裏切ったのに法律に対抗できないからといって罪を認めることに納得できない。

刑事に「あなたは政府に仕える諜報員だろう」と非難されたキーラが、「私が仕えてるのは政府ではない、国民だ」と切り返すのが胸アツだった。この映画で重要なのは、被告となる人物が、勤務先こそ特殊な組織であれ一般の女性ということだったと思う。イーサン・ハントやジェームズ・ボンドのように揺らがぬ精神力を持つスパイでなく、普通の女性がブルブルと手を震わせて怯えながら意志を貫こうとするさまに、こちらも自然手に汗握る。同じテーマながら、『記者たち』では自国の兵士たちを守れと訴えるのに対し、こちらではイラクの一般市民の犠牲を憂慮していたのも良かったな。

 f:id:yanagiyashujin:20210625160056j:plain

現在でも法廷でこんなカッコするんですな。

キーラや弁護士たちが「いかに軽い罪で決着させられるか」を話し合う中で、レイフ・ファインズがある提案をする。これが一同の発想からかけ離れたものなのだが、せっかくなのでネタバレせずにおこうと思います。

まぁ、キーラ然りレイフ・ファインズ然り、清廉に過ぎると言うか、皆が皆自分の生活を犠牲にして信念を貫けるものだろうか?とやや綺麗すぎる嫌いはあった。例えばラスト、レイフ・ファインズが検察側の友人をあくまで突っぱねるシーンとかね。あちらさんも立場が違うだけでアンタと同じく仕事だったわけだし、和解に来ているじゃないかよー。

映画の話でなくなってしまうが、妙に職業倫理について考えてしまう作品でありました。『記者たち』に物足りなさを感じたのは、恐らく私が新聞記者という職業に多分に敬意を抱いているためだと思う。彼らが各所各場面で経験する忍耐や踏ん張りは、一般企業人のものとは種類もレベルも大きく異なる。(諜報機関と並べるのはナンだが)GCHQの人々がそうだったように、国民に影響を与える情報を扱う組織には何というか、個々に一般企業ではまず見られない責任や自浄の意識があり、その点をいつも偉いなぁと思っているんだ(日本のどこ新聞は国賊だとかマスゴミがどうだとかは聞き飽きている。もっと根幹の、個人の信念の話だ)。だから、記者の奮闘を描いた作品では、どうか報われてくれと願ってしまうんだ。

キーラ・ナイトレイは口元が特徴的で、実は笑った時の顔が苦手なのだが、逆に表情があまり動かない役であったことが奏功したと思います。今日は、半分は『記者たち』と、映画に関係ない話だったので次回がんばります。

(C)2018 OFFICIAL SECRETS HOLDINGS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

『悪の法則』

f:id:yanagiyashujin:20210531101037j:plain

監督:リドリー・スコット キャスト:マイケル・ファスベンダーペネロペ・クルスキャメロン・ディアス/2013年

みなさん、こんにちは。
硬派で知られる当ブログですが、親友のリエコから「イケメン度が足りない」とクレームがつきました。あんたのイケメンて、ペニーワイズとかエディ・レッドメインだからなァ。よし、ならば、こちらのイケメンを拝むがいい。

f:id:yanagiyashujin:20210531101205j:plain

プロフィール:
キャスパー・ユンカー(27歳)、通称ユン様。現浦和レッズ所属のデンマーク出身FW、昨年ノルウェーリーグの得点王&MVP。ステップアップの先として浦和を選び(もっといいとこあったのでは?)コロナを物ともせず来日。初出場から4試合連続5得点を記録し、レッズサポーターのハートを鷲掴む。独身。現在「キャスパー、私(俺)を抱いて(くれ)」と思っていないレッズサポは全体の0.1%を切る。

リエコに紹介したところ、「デンマークと言えば、ホラ、北欧の至宝だとかいう俳優もデンマーク人だったよね。ミッツ・マングローブセンだっけ?」。うっかりさんのフリはやめろ。「セン」が出てくる時点で、ホントはわかってんだろうが!(念のため、マッツ・ミケルセンです)
キャスパーは墨入れまくっていないところも好印象(前回W杯でリエコ、「デンマーク代表にカビキラーかけていい?」と暴言を吐く)。

というわけで、本日はイケメンパラダイス(?)な『悪の法則』をご紹介します。
まぁまぁつまんなかったでーす。ネタばれです!

