Yayga!

イェイガ!(Yay!+映画)- 叫びたくなるような映画への思いを書き殴ります

『世界一キライなあなたに』

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監督:テア・シャーロック キャスト:エミリア・クラーク、サム・クラフリン

皆さん、こんにちは~。子供が夏休みに入りました。
「宿題チェックに昼飯支度、さらに在宅、マジ地獄」と韻も踏みたくなるじゃん?(大して踏んでない)

さて、以前『世界にひとつのプレイブック』で、「こんな自称サッカー好きは消えろ」という文を書いたのだが、最近また、自称サッカー好きが振ってくるサッカー話にうんざりしています。ちょっと前書きが長くなるけど本文にも関係してくるし、サッカーは他の物にも置き換えられるからさ(映画とかフィギュアとか音楽とか)、まぁ読んでよ。

どこにも一定数いると思うが、会社の「スポーツ好き(メインは野球)」と「自称海外サッカー好き」がとても鬱陶しい。大体、本当のサッカー好き(と言うのもアレなんだけど)、つまり、スタジアムの熱気やスペクタクルな試合展開等の華やかな要素以前に、監督の戦術や采配、個々の細かい技術を地味に楽しんでいるようなサッカーファンは、私が知る限り大体内向的だ。そういう人はサッカー好きであることはもはや隠しており、自分から話題にすることもなければ、ワールドカップで盛り上がっている人々の輪に入ることもない。やはり輪に入っていない人間同士で野良猫のように少しずつ近づき、互いの知識レベルが合致することが分かれば、バーなどでコソコソクスクスとサッカー話に花を咲かせるネクラ勢。だが詳しい人は得てして、こういう面倒くさいタイプなのだ。

さぁ、以下はうちの会社にいる困った人の分類である。

■タイプA:興味ないマウント勢
サッカーに興味がないのに、ワールドカップで世間が沸くと勝手にザワつき出す。SNSなどに「世間はW杯で盛り上がっているようですね。自分は全く興味ないわけですがww」と何故かちょっとキレ気味に投稿。また、聞いてないのに口頭でもそのように言ってくる。
⇒無視すればよいので害無し(オマエが興味ないことにこっちも興味ないんで自信を持て)

■タイプB:ミーハー
「僕も(私も)サッカー好きなんですよ~」と言ってくるが、話すうちそれほど好きでないことが判明。

・「あ、実はW杯のときに大きな試合観るくらいなんです・・・。クリロナが好きです、ミーハーです!」(テレ)。
⇒かわいいので害無し

・「自分サッカー好きとか言えないですね~。出直して来ます」
⇒素直なので害無し(いや、別に出直さなくていい)

・「今度、試合とか連れて行って下さい!」 
⇒如才ない感じが少しイラつくが実害は無し

■タイプC:節操のないミーハー
本当に恥ずかし気もなく、ワールドカップの期間だけ毎朝「観た観た!?やっぱりメッシやばい~。あの柔らかいタッチね!」などと騒ぎ立てる(さんまはココ)。
⇒イラつくが実害は無し

■タイプD:自称「ヨーロッパサッカー好き」
「最近もレッズ観てるんですか?」と言ってくるが、こちらの話など興味はなく「うん、○○くんは?」と訊いて欲しいだけなのでその通り返してやると、「あ、オレ、Jリーグ観ないんでwwwヨーロッパサッカー専門すw」(←これが言いたい)。
⇒かなりイラつくので有害

<大人の対応>
「そうなんだね~。あ、ところで、このお客さんて・・・」(話が続くのを封じる)

<大人げない対応>
へこます。

例:「○○くんは普段何観るの?ブンデス?好きなチームはバイエルン・ミュンヘンなんだ?気になってたんだけど、最近のドイツ出身の監督の躍進には驚くよね。クロップはドルトムントからリバプールでしょ、トゥヘルはマインツからドルトムント、次はパリ・サンジェルマンだっけ、で、今シーズン後半からチェルシーをクラブレジェンドランパードから引き継いで、就任後はほとんど負けなかったんじゃないの?何よりバイエルンの新監督ナーゲルスマンが30歳ちょいだもんね!どんなチームになりそう?あと、ドイツって国レベルで計画的な監督育成の方針とか仕組みなんかがあるの?
あ、わからない?
えーっとそれじゃあ、代表もガラリと変わったよね。ドイツ代表って昔は固くて質実剛健って感じのチームだったけど、レーヴになってからモダンサッカーに転向したでしょ?そういうのもリーガの方と連携してたりするのかな?
あれ、あんまり知らないんだね・・・。
それにしても今年のEURO面白かったよね!あ、WOWOWに入ってない。ヨーロッパサッカー好きにとってはW杯より盛り上がるイベントだと思ってたけど。ああ、高い?2500円。実家住まいでも高いか。結果だけはニュースで知ってると。今回のグループリーグの死の組、ハンガリーは不運だったよね~。ちなみにブンデスが強いのは分かるけど、ハンガリーのリーグとかってどんなもんなの?うんうん、Jリーグと比較して環境とかレベルとか。あ、わからないんだねwww。いや、『ヨーロッパサッカー専門』って言うから(笑)。ハンガリー、○○くんの中ではヨーロッパに入れてもらえてない説wwwwウケるwwww。○○くん・・・。もしかして・・・。世界地図から勉強した方がいいかもね?」