 


◇あらすじ

若くハンサムで有能な弁護士(カウンセラー)が、美しいフィアンセとの輝かしい未来のため、出来心から裏社会のビジネスに手を染める。そのことをきっかけに周囲のセレブたちにも危険な事態が及び、虚飾に満ちた彼らの日常が揺るがされていく。(映画.com)

リドスコ監督&ノーカントリー(2007年)で知られるピュリッツァー賞作家のコーマック・マッカーシーが書き下ろしたオリジナル脚本。キャストは、ハンサム代表のマイケル・ファスベンダーにセクシー代表ブラッド・ピットハビエル・バルデム、ゴージャス代表ペネロペ・クルスキャメロン・ディアスと揃い踏みである。セクシーとゴージャスの波で溺れそうでした。観た後は寺に行きたくなった。

 


◇哲学問答がつらい

話の筋としては上の通り。主人公の“カウンセラー”(マイケル・ファスベンダー)は弁護士として成功し、美しい恋人(ペネロペ・クルス)と婚約して幸せの絶頂にあった。冒頭は、マイケル・ファスベンダーペネロペ・クルスとベッドの上でジャレ合う幸福なシーンで始まる。そこから友人の実業家ライナー(ハビエル・バルデム)の自宅を訪ね、彼の紹介で麻薬ブローカーのウェストリー(ブラッド・ピット)と会い、麻薬ビジネスの心得を伝授される・・・というように進んでいくのだが、とにかく会話中心でワンシーンが長く、限られた人間関係と現況以外が見えてこない。

一見、無意味なシーンに意味があることは分かる。例えば、マイケル・ファスがペネロペに贈る婚約指輪のダイヤを購入するため、アムステルダムの宝石商ブルーノ・ガンツを訪ねる場面。ここでは、分不相応な宝石を前に彼の虚飾性や見栄っ張りで強欲な性質、裏世界に足を突っ込んだ理由が垣間見えるだけでなく、長々とダイヤについて語られる講釈が映画全体のテーマを示唆しているだろうことは分かるんだ。「完璧なダイヤは全くの透明」「我々は瑕疵を見つけることで値段をつけていく」「長所ではなく、短所を見る」、つまりこの世も同様に、選択・選別の繰り返しだということなんだろう。

とは言え、「長い」「何言ってんだ?」の疑問符が頭に浮かびまくることは否めない。

あと、ビジネス仲間のハビエル・バルデムとブラピね、この二人が出てくる都度、前者は「お前、ホントにこのビジネスやるんだな」「抜けられないぞ」とファスをビビらせるか女のアソコの話をし、後者は「お前、ホントにこのビジネスやるんだな」「甘くないぞ」とファスをビビらせるか女の話をする。始まって一時間、一体マイケル・ファスは具体的にどのようにビジネスに関わっているのか、卸元であるカルテルはどんな組織なのか?など全容が不透明なまま、二人が「やばいよ、やばいよ」としつこく警告してくるって状況、ただそれだけ、何も起こらない。早く起これや。
マイケル・ファスがペネロペとイチャつく⇒キャメロンがビッチぶりをあの手この手で披露⇒バルデムがファスを脅す⇒ブラピがファスを脅す⇒ファスがペネロペとイチャつく・・・と、特に話が進まないシーンが細切れに、更に妙に哲学じみた会話劇により展開されていくのである!ド退屈やで。大体どう見ても柄シャツ成金のバルデムが、急に詩を引用し出すことのちぐはぐさよ。

女性たちに関しては、ペネロペが裏世界に縁のない素晴らしい女性であること、対してキャメロンが如何に危険な香りのする女かを強調し、末路の残酷さをより際立たせるための演出なのだろうが、キャメロンについて車とセックスするだの神父に性事情を告白しに行くだの「悪趣味」の一言で片づけられるエピソードばかり。変態的なセックスの話させときゃ、危険で奔放ってか(ヒョウの入れ墨もあざといしダサい)。

私、あんまりペネロペ・クルスの作品って観ていないんだけど、その中ではそれでも恋するバルセロナ(2008)が良かったんだよね。いっそ、ペネロペとキャメロンは逆が良かったのではと思っちゃうのは安易だろうか。どうしても、キャメロンのカエルのような愛らしい顔が闇社会の女に見えない。『それでも恋するバルセロナ』は結構好きなので、中身と合っていない邦題をなんとかして欲しい。劇中で夫婦役だったハビエル・バルデムとペネロペは実際に結婚したんだよなー(リエコから、『悲報!ペネロペたんがカバと結婚した!』ってメール来た)。

 


◇流石の手腕と言わざるを得ないんだけども

「何も起こらない」、この言葉が脳みそ空っぽな感想だなってことは私も分かっている。「何も起こらない」とガッカリするのは、何か起こる=誰かが死ぬとかドンパチが始まるとかを勝手に期待してのことだものね。で流石に、リドスコが敢えて、全容をボカし、その時の状況をポンポンと配置したことは分かる。そしてそれは、「敵が明確でなくいつどこからやってくるのかわからない」ことと作用して、得体のしれないものが徐々に忍び寄る恐怖を感じさせる効果があると思う。

特徴的なのは、本作にはカルテスのボスのように分かりやすい敵が出て来ないことだ。コカインをバキュームカーに詰める奴、それを取りだす奴、捌く奴、人を殺すように電話一つで命令する奴、金で雇われて人を殺す奴、歯車はそこら中に配置されている。前半の会話の中に思わせぶりに登場する「動き出したら誰にも止められない」ボリートという処刑器具は、この無機質なシステムからは逃れようがない男たちの運命を示していて、さらに誰よりも用心深く振る舞っていたはずのブラピが、その道具の犠牲になるという皮肉。

あるカルテルのメンバーにマイケル・ファスが言われる「すべてはお前の選択だ」。ブラピは、わずかな気の緩みが原因で命を落としてしまった。マイケル・ファスの過ちは、成功を収めながら欲を掻いたこと、そして選択の失敗は表の職業で扱った事件を軽視しやるべきことを怠ったこと。ほんのわずかなミスだった、まるでダイヤについた傷のように。だが、その微かな傷に偶然と不運が重なることで致命傷となる、常識の通用しないシステマチックな世界に足を踏み入れる選択をしたのも彼らだった・・・。

 

ってまあ、そんな感じ。マイケル・ファスに起こったある不運から、前半の点が繋がれていき布石を絡め取って、緊迫感に満ちた展開に持っていくのは流石の手腕と言わざると得ない。得ないんだけど、「それだけかぁ」って思ってしまった。そして、キャメロンがやたらと繰り返す「I'm starving」(当然、肉だろう)のせいで、「私は野菜が食べたい」ってなった。

例え後半で上手く回収されたとしても、私は前半の無意味な時間を恨む。例えばカメラを止めるな!(2017)で真相が明かされ「ああ、そういうことだったのね!!」とスッキリしたとして、だからどうした?って思ったでしょ。無意味な画面は無意味な画面だ。後で意味を説明されたからって、その時点で無意味だったことに変わりはないじゃないの。

リドスコは、前作の『プロメテウス』(2012)といい『エイリアン: コヴェナント』(2017)といい、妙に哲学に触れていたが、もうこっち方面で行くのかね?

引用:(C)2013 Twentieth Century Fox.