このタイプDに「大人げない対応」をした場合、彼らの反応は恐らく一律。「いや、ヤバくないすか!オレ、そこまでオタクじゃないんで(笑)」。まず間違いなく「オタク」のワードを発してくる。自分が浅いのではなく相手がオタクなのだとすることで自分の優位を保とうとする。面白いよなー。


◇あらすじ

性格は前向きなだが、夢にチャレンジすることに躊躇し、仕事を転々としながら、なんとなく毎日を過ごしているルーエミリア・クラーク。彼女の働いていたカフェが閉店してしまい、職を失ったルーは半年限定で介護の仕事に就く。ルーが担当することになったのは、快活でスポーツ好きだったが、バイクの事故で車椅子生活を送ることとなった青年実業家のウィル(サム・クラフリン)だった。(映画.com)

今日のテーマはこちらです↓。

・今回ばかりは許せぬ邦題!
エミリア・クラークの顔・・・すごくない!?
・「シマシマの足を誇れ」。


◇下がり眉とはこのこと

最近、友人のお勧めを受けてみをつくし料理帖TV版を観て、主人公の澪黒木華のことを浪人の小松原様森山未來がさ、「おい、下がり眉!」と呼ぶのね。黒木華は原作小説のイメージにぴったりだと思うが、眉はそこまで下がっていなくて、今回『世界一キライなあなたに』のエミリア・クラークを見たとき、「これこそ下がり眉であろう」と膝を打った。とても胸を打つストーリーなのだけど、観終わった後に主に残っているのはエミリア・クラークの泣き笑い顔と下がり眉だ。ものすごい破壊力。あのヤバそうなゲーム・オブ・スローンズで、このエミリアがどのような役だったのか全く想像がつきません。
サム・クラフリンについては縁があったのか、この後に観た『アドリフト 41日間の漂流』(2018)にも出ていた。面白かったよ。この人割と好きだな。

さて、本作でエミリア演じたルーは、小さな田舎町で大人数の家族と狭い家に暮らしている洋服が大好きな女のコ。パワフルで前向きな性格で、何事にも一所懸命なのだが、将来の目標は漠然としており、流されるように日々を送っている。そんなとき、勤め先のカフェが潰れてしまい、次の職としてある富豪の息子の介護の職を得る。彼は事故で脊髄を損傷してほとんど動けず、さらに様々な合併症を抱えていた。

エミリア・クラークとは対照的、というか、別の意味で破壊力があるのがサム・クラフリンのザ・無気力を体現したような顔面。半分ほど閉じた目にぼんやりとした表情、口を開けば悲観的な自虐ネタか失礼なことしか言わないひねくれ者だ。本作ではエミリア・クラークのクッシャクシャな顔と霧を晴らすような明るさにまず心を奪われるのだが、敢えてサム・クラフリンの視点から観ることをお勧めする。

現実でもそうだが、何故人々は、重篤な病気を患った人が医学的な観点から正確に病状を説明しているにも関わらず、それを聞こうとしないのか?サム・クラフリンが周囲に対して閉じているのは、まずそのことに対する苛立ちのせいだろう。皆、彼の状態を知ると「リハビリすればきっと」「でも治療を続ければ少しは回復するんでしょ」とお決まりの台詞を吐く。それに対して何度「脊髄を損傷しているので二度と歩けません。免疫も大変低いのですぐ肺炎になります、拗らせれば死にます」と言わなければならなかったのか。今の彼にとってコミュニケーションなど、厳しい現実をわざわざ再確認させられた上、会話の相手を気まずそうに黙らせる地獄の儀式。ならば最初から放棄するのが手っ取り早い。そのため初対面のエミリアにも同じく振る舞うのだが、彼女は他の人間と違って、壁を飛び越えた。クシャクシャの顔と目を疑うほど珍妙なファッションによって。

ファッションを勉強したいと言う割にエミリアの好むおしゃれは突飛の一言。日々身を包んでいるカラフル過ぎ&奇抜すぎるデザインの服装を、さすがに「ルーの服装がかわいい!」と評価する人はいないだろう(多分・・・)。洗練されたサムにはそれがカルチャーショックで、ショックによって鎧うことをつい忘れてしまったわけ。

突然脱線するが、20代のころオーセンティックなバーでバイトしていた。そこには超有能だが鉄面皮のバーテンダーがいて、新人の私が何を質問しても一切教えてくれなかった。後日聞いてみれば、バイトが入ってきてはそのバーテンダーが怖いと言っては辞め、また入ってきては彼に怯えて辞めるので、ある程度定着するまで口を利かないことに決めていたそうだ。「効率的だろ」と言っていたが、極端すぎだろ。何も知らずに入ってきた側にしたら堪ったもんじゃないわなー。
始めはビビっていたものの段々ムカついていた私はある日、お客さんに「バーボン」と注文された際「バーモン」と聞き間違え、『メニューにないけどそんな酒あるのか?よくわからんがバーに聞いても黙殺されるしな』と開き直り(当然だが客に『バーボンの種類は何になさいますか』と確認するのが正しい)、件のバーテンダー「バーモン」と書いた紙を堂々と渡した。やはりめちゃめちゃ感じ悪く「バーボンの種類」と言われたのだが、その後、厨房に行って「バーモンて(笑)。バーモントカレーかよ(笑)」と爆笑していたらしい。

つまり何が言いたいかというとだな、わかるな?
サム・クラフリンは無気力仮面を予想外の方法でカチ割られた。それをきっかけに彼はエミリアに惹かれていくことになる(私とバーテンダーの間には何も起こってないぞ!)。しかも、エミリアに知識や教養を与えてみれば、みるみる間に吸収していく。彼は彼女がこのような狭い町で終わるには惜しい器の人間であることに気付き、人に投資し育てる喜びを思いがけず見い出すのだ。

マイ・フェア・レディ(1964)とまでは言わないけれど、狭いカゴに閉じこもっていた女の子を解放してやる物語とも言えるよね。『マイ・フェア・レディ』はオードリー・ヘプバーンの美しさに文句はないものの、ちょっと気持ち悪い映画だけど(だって自分の価値観で女の子を作り変えるって・・・別にあのままでもよかったじゃん)。


尊厳死云々の倫理の話からサムを解放してあげて

サムに生きる気力を取り戻して欲しいエミリアは、精力的に外に連れ出そうとする。競馬やクラシック鑑賞、果ては元カノと親友の結婚式にまで。取り立てて喜びもしないが、それでも外出を断らないサムに、観客もエミリア同様、きっと生きる気力を取り戻してくれたのだろうと期待する。
だが、その心情が明かされる海辺のシーンでは、はっとさせられ、涙腺が緩んでしまった。そりゃそうだよね。エミリアは自分の行為に満足していたが、動かなくなった車椅子を周囲の人間に持ち上げてもらうこと、レストランでは追い払うように入店を断られること、本来であれば手を差し伸べる側であり歓迎される側であったサムにとっては、周囲で起こる全てのことが以前との落差を思い知る苦痛の要因でしかない。彼の結論自体は一ミリも揺らいでいなかったのだが、それでもエミリアの喜ぶ顔が見たいがために付き合っていた健気さを思うと、かーなーしーいー。
悲しいけれど、誰がどのツラ下げて言えるのだろうか、終わらせたいと思っている人間に希望を持って生きるべきだなんて傲慢なことをさ。

エミリアは、彼女が望んだ形での希望にはなれなかったけど、それでも彼の世界を確かに変えた。以前ならば二人は道で見向きもせずにすれ違う類の人間同士だったはずだし、サムが黄色と黒のシマシマのタイツを買い求めることなど決してなかったのだから。
そんな本当ならば生まれるはずもなかった繫がりを表現した『Me Befor You』、『あなたに会う前に私』あるいは『君に会う前の僕』という素晴らしい題名が、なんで『世界一キライなあなたに』ってなるのよ!?「世界一キライ」ってどの段階?それ重要?あと、「に」ってなに、「に」って!

今日は沢山キレて疲れたので、この辺でお別れです。前書きと本文関係なかったじゃないって?まあね。
最後にパリのカフェで椅子から立ち上がったときのエミリアの足が、本作最大の見せ場なので、是非観て欲しい。私が今年観た恋愛映画全一本中、堂々の第一位です。ではまた